第三章


10:50a.m.

 「ふう・・・。」
 「やっぱ、まだいましたか?」
戻ってきた紫苑に一真が聞いた。
 「ああ。あの爪痕を付けた奴とも遭った。」
 「うえ〜、やっぱり・・・。御影さんがゾンビ相手にあんなに動き回るわけないと思ったんスよ。」
 「! お前・・・。」
 「休んでる間も、御影さんの気配を追って意識だけは集中させてたんスよ。おかげで、認識できる範囲がかなり広くなりましたよ。」
一真はニヤリ、と笑いながら言った。
 「大したもんだ。次はその集中力のまま闘ってみな。全部の動きがスローで見えるぜ。」
 「マジっスか!?」
 「ああ。あそこにいたオレの動きを捉えた今のお前ならな。」
 「おお〜。」
 「ただし、闘ってる最中は絶対に集中力を切らすなよ。」
 「え?」
紫苑の忠告めいた言葉に、一真は壁に預けていた体を起こした。
 「集中力切らすと、感覚的に相手の動きが何倍にも速くなる。普通なら簡単に避けられる攻撃が途端にかわせなくなるからな。」
 「げ・・・。」
 「ま、お前は戦闘中に集中力切らしたりしないさ。普通にやればいいよ。意識すりゃ逆に途切れるぞ。」
 「ウース。でも、まぁ眼を閉じてたから広範囲になったんだと思います。まだまだっスね。」
 「すぐ慣れるさ。普通は感じ取れるようになるのもなかなか出来ないんだからな。」
 「う〜ん、よく分かりませんねえ。で、どうでしたか、船の中は?」
 「朝一の探索でほとんど片付け終わってたからな。遭ったのは10体程度のゾンビと、爪のやつ4体だけだ。念の為、意識を広げてみたが、もうこの船には・・・、部屋に籠もってるやつらとオレ達以外は何もいないと思う。」
 「じゃ、そろそろ・・・?」
 「そうだな。本当の意味で、準備を始めよう。とは言っても、情報集めてからだが。祐樹、何か分かったか?」
紫苑はパソコンに向かって操作している祐樹に言った。
 「ええ。まず必要と思ったんで、衛星写真使ってこの島の見取り図を手に入れました。」
 「見せてくれ。」
紫苑はディスプレイを覗き込んだ。
 「北の方に何か大きめの施設がありますね。多分研究施設です。ここから大体20km弱ってとこです。」
 「20km・・・か。半日、いや下手したら一日か。」
 「一日!?そんなにかかりますか!?」
 「かかると思うよ。みんなの体力と精神力次第だけどな。」
 「あぁ、そうか。俺達を基準にしちゃ駄目っスね。」
 「そういうこと。」
 「これは・・・?」
横から覗き込んでいた深月が指差した。
 「さあ・・・。はっきりとは分からない。けどこれも建物だね。北の施設とここのほぼ中間地点。・・・いや、それよりも少し手前かな。」
 「約7〜8kmってとこだな。他には?」
 「島の四方に何か小さな施設がありますね。今のとこ、何かは分かりませんが・・・。」
 「ふむ・・・。」
 「で、この北のやつ、ビンゴです。」
 「ここから出られそうってことか。」
 「はい。ここに港があります。」
 「ルートは二つ。ここからまっすぐ北へあがるか、少し手前で東回りに迂回するかですね。」
祐樹が見取り図を指差しながら説明する。
 「どちらのルートを採るにしても決まりだな。」
 「はい。でも・・・。」
祐樹が声を落とす。
 「抵抗がある、か。」
 「えぇ。・・・この島の所有者です。侵入者、もしくは僕らのような実験対象に対しては、ここから出られなくするようなシステム、この場合は生体兵器による襲撃等でしょう。間違いなく組まれてるはずです。」
