Chapter.3 第三章〜起動、そして暴走〜
俺は過去にとらわれているのか?
あのときの約束。あいつが死ぬ時の、あのときの約束が、今でも頭にこびりついてはなれない。だから、この道を選んだ。
悔いがないといえば嘘になる。やめておけばよかった、と思う事は何度もあったし、実際やめかけたときまであった。
それでも、できない。やめるわけにはいかない。これは復讐。これは私怨。そのために、俺はこの機会を待った。すぐに殺さない。あの時と同じ状況で、お前がやったことと同じ事をしてやる。
そして、すべては終わる。あのときの悪夢も。あの約束を果たして、俺はあいつに会いに行こう。
お前は何も答えてくれないだろう。いや、答えられないんだな。死んでしまったから。
俺のせいだ。俺が守れなかったから。皆を守ろうと思ったのに。なのに。
なあ、お前は許してくれるか?これが終わったら。すべてが終わったら、皆でお前に会いに行こうと思う。お前がやり遂げることが出来なかった事を、やり遂げてから。
大丈夫、役者はいる。あのときより少ないが、目撃者はいるんだ。巻き込んで悪いとは思っているが、彼らを死なせはしない。これで手を打ってくれないか?多分無理だ。
その代わり、彼らにはすべてを教えよう。言葉じゃ語りつくせないだろうから、ちゃんと手紙を書いておいた。
大丈夫。心配するな。お前の元へ行こうなんて思わないよ。まだ俺は生きていなきゃいけないしな。待ってるやつもいるし。
でも、すべてが終わったら。
お前に会いに行くよ。フロイド――。
「左から来るぞ!」
「右から!二体です!」
お互いの警告など、まるで無視していた。
左右から現れた複数のゾンビに、二人は銃口を向ける。二挺の拳銃が火を吹き、先頭のゾンビが倒れる。
続けて、二人は引金を引く。距離は3メートルほど。近づいて格闘戦をすれば弾薬の消費は抑えられるが、複数の相手に徒手空拳で挑みたくない。
「くそっ!はずした!」
弘樹の撃った弾丸は頭部をそれ、ゾンビの肩口に命中した。もともと威力の弱い銃なので、大して仰け反りも止まりもせずに、そのまま歩いてくる。
アメリカなどの警官は、射撃訓練を欠かさず行うという。だが、日本では違う。実際に銃を発砲することはほとんどないし、機動隊員や特殊部隊でもないので、射撃訓練もそれほどやるとはいえない。
「しっかり狙え!弾が残り少ないぞ!」
そう言って、再び引金を引く。彼の撃った銃弾は頭部に命中し、ゾンビを倒す。
「くそっ!」
再び、弘樹は悪態をついた。弾丸はまたも頭部をそれ、胴体に着弾する。無論、ダメージは与えられていない。
「こっちは片付いた!来い!」
彼の腕を引っ張り、源三は銃を手に通路を駆ける。
呻き声が、彼らの後を追いかける。それに急き立てられるように、二人は無人の通路を駆けた。
「起動準備完了。『Sovereign』、解凍します。」
「改良型『CX−025』タイプ、安定しています。拒否反応なし。」
白服を着た研究員たちが、コンソールの前に張り付いている。その前には、厳重な強化ガラスンにしきられた部屋。その中には、人型のBOW『タイラント』があるが、警備は尋常ではない。部屋のドアは全て自動小銃で武装した兵士たちに守られており、奥には小さな武器庫もある。そして、研究員全てを見守るエドガーも、腰に拳銃を提げている。
「ようやく・・・・・・ようやくだ・・・・・・」
ここに辿り着くまで一体何年かけたのだろか。基礎理論からはじめ、実験体の開発、ナノマシンの改良など、かなりの年月と費用をかけた。
そして、自分は裏切ろうとしている。その費用と時間を与えた組織を。
「主任。彼らが、地下への入口を発見した模様です。」
その言葉に、エドガーは振り向いた。だが、その顔に動揺は浮かんでいない。むしろ、嬉々とした笑みが浮かんでいる。
「そうか。予定通り『Sovereign』を起動する。全てのシステムをこちらの制御下において起動状態に。直ちにかかれ。」
「はっ。」
必要な事だけ言って、エドガーは顔を戻した。
だから、彼は気づかなかった。ジェイクが、憎しみのこもった目で彼を見ていたことに。
だが、何も言わずに、彼は背を向けた。途中でコンソールの方にいる研究員たちに何か言い、一枚のディスクを挿入する。
