Chapter.2 第二章〜陰謀と言う名の喜劇〜

 終焉が、彼に迫る。
 彼は動けない。動くことが出来ない。手の中の武器の存在も忘れ、ただ迫りくる『死』を見つめる。
 扉は開かない。外からロックされているのだろうか。だが、たとえ開いたところでもはや彼に逃げ出す気力はない。
 『死』が、彼に掴みかかった。肩を掴み、口を開け、彼の首筋に噛み付こうとして・・・・・・
 銃声が、死神の鎌を切り裂いた。

 間に合うのか。
 もしかしたら間に合わないかもしれない。そこに行っても、もうあいつは死んでいるかも知れない。生きている可能性より,死んでいる可能性のほうが圧倒的に高いだろう。
 ならば,なぜ助ける?助ける義理などないはずなのに。たしかに部下ではあるが,それだけだ。あいつを見捨てて逃げても,誰も何も言わないだろう。
 だって,そうだろう?化物が跳梁跋扈する場所から少しでも早く逃げたいっていうのは,当然の事だろう?
 今はまだ,他人事でしかない。今逃げれば,まだ間に合う――
「うるせえ!」
 心の中の雑念を振り切り,彼は走る。間に合う事を祈って。
 間に合わないかもしれない。もう死んでいるかもしれない。
 でも、わずかでも可能性があるならば。
 見捨てるわけにはいかない――。

 扉は、ロックされていた。
「くそっ!」
 悪態をつき、上着のポケットから取り出したカードキーを挿入する。コンピュータが反応するまでのわずかな時間すら惜しい。やがて、ピッ、と言う電子音と共にロックは解除され、扉が開いた。
「斉藤っ!」
 よかった。まだ生きていた。
 源三は、彼のすぐそばに立ちふさがるゾンビの頭部に銃口を突きつけた。零距離から、ゆっくりと絞るように引き金を引く。
 ゾンビは吹き飛び、地面に倒れた。
「何ぼうっとしていやがる!走れ!」
 弘樹の襟首を掴み、扉の外へと放り出す。すぐ近くにいた一体のゾンビに銃弾を叩き込み、自らも部屋の外へと避難する。そのまま扉をロックして、ゾンビを閉じ込める。
「あ、あいつらは・・・・・・一体・・・・・・?」
「俺も知らねえよ。・・・・・・とにかく、逃げるぞ。」
 だが、腰が抜けたのか、弘樹は立ち上がらない。自分が生きていることにまだ時間がわかないようだ。自分の顔や腕を触り、傷がないか確かめている。
「俺は・・・・・・生きているのか?」
「何ボケた事言ってやがる!馬鹿野郎が!」
 彼の頭を思いっきりぶん殴る。弘樹は殴られた箇所を抑え、痛みにうめく。
「いてえ・・・・・・何も殴ることないでしょう・・・・・・」
 よほど痛かったのか、言葉の後半はほとんど聞き取れない。源三は無視し、無理やり弘樹を立たせる。
「手前も男なら、あんなことでびびってんじゃねえ。度胸見せろ、度胸を。」
「あんなことって・・・・・・」
 あの光景を一言で片付けるのはどうかと思ったが、ようやく立ち直ることが出来た。怖くないと言えば嘘になるが、現実からは逃げられない以上、立ち向かうしかない。
「で、どうするんですか?」
「どうするもこうするもねえ。あんな化け物は警官が相手にするようなもんじゃねえ。自衛隊の出番だろ、こういうときこそ。すぐにここを離れるぞ。」
 弘樹の肩をたたき、拳銃を手に先頭につく。弘樹も自らの銃を握り締め、彼の後に続く。
 歩く、なんて悠長なことはやっていられない。ほとんど全速で走り、出口へのドアへと向かう。
「くそっ、ここもロックされていやがる。」
 出口に至るまでの扉のほとんどは、ロックされていた。行きはまったくロックが掛かっていなかったので、おそらく彼らが入った後にロックされたのだろう。
「一体誰がこんなことを・・・・・・?」
 どこにいるかは分からないが、絶対に誰かがいると言う確信があった。何の為かは知らないが、二人を監視し、閉じ込めようとしている。
「くそっ、開かねえ!」
 源三が叫び、合金製の扉を蹴る。当然ながら傷ひとつつかず、彼は痛みにうめく。
「どうしたんですか?」
「このカードキーじゃ外に出られないんだよ。くそっ、一体どうなってやがる!」
 さっきから何回悪態をついただろうか。機械の故障かもしれないと思い、源三はもう一度カードキーを挿入した。だが、返ってくるのは無機質なコンピュータの音声のみ。
「ロックを解除するには、レベル0のカードキーが必要です。」
 弘樹は、源三の持っているカードキーを見た。身分を示す部分には『GUEST』とあり、カードキーの階級はレベル1に設定されている。
「これじゃあ開けられないみたいですね。手動で開けられないとなると・・・・・・ほかの出口を探すしかないでしょうね。」
「ぶっ壊せばいいだろう。」
 そういって、源三はリボルバーを挿入口に向けた。弘樹は慌てて止めにかかる。
「無駄ですよ。そんなことをしても、電子ロックは解除できません。ただでさえ弾は貴重なんですから。無駄撃ちしないでください。」
 確かにそのとおりだった。二人が持っている拳銃の弾は、もう余りない。源三のM60はシリンダーに3発、そして予備の弾が9発。弘樹のシグも、弾倉に6発と予備の弾倉が2本。二人の持つ銃は威力も弱く、頭部を狙い撃ちしなければ効果的な打撃も与えられないため、無駄撃ちは厳禁だ。
「しょうがねえ。戻るぞ。」
 リボルバーの弾丸を交換しつつ、源三は言った。その口調は苦々しい。
「取りあえず、二階から見てみましょうか。どこからか脱出できるかもしれない。」
 弘樹もできるだけ楽観的な意見を述べて、後に続いた。