祐樹は言いつつキーボードを叩いた。
 「ユニオン・メディックス・・・。最近、アメリカのアンブレラ薬品と提携して、そのあと急に伸びだした医療技術専門の研究機関だな。ここは、U・Mの実験場ってわけか。」
 「医療関係会社の持ち島に何でゾンビやら化け物がうろついてるんスか?」
 「さあな。ゾンビは・・・、まぁ人体蘇生の失敗ってとこだろう。他は・・・なにやろうとしてんだかな。」
紫苑はやれやれ、と頭を振った。
 「ゾンビに殺られた奴が新しいゾンビになる辺り、キズからウィルスか何かに感染するんですかね?」
一真が後ろから覗き込みながら言った。
 「それ、正解みたいだよ。」
祐樹はキーボードを叩き、新たな画面を表示させた。
 「これは・・・“極秘データベース”って、こんなに入り込んで大丈夫なのか?」
 「ええ、御心配なく。セキュリティは完全に騙しましたからね。今や、僕はこの会社のCEOと同じセキュリティレベルを持ってます。それに、僕がアクセスしてる事はログにも残りません。もちろん、今見てることも誰も知りませんし、分かりません。」
祐樹はあっさりと言った。
 「お、お前一人で世界をひっくり返せそうだな。」
 「な、何者・・・?」
 「ただのパソコン好きですよ。」
 「・・・。」
 「・・・。」
一真や深月だけでなく、紫苑までもが絶句した。
 「はは・・・み、御影さんまで呆然としてる・・・。」
 「・・・それよりこれを。」
 「あ、ああ。」
祐樹に促され、紫苑は画面に眼を戻した。
 「“死者蘇生”研究・・・。ウィルス研究機関・・・か。」
 「ええ。死者を生き返らせる、って・・・まぁちょっと、いや、かなり常軌を逸してますけど、医療の研究内容の範囲です。でも、親会社のアンブレラがそれを別の方向に利用する事を思い付いた。というより、アンブレラは元々そのつもりだったみたいですけどね。」
 「“生体兵器”だな。」
紫苑が口を挟んだ。
 「そうです。よく分かりましたね。」
 「さっき言った爪のやつが、明らかにゾンビとは違ってたからな。間違いなく目的があって創られたものだと思った。でなきゃ、あんな計算されたような連携などやれるはずがない。」
 「連携!?モンスターが連携組むんスか!?」
 「ああ。通路の影に二匹で現れて、それぞれが気配をon、offさせて認識を混乱させやがったし、一匹の攻撃をかわして体勢崩れたところに、二匹目以降の攻撃が次々に飛んできた。単調といえば単調だったが、タイミングも狙う位置も見事なものだったよ。スピードもパワーもあって、おまけに緻密な連携も組んでくる。近接特化の化け物だ。もし、囲まれたら厄介な事この上ない。」
 「最悪じゃないっスか。」
 「っ・・・。」
紫苑の隣で、深月が息を飲んだ。
 「あいつらの相手はオレがする。もしまた遭ったら、お前は十分な距離がある時以外、みんなのサポートに回れ。」
 「分かりました。」
 「もしかしてこれですか?」
祐樹が画面を指差しながら言った。
 「ん?・・・そう、コイツだ。」
 「・・カエル、ですか?」
 「“ハンター”って名前みたいですね。原種から更に改良されてるみたいですけど。」
 「上手い名づけだな。あの動きは正に狩人そのものだ。」
 「あの気持ち悪いのは何ていう奴っスか?」
 「気持ち悪い奴?」
祐樹が一真の問いに怪訝な顔で聞き返した。
 「あぁ、船倉の前辺りで倒した奴な。ナベ、その一覧、一つずつ表示していってくれ。」
 「はい。」
祐樹が順次表示していくと、それは三つ目に表示された。