「起動完了。『Sovereign』、ナノマシンとの共生化に成功。コマンド・システム、制御中枢を掌握。」
「もうすぐだ・・・・・・」
再び、エドガーは呟いた。その彼の前で、タイラントは目を見開く。
いや、そいつはすでにタイラントではない。従来のBOWとはかけ離れた知能を持った最強の陸上生物。
ガラスに仕切られた部屋の中で、カプセルが開く。そいつはゆっくりと起き上がると、自らを作り出した存在を見た。
その目はひどく無機質で、無表情だった。その瞳は何も映さず、ただただ無常に全てを眺める。
それは、何を考えているのだろうか。知能を持ったそれは、何を考え、何をするつもりなのか。
「こちらのコマンドを入力しろ。直ちに現地へ向かわせる。すぐに実行するんだ。もう時間がないぞ。」
それが起動したのを確認すると、エドガーはドアにいた兵士を向く。
「外のケルベロスの処理は?」
「すでに完了しております。外部へのウイルス流出はゼロ、敷地内ではレベルB。全て爆破・処理します。」
「よろしい。爆弾はこちらの指示どおりにしただろうな?」
「地下区画は完全に破壊・陥没するようにセットしておきました。また、地上施設は一部のみ残しておきました。」
それを聞いて満足そうに頷くと、エドガーは振り返った。そこでは、『Sovereign』が重武装した兵士たちに移送されている。そいつは反抗するでもなく、黙々とそれに従う。
全て順調だ。
彼が下したコマンドは、警官二人の殺害、及びそれ以外の人間への一切の攻撃禁止命令だ。電子機器を用いて命令されたそれを体内のナノマシンが脳に伝え、実行する。これを使えば銃器やコンピュータの使用も思いのままで、与えるコマンド次第でなんにでもなれる。現在は特殊部隊並の知能を有しており、様々な武器の使用方法、及び戦闘技術を熟知している。
「最強の兵士だよ・・・・・・」
コストは安く、製造ラインさえ出来れば、すぐにでも量産可能だ。その上命令に従順で、裏切る事はない。恐怖も、痛みも感じず、死ぬまで任務を果たそうとする。兵士としては最高だ。
「さあ、はじめようか。狂騒の宴を!」
嬉々として、エドガーは叫んだ。
同じ時。それは、静かにエドガーを一瞥した。
本当にここでいいのだろうか?
もしかしたら、この先さらに悪い事が起こるかもしれない。なら、今から戻って他の道を探したほうがいいのかもしれない。
でも、引き返せない。ここから戻ってもどうせ死ぬだけ。ならば。
少しでも、生きることのできる可能性にかけてみよう――。
「ほら、早く行くぞ。」
小さなハンドライトで階段を照らしつつ、源三は言った。その言葉に弘樹は我に返る。
逃げ込んだ部屋で、偶然見つけた地下への入口。迫り来るゾンビのあの顔は、今でも忘れられない。
それは、運がよかったのか。それとも、悪かったのか。神ならぬ人の身では、それは分からない。
だが、目の前の死は回避できた。この先何があるかは分からないが、この調子で生き延びることが出来るかもしれない。
そのとき、彼はそう思っていた。
やがて、階段は終わった。目の前に、金属製の扉が見える。ロックはない。
「こいつだ。」
源三が扉を開ける。銃を手に、警戒しながら、ゆっくりと。
「・・・・・・よし、誰もいねえ。」
その言葉を聞いて、弘樹は安堵した。もう弾丸がほとんど残っていないので、戦闘は極力回避したい。
だが・・・・・・ここは、一体何なのだろうか。
普通の研究所ではないことは、一目瞭然だ。何があったかは知らないが、まともな研究をしていないことぐらい容易に分かる。
ならば、この研究所は一体何を研究していたんだ?
やはり、映画にしか出てこないような、異形の化物を作っているのだろうか。でも、なぜ?
「どうした?おい、何やって――」
弘樹を呼ぶ声が、突然途絶えた。変わりに聞こえたのは、銃声と悲鳴。
悲鳴は、複数ある。銃声も同様で、どうやら複数の人間が絶叫しながら発砲しているようだ。
「この音、自動小銃だな・・・・・・注意しろ。」
ダダダッ、という連射音を聞いて、源三はつぶやいた。そして、そのまま音が聞こえたほうへと駆け出す。
「待ってください!」
念のため、弾丸がありったけ詰まった弾倉に交換しつつ、弘樹も走る。
この先に、何が待ち受けているのか。彼らは、まだ知らない。
だけど、それはすぐに分かる。
冷酷な『現実』として――