Chapter.4 第四章〜過去と現在と復讐と〜

 信じられない。
 そんな馬鹿な。
「馬鹿な・・・・・・」
 これまでのテストではすべて順調だった。あれは一切の抵抗を見せず、指示に従った。忠実な僕のように。
 なのに。
「そんなはずが・・・・・・そんなことがあってたまるかっ!」
 半ば錯乱状態に陥り、エドガーはコンソールに駆け寄った。画面の奥で起こっている殺戮を止めようと、行動停止命令を送る。
 しかし。
「くそっ!」
 こちらのコマンドを受け付けない。命令だけでなく、プログラムの根幹部分に作った緊急時の停止用コードすら、やつは受け付けない。
「一体何があったというのだ!」
 あれが兵士たちを殺したこと。これはまだいい。脱出用のヘリが一機しかない以上、乗れる人数も限られる。なので、パイロットと自分、それに研究員を何人かとデータさえ持ち出せればよかった。所定の位置まで行けば、あちらからコンタクトを取ってくる手はずになっている。
 だが、『Sovereign』が彼の指示を受け付けなかったこと。これは大いに問題がある。
 この生物を兵器として活用できるのは、ひとえに完全なる制御が出来るからである。どれだけ驚異的な破壊力を持っていても、兵器というものは制御できなければ意味がない。
 だが、命令を受け付けない兵器など、もはや兵器ではない。枷をはずされて暴れ狂う狂犬のようなものだ。  しかし、なぜいきなり狂ったのだ?
 やつが最初からこちらをだましているという可能性はありえない。『Sovereign』の生体ナノマシンはプログラムを入力することによって確かに高度な知能をもつが、それはあくまでプログラムされた思考でしかない。いうなればあれの脳は一種のコンピューターなわけだ。命令には従い、実行するが、自ら何かを考えたり自発的に行動すことはまずない。そんな意識は兵器にとって邪魔なだけだし、何よりそこまで高度な人工知能などまだ開発されてもいない。
 だとすれば、外部からの命令だと言うことだ。単純な命令を与えておくだけで、あの生物兵器は最適な命令の遂行方法を編み出し、構築し、実行する。
「しかし、一体誰がこんなことを・・・・・・」
 研究員たちだろうか。確かに、やつらなら研究成果を横取りしようと考えるかもしれない。そう思い、彼はコンソールで慌てふためく研究員たちを見た。
 だが、ナノマシンのサンプルは自分が所持している。実験データなどはすべて自分で管理しているし、それを開けるためのパスコードを知っているのは私とジェイクだけだ。研究員たちには『CX−025』の生成方法すら教えていない。それを知っているのも私とジェイ・・・・・・
 そういうことか。
 エドガーは、ひとつの可能性に思い当たった。後ろを振り返り、彼に問いただそうとして身を起こし、
 カチャリ。
 後頭部に、硬いものが押し付けられた。そして・・・・・・

 パンッ!
 引き金が引かれ、弾頭が頭部を貫く。至近距離で発射された弾丸は脳漿を吹き飛ばし、すでに死んでいるその体を永遠の眠りにつかせた。
 仰向けに地面に倒れる男の体。その死体を見下ろし、源三はリボルバーのシリンダーから空薬莢を抜く。
 弘樹も空になった弾倉を抜き、新しい弾倉を入れる。そして、ホルスターに銃を収め、落ちている自動小銃を拾った。
「全部片付けたか?」
「ええ。大丈夫です。」
 安全装置はすでに解除されている。扱ったことのない武器だが、基本的な操作ぐらいは大体分かる。取りあえず弾倉を腰のポケットの中に入れ、源三にもう一挺の銃を渡す。
「ずいぶんと物騒なもの持ってやがるな・・・・・・」
 とはいえ、今はありがたい。拳銃の弾丸はほとんど使い切ってしまった為、強力な武器があれば心強い。 「しかし、どうしてやられたんでしょうかね・・・・・・」
 地下に入ってから、ゾンビの姿は見かけていない。あえて言うならさっき起き上がってきたやつだが、彼らはわずか数分前に死んだように見える。
「注意するに越したことはねえな。取りあえず、奥を探すぞ。」
「そうですね。」
 ライフルを構えつつ、二人は奥へと進んだ。