 「うえ・・・!な、何これ!?」
 「気持ち悪・・・!」
それを見た深月と真理の二人がほぼ同時に声を上げた。
 「“リッカー”・・・。」
 「動きが異常に気持ち悪かったんだよな・・・。もう遭いたくないっスね。」
 「おまえなら遠くから狙撃すりゃ済むでしょうが。オレは近接型だから近づかなきゃ当たらんっつーに。つーか、もうこの距離まで近づいたっての。」
紫苑は自分と隣にいる深月との距離を示しつつ口を尖らせながら言った。
 「いーえ、遠くても嫌です。」
 「あーそー・・・。」
 「・・・何でそんなに平然としてられるんですか?」
紫苑たちのやり取りに真理は言った。
 「みんなここで死ぬかも知れないんですよ!?そんな時に、何でそんなに明るく振舞えるんですか!?」
 「沈んでてもどうにもならないからだよ。」
一真が答える。
 「誰も平然となんかしてないっての。単に腹括っただけだ。ヘコんで何もしないんじゃ状況が悪くなるだけだからな。なら、必ずここから帰ることが出来ると信じて、やれることをやるしかないだろ?」
 「そうだね。最後まで足掻いてみよう。何もしないんじゃ、道は死ぬかゾンビかの二つに一つ。自分から選択肢を減らす必要はない。」
思いの外、祐樹も度胸が据わっているようだった。その表情には毅然としたものが感じられる。
 「まだやりたい事はたくさんあるだろ?」
紫苑が言った。
 「はい・・・。」
 「なら、こんなとこで諦めるんじゃない。みんなで帰ろう。」
紫苑は真理の肩をポンと叩いた。
 「・・・はい。」
 「うん。 ナベ、その一覧、一つずつ見せてってくれ。遭った時の対処法を考える。」
 「あ、はい。」
 「深月ちゃんたちはもう一度荷物を確認しといてくれ。それとみんなに連絡頼む。11時半過ぎ位にはここを出て北に向かう。」
 「っ・・。はい。」
紫苑と一真は、この先現れるであろうモンスターの情報を調べ、対処法を話し合った。


11:40 a.m.

 「さて、そろそろ行こう。あまり遅くなると日暮れまでに中間地点にすら着けなくなる。」
紫苑は自分の荷物を確認しながら言った。
 「そういや、電話で何かモメてなかったか?なんかそういう台詞が聞こえたんだが。」
 「え・・・と、はい。柴本さんが・・・身の安全の保証もないのに出られるかって。言い方に腹が立ったんで、じゃあお好きにどうぞ、死ぬまでここにいて下さいって言っちゃいました。」
深月はバツが悪そうに言った。
 「・・・。」
 「・・・あの・・・?」
 「ナイスだ、深月ちゃん。」
紫苑と一真、祐樹は、三人そろって親指をぐっと突き出し、言った。
 「あ、あはは・・・。」
 「よし、冗談はここまで。一真、お前は藪倉他を連れて甲板に出ろ。オレはこの三人と残りを連れて行く。」
 「分かりました。って、御影さん、ちょっと待った。」
一真は装備を持ち、部屋を出ようとした紫苑を呼び止めた。
 「ん?」
 「御影さんには必要ないかも知れませんが、やっぱり一つくらい持ってて下さい。御影さんのスピードや俺の銃も間に合わない時には、必要になるはずです。」
一真はホルスターに収まったハンドガンを一つ、紫苑に差し出しながら言った。
 「・・・そうだな。分かった。」
 「はい。説明、いりますか?」
 「いや、いいよ。部屋を回ってる時に聞こえてた。」
紫苑は受け取り、身に着けた。いくつかのマガジンも受け取る。
 「よし、じゃあ行くぞ。」
 「はい!」
紫苑たちはそれぞれ荷物を持ち、部屋を出た。


11:45 a.m.