「対象二名はメインホールに戻りました。現在二階に移動中。」
 地下二階、セクションα。
 エドガー・クウェルは、監視カメラから流れる映像を見つめている。そこに映っているのは、二人の警官。
「ふむ・・・・・・改良型のハンターを退け、ゾンビの大群から脱出するとはな・・・・・・あの若い男、助けられなければまず死んでいた。なかなか日本人も捨てたものではないな。」
「武士道、と言うやつですか?まあ、私には理解できませんが。」
 戯れのつもりで、ジェイクもそれに応じる。監視カメラには小型のライフル銃も搭載されており、監視カメラの映像と連動して遠隔操作することが出来る。つまり、ガンカメラとして機能するわけだが、なぜかエドガーはその機能を使おうとしない。面白半分に、獲物がどこまで足掻くのか見てみようと言う気持ちからだろう。
「ジェイク。」
「はい?」
「なぜ本社は新たな研究所にこの国を選んだと思う?ほかにも候補はあったのにもかかわらず、だ。」
 その問いに、ジェイクはしばし思案して、
「BOWの顧客をアジア一帯にも広げようとする意図があったから、ではないでしょうか?特に中国や台湾、韓国のVIPには高く売れるでしょうし、国で言うならば『アジアの火薬庫』と言われるあの国が重要な顧客となります。」
「貧乏人の最終兵器か・・・・・・確かに、核兵器と比べてはるかに安い値段で製造・管理できる生物兵器ならば、『北』も顧客となるだろうな。だが、本社が選んだ理由はそれでいいとして・・・・・・私がここに来る事を望んだのはなぜだと思う?」
 エドガー・クウェルは、去年のオーストラリア支部で、多大な功績を挙げていた。
 もともと、エドガーの専門は遺伝子工学ではなかった。一応博士号は持っているし、それなりの知識はあるものの、専門は機械工学なのだ。
 そんな彼が行った実験の内容は、マイクロ生体CPU――つまり、ナノマシンとBOWの共生化である。ヨーロッパで98年に開発された『ネメシス』の寄生を参考にし、ナノ単位の生体CPUを開発、現在の量産型としては最も成功している『タイラント』に埋め込んだ。
 実験は、最初は失敗の連続だった。ナノマシンとBOWとの共生化は遅々として進まず、実験体が暴走したこともあった。
 研究を初めて2年たっても、まったくといっていいほど成果を上げられなかった。周囲の視線は冷たくなり、研究が打ち切られようとした矢先、奇跡が起きた。
 ナノマシンとの共生化に成功。
 そのときのナノマシン――『CX−019』タイプBが、現存する唯一の成功例である。
 それからというもの、彼に対する態度はあからさまに変わった。本社は彼に主任研究員としての地位を与え、どこでも好きな研究所での研究を許可した。そして、彼は設営されたばかりの、ここ日本支部へと赴いた。
 しかし、彼の心は、すでにアンブレラから離れていた。ここを選んだのもそのためだ。すべてを終わらせるために、ここを選んだ。
「・・・・・・分かりません。」
 しばらく悩んだ末、ジェイクは答えた。
「この国は、アメリカとは違う。」
 唐突に、エドガーはいった。
「経済面だけで見れば世界でも有数の先進国だが、政治体制や制度・・・・・・私から見れば、こんなに甘い国は始めてみたよ。」
「はあ・・・・・・」
「この国で力を持っているのは議会ではない。首相でもないし、軍部でもない。・・・・・・メディアだよ。」
「メディアですか?」
「そう、メディアだ。マスコミといってもいい。そうだな・・・・・・例えば、新聞やテレビでとある事件が報道されたとしよう。本来ならばさして重要な事件ではないが、もし、意図的に重要そうに見える事件として報道されたら、大衆はどう思うか?」
「それを、そのまま信じる・・・・・・?」
「そうだ。それについて疑うこともない。政治家のスキャンダルが発見されれば、メディアはそれに飛びつく。それだけならどこの国でも同じだが、この国ではメディアが持つ力は半端ではない。政治家のもみ消し工作など無駄だろうな。」
「つまり・・・・・・何が言いたいんですか?」
「私は、アンブレラの所業を世界に公表するつもりだ。この国のメディアを使ってな。」
 そう、それこそが彼の目的だった。メディアの力が大きいこの国ならば、おそらく瞬く間に世界中に情報が伝播するだろう。
「そういう・・・・・・事ですか。」
「脱出時に、研究所は爆破する。地下二階は確実に。万が一にも『Sovereign』についての情報が漏洩しないようにしなければならん。が、それ以外の部分については・・・・・・手を抜くつもりだ。」
 そういって、エドガーは笑みを浮かべた。狂気に彩られた、酷薄な笑みを。
 つまり、この国を利用するつもりなのだ。研究所を爆破し、それでも手を抜いてアンブレラが何をしていたか、その肝心な証拠が残るようにする。そして、後はメディアにリークしておけばいい。動き出した歯車はとまらず、まもなくしてアンブレラの陰謀が世界中に知れ渡ることになる。日本の政府内部にいるアンブレラとのパイプラインもまだまだ少なく、たいした対抗策も取れない。アンブレラは世界中の非難を浴び、裏事業は最低でも大きく縮小せざるをえない。うまくいけばアンブレラを倒産させることも出来る。
「そして、『Sovereign』と共に私はライバル企業へと亡命する・・・・・・本社の連中は気付いてすらいないよ。私が何をしようとしているのか。いや、今何をしているのか・・・・・・」
「陰謀、ですか・・・・・・」
 ジェイクは言った。
「陰謀、か。そういってもいい。だが、私に言わせて見れば・・・・・・」
 そこまでいって、一度言葉を切った。ジェイクに背を向けて、出口へと向かう。
「喜劇だよ。陰謀という名の、な。」
 後は任せた、と言って、彼はその部屋を出た。自室に戻る途中、小さくつぶやく。
「所詮、われわれも誰かの手の中で踊っているだけの駒なのかもしれないな・・・・・・」
 誰もいない通路に、その声は響いた。