「そのまま動くな。」
 無慈悲な宣告。ジェイクは銃をエドガーの後頭部に突きつけたまま、懐から取り出したもう一挺の銃を研究員たちの足元に向けて撃つ。
「散れ。」
 わらわらと、研究員たちは逃げ出した。彼はそれに目もくれず、エドガーに向き直る。
「お前だったのか・・・・・・裏切り者は。」
「裏切り者はあんただろう?2年前からずっとな。他人の研究成果を独り占めした上、そいつを裏切らせて殺し、証拠を隠滅する。まさに完璧な計画だった。俺たちが来るまでは」
「そうか・・・・・・お前、あのときの民間人のうちの一人か」
「そういう事。最も、あんたは今までまったく気づいていなかったけどね。自分が興味のある事柄以外はまったく関心を寄せない、研究者によくあるタイプでよかったよ。」
「しかし、一体どうやって潜入した?個人の力でどうにかなるようなものではあるまい。」
「フロイドの、あいつが所属していた組織の力を借りたのさ。内通者の協力もあって、潜入は容易だった。最も、遺伝子工学の勉強が面倒だったがな。これも、すべて復習の為だ。」
 すべては2年前に始まった。そして、今日ここで終わる。アンブレラはウイルス研究がばれて倒産し、この男はここで死ぬ。2年前の復讐だ。
「私を殺すのか?」
「ああ。」
 何の躊躇もなく、彼は答えた。そして、ジェイクは――否、ルイは引き金をゆっくりと絞る。
 バンッ!

 銃声と共に、腹に激痛が走る。
 撃ち込まれたのは9ミリ口径のフルメタルジャケット弾だ。軍用にも使われ、貫通力が高い。だが反面、人間などの柔らかい皮膚を持った生物に対しては弾丸が貫通してしまうので急所を撃たなければうまく殺すことができないと言う欠点を持つ。
「うがっ!」
 右のわき腹を撃たれ、エドガーは崩れ落ちた。まだ致命傷ではない。内臓が破壊されていないので、止血すればまだ助かる。
「わざとやったのか・・・・・・」
「そうだ。お前が実験の為に殺した研究員たちの痛み、これで少しは分かったか?」
 拳銃の銃口を向けながら、ルイは言った。
「すべては私のために・・・・・・あんなやつらの命など、惜しくもない。」
 再び、引き金が引かれた。弾丸は右ひざを貫通する。
「そうやってお前は・・・・・・何人の人間を殺した!?」
「・・・・・・さあな。数える気にもならん。」
 皮肉げに笑いながら、エドガーは答えた。
「こいつ・・・・・・」
 顔を怒りに染め、エドガーの頭部に向けた銃の引き金をゆっくりと絞る。
 それは偶然だったのか。それとも必然か。はたまた、運命なのか。
 それは、引き金が引かれる直前だった。突如扉が開き、銃を持った二つの影が室内に入る。
「動くな!」
 その二人はルイとエドガーを見ると、銃を構えて叫んだ。半ば反射的に銃口をそちらに向け、ルイは引き金を絞る。
 バンッ!

 それは、プログラムされた思考を持っていた。
 人工知能のような高度なものではない。あくまで命令を処理・実行するもの・・・・・・それにあたえられた役割はそれだけだった。
 しかし、その命令が混乱している。
 最初に打ち込まれた命令は至極簡単だった。対象二名の発見、抹殺。手段は問わない。抹殺後、戦闘プログラムを閉鎖して帰還。
 しかし、その後それに打ち込まれた命令は異常だった。むしろ、理解できなくなったといっていい。CDサイズのディスクに収められた遅効性のコンピュータ・ウイルスはそれのプログラムに深刻なダメージを与えることとなった。
 そして、それは人間で言うところの『狂う』という状態に陥った。コマンドが分裂し、融合し、最終的にはじき出された命令はこうだった。
『すべての生命体の抹殺』
 そのコマンドを実行する為、まずは手始めに武装した兵士を殺した。一人目の首をへし折り、二人目の心臓を潰す。三人目が銃を発砲したときには、射線上にすでにそれの姿はない。銃口の向きと引き金に掛かった指の力具合から瞬時に射線を予測し、その範囲内から移動していたのだ。
 殺した兵士が持っていた大口径のアサルトライフルを掴み、兵士に向けて引き金を引く。一秒間の間に射出された10発以上の弾丸が兵士の胴体をえぐり、彼は死んだ。
 兵士全員を始末し、それは銃を捨てた。何より手の大きさとその体長に歩兵用に作られた銃はあわない。大型の重機関銃などが、それの腕にはちょうどいい大きさとなる。
 そして、彼は武器のある場所を知っている。この施設で唯一武器のある場所、それは彼がいたあの部屋だ。
 しかし、すぐさまそこに行く訳にはいかない。その一階上から床を突き破っていくほうがいいだろう。部屋の中には銃を持った人間がいる可能性が高く、リスクはできるだけ少なくしなければならない。
 それに、それの腕力を持ってすればこの程度の床を突き破ることなど造作もなかった。見かけによらずこれらの施設は脆弱で、簡単に破壊できる。爆弾を使って破壊出来ればいいのだが、全長3メートルという巨体をもつそれではうまく扱うことが出来ないし、何よりどこにあるのか分からない。だとすれば、自らの力を使ったほうが早い。
 それは判断し、動き始めた。
 そして、まもなくすべては終わる。少なくとも、2年間続いた悪夢は、それがどのような形であれ、終わるのだ・・・・・・。

第五章へ