5分後、紫苑たちは甲板に集まっていた。
 「渡した地図を見てくれるか。」
紫苑は一真が地図を渡しているのを見ながら言った。
 「今いるところが地図の一番下、丸いポイントだ。で、これから北にある四角いポイントに向かう。」
 「何があるんですか?」
藤原が地図を見ながら聞いた。
 「何かの施設と港だ。船が何隻かある。そこからこの島を出る。」
 「この真ん中は?」
 「今日中にそこまで行きたい。何事もなく、急いで行けば最終目的地まで行けないこともないが、当面の目標はそこにした。距離は大体7〜8km、北のポイントまでは20km弱ってとこだ。」
 「割と距離ありますね。荷物の重さとか考えて、やっぱり今日はそこで止めといた方がいいかも知れませんね。」
村木(兄)が言う。
 「ええ。日没後に森の中を歩くのは避けたいってことと、あと、森の中にはここに来たような化け物も、間違いなくいるはずです。暗闇の中でそいつらと対するのはかなり分が悪いんで、中間地点までは一気に行ってしまった方がいいと思うんスよ。」
一真の“化け物”という言葉にみなが息を飲む。
 「闘う事も必要になると思う。今は全部片付けたが、この船の中でも相当な数と遭ったからな。けど、戦闘はオレと一真の二人でやる。みんなは可能な限り、武器を使う必要がないようにするつもりだ。」
紫苑は一真の方を見ながら言った。それに一真が頷く。
 「でも、一応それなりの覚悟はしといてくれ。オレ達の眼が届かないこともないとは言えない。」
 「その時は自分しかいないですからね。しっかり握って、しっかり狙って引き金を引く。渡した時にも言ったけど、ほんとにしっかりと握って下さい。でないと下手すりゃ腕の骨折りますよ。」
 「女の子よりも男の方が多い。オレと一真が立ち回りしてる間は一人が一人の護衛について貰う。ま、さっきも言ったが可能な限り、そんなことはないようにするよ。」
 「う・・・。」
 「・・・・っ。」
紫苑と一真、深月を除く全員の身がすくむ。
紫苑は荷物を持ち上げながら言った。
 「そろそろ行こう。日暮れまで6時間そこそこしかない。」
みなが不安な顔ながら動き始めた時・・・。
 「なぁなぁ、ひとついいかなぁ?」
と、ふてぶてしい声が上がった。
 「・・・何だよ?昼前には森に入って進み始めたいんだが。」
紫苑は声の主を見ながら言った。柴本だ。
 「何でお前が仕切ってんの?」
柴本は荷物を持とうともせず言い放った。
 「御影さんは俺らの中で、一番動ける人だからっスよ。戦闘にも精通してるし、なにより・・・」
 「お前に聞いてない。それに言ってる意味も分からんし。」
 「・・・。」
柴本は答えた一真を横目でねめつけてから言った。
 「・・・別に仕切りたくてやってるわけじゃない。昨日からこっち、いろいろ見てきたからこうするのが一番いいと思っただけだ。気に入らないならお前がやれ。みんなが納得するなら従うよ。」
紫苑は更に何か言おうとした一真を制しつつ答える。
 「じゃあこうしようや。ここで助けが来るまでじっと待つ。わざわざどこに何がいるか分からない森の中に入ってくようなキチガイとしか思えない方法より、ずっと現実的じゃない。それか、この船使って本土に帰る。どーよ?」
柴本は勝ち誇ったように鼻をふん、と鳴らしながら言う。
 「キチガイ、ね・・・。祐樹、すまんが頼む。」
その表情を見た紫苑は首を振りながら祐樹にバトンを渡した。
 「え!?あ、はい。救助は来ませんよ。更にこの船ももう動きません。」
 「はぁ?」
 「通信機器も動力も全て死んでますし、携帯やメールなんかで助けを呼ぼうにも、僕らや他のみんなが最初は信じられなかったこの状況を、どう説明していいか分かりませんしね。頭がおかしいと思われるのが関の山ですよ。」
 「・・・。来るはずの船が来ないんだから変に思われるに決まってんでしょ。そしたら捜索が始まるでしょ。」
 「たとえすぐに捜索が始まっても、ここを見つけられるとは思えません。見つけてもらう前に殺されてゾンビの仲間入りです。」
 「何で!」
 「この島が地図上にない、私有の人工島だからですよ。」
 「はぁ!?なんでそんな事分かんの?ここは瑚梗島のはずでしょうが!」
 「調べたからですよ。出る前に出来るだけの情報が必要だったんで。」
祐樹は淡々と言った。その様子に柴本の顔が紅潮する。
 「〜〜・・・ど、どっちにしたって、お前らの言う事が本当ならここにいた方が安全じゃないの!!」
柴本は全てに反論されて焦れたのか、とうとう声を張り上げてわめき出した。
 「静かにしろ。化け物共をここに集める気か。」
紫苑が静かな声で言った。
 「うるさい!大体、ゾンビとか化け物ってのも怪しいね。お前を含めて何人かは見たらしいが、全員同時に夢でも見たか、俺らを騙そうとしてんじゃないの!?」
 「どこのバカが“ゾンビが出た”なんて見え透いた嘘つくんだよ。」
 「知らん!お前らが・・・!」
 「・・・そんなに出たくないなら好きにしろ。んで、ずーっと待ってろ。オレは一刻も早くこんなとこから出たいんでな。お前に付き合うつもりは  !」
        プシュッ!