「そうそう,警部補。」
「何だ?」
 研究所、二階。廊下の地図によると、ここは娯楽施設が中心で、部屋も4つしかない。手分けして探したほうが効率がいいのだが、万が一の場合に備えて二人で行動するようにしている。
「さっきはどうもありがとうございました。」
 彼が何をいいたいのかは、すぐに分かった。その言葉に、源三は黙り込む。やがて、小さな声で、
「・・・・・・うるせえ。そんな事いわれると虫唾が走るだろうが。感謝するんだったら、今度酒でもおごれ。」
「ええ、そうさせてもらいますよ。」
 ふん、と鼻を鳴らし、源三はわざと不機嫌そうに歩く。その子供っぽい態度に弘樹は苦笑を隠せない。
「くくっ・・・・・・」
「何笑ってる!とっととついてこい!」
 廊下一帯に、弘樹の笑い声が響いた。源三は顔を赤くして怒鳴り散らす。
 彼らはまだ、気づいていない。自らに降りかかる運命を。
 いや、運命なんてこの世にはないのかもしれない。あらかじめ定められた進路などなく、全ては偶然の積み重なりでしかないのかもしれない。
 それでも、人はそれを運命と呼ぶ。自らの逃避のために。
 運命には抗えない。あらかじめ決まっている事は、変えられない。そんな不変の法則。
 でも、そうやってごまかさなければ、人の心は壊れてしまう。人の心は、脆く、はかいないものだから――。
 彼らはまだ、絶望を知らない。

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