 「ひっ・・・!」
 「うわ!」
         〈うう・・・・〉ドサ・・・・ッ
紫苑が途中で話を止め、弦を放とうと腕を振るう寸前、一真が通路の角めがけて発砲した。
直後、嫌なうめき声と共にゾンビが倒れる。
 「見てきます。」
一真は銃を構えたままゾンビが現れた通路まで行き、奥を確認してから戻ってきた。
 「まだ残ってたのか。少なくともこの船は全部片付けたと思ったんだがな。・・・これで分かったろうが。嘘でも夢でもないってことがな。すまん一真。話に気を取られ過ぎた。」
 「いーえ。珍しいっスね。」
紫苑は肩をすくめた。
 「・・・!!」
 「マジで・・・?」
 「さっきも言ったが、柴本同様残りたいやつは好きにしろ。ただし、自分の身は自分で守るんだな。オレも一真も出て行く。後のことはもう知らん。」
紫苑は荷物を持ち、歩き始めた。深月、一真もそれに続く。
 「・・・っ!」
 「ち、ちょっと待ってくださいよ!」
それを見た他のメンバーもあたふたと続く。
柴本も紫苑の背中を憎憎しげに睨み付けながら荷物を持ち、しぶしぶ後に続いた。


11:57 a.m.

 「森に入る前に一つ言っとく事がある。ゾンビやら何やらが出てきても、パニックにならないでくれ。バラバラに逃げ散られたら、守れるものも守れなくなる。」
紫苑は森の手前で振り向き、みんなに言った。
 「何かが近付いて来るようなら、オレは歩くのを止める。その時は女の子を内側に、男はその周りを囲んで全員で全方向を見ることが出来るようにすること。極力、女の子が武器を持つ必要がないようにな。」
 「近付いてきたら、って・・・森の中でそんなの分かるんですか?」
山木が不思議そうに聞いた。紫苑の能力を知っている者以外、全員が同意したように頷く。
 「オレも一真も感覚は人より鋭くてね。後ろについてくる君らも、どこに誰がいて、立ち止まったり遅れたりしてないかってことも分かる。」
 「へ〜・・・。」
 「けっ・・・嘘くせー・・・。」
紫苑は柴本の方を一瞥した。
聞こえるように言ったのだろう。柴本はワザとらしく眼を逸らしていた。
 「さっきも御影さんが言ったように、戦闘は俺と御影さんだけで九分九厘何とかしますんで。絶対に散らばるようなことだけはしないで下さい。」
場をつなぐように一真が付け加える。
 「お前らに命預けてちゃ、安全なとこでも怪我しそーだな。」
ぼそっ、と柴本がつぶやいた。森の方へと歩み始めていた紫苑がゆっくりと振り返る。
 「・・・いい加減にしろよ。これ以上余計な邪魔するようなら木に縛り付けるなりして捨ててくぞ。」
 「っ・・・!!!」
 「ひ・・・っ・・・!?」
紫苑の声はこれ以上ない程に重く響いた。本物の殺気が乗ったその声に、一真以外の全員が凍り付く。
 「っ・・・きさま・・・っ!?」
    ドスンッ・・・!
 「・・ぐわっ・・・!!」
    チャキ・・・ッ・・・
 「!?」
 「い、今何が・・?」
 「ひゅー・・・速ぇ・・・!」
柴本が銃を抜いた瞬間、紫苑はそれを奪い取り、同時に投げ飛ばしていた。逆に柴本の眉間に突きつける。
あまりに一瞬の出来事に全員が眼を丸くした。
 「気に入らないやつは殺してしまえ、か?さすがにここまでやるとは思わなかったがな。銃を持って強くなったつもりにでもなったか?」
 「く・・・くそっ・・・!いってえな!!離せよ!!」
柴本は起き上がろうともがくが、紫苑がその腕を握って動きを抑えていた。
 「一真くらいの銃の腕を持ってるならともかく、お前がオレを狙ってどれだけ撃とうがかすりもしないぜ。理由は・・・言わなくても分かるよな?」
紫苑は冷ややかに見下ろしながら言った。
 「文句垂れる位は構わないさ。お前が何を言おうが無視しとけばそれで済む。だが、ここまできたら話は別だ。」
紫苑は銃を引き、柴本の腕を放した。途端、柴本は弾かれるように立ち上がり、紫苑を睨み付ける。
 「しっかり覚えとけ。二度目はない。次は両腕へし折って、二度とまともに使えないようにしてやるからそのつもりでいやがれ。」
紫苑はしばらく冷たい殺気を含ませた眼で見つめたあと、柴本に安全装置がかかったままの銃を投げ返して歩き出した。

 「一真、最後尾について後方を警戒してくれるか。オレは前を。」
 「はい。・・・あんまりイライラして集中力散らさないで下さいよ。」
 「分かってる。・・・すまん。」
 「いーえ。じゃ、後ろにつきます。」
一真は笑って紫苑から離れ、後ろについた。
 「・・・ふーー・・・。」
紫苑は大きく息を吐いた。閉じていた感覚が戻ってくる。
 「情けない・・・。あんなに近付かれるまで分からない程、感覚閉じて話し込むとは・・・。」
 「大丈夫ですか?」
いつの間にかそばにいた深月が聞いた。
 「ん?ああ、大丈夫。もう頭は冷めた。」
 「そっか・・・。」
 「いつまでもイライラしてるわけにはいかないからな。さっきのようなことは、二度とないようにしないと。」
紫苑はそう言って少し自嘲気味に笑った。
 「君も含めて、みんなには嫌な思いさせちまったな。」
 「う〜ん・・・。確かに、さっきの紫苑さんはちょっと怖かった・・・かな。」
 「力で抑え付けるようなマネだけは絶対にしたくなかったんだけどな。誰も、何も言えなくなるだろ。上手くハメられたかも知れん。こういうことにだけは長けてるからな、あいつは。」
 「でも、あの場合は仕方なかったんじゃ・・・?でないと撃たれてたと思いますよ。」
 「それはないな。」
 「? どうして?」
 「銃には暴発を防ぐ為に安全装置ってのが付いてる。一真に説明受けただろう?あいつは、オレに向けた時もそれを外してなかった。だから、あの瞬間には絶対撃てないってわけ。安全装置が壊れてない限りね。つまり、最初から撃つ気がなかったか、それも忘れる位バカか、ってことさ。九分九厘、前者だろうけどね。」
 「え〜と・・・?」
 「仮に、安全装置が外れてたとしても、どうかな。冷めた頭でよくよく考えたら、あいつにゃそんな度胸はない。極力、自分はキズ付かずに済むように、足が付かないように行動して、人を陥れるのが得意な奴だからな。あそこでオレを撃ってたら、あいつ自身が後で痛い目を見る。キレたのは演技で、他のやつらに、オレに対する不信感を抱かせるのが目的かもね。」
 「・・・。そ、そこまでしますか。」
 「何かとオレが気に入らんみたいだからね。自分以上に目立つ奴が許せないんだろ。入学当初から数えて5年半、あいつを見てきたが、それ位普通にやるよ。実際、それで痛い目見た奴も知ってるしな。・・・・・・ハメられた可能性が高い気がしてきたよ。」
 「はー・・・。」
 「気を付けな。気に入られろ、などとは口が裂けても絶対に言わないが、自分にとってメリットやステータスにならないと感じたら、途端に手の平を返したように対応が冷淡になる。なびかない、と思われても同様だな。更に、奴が目障りだと感じたら、何をされるか分からない。」
 「何をされるか、って・・・いきなり襲われたりするんですか!?」
 「いや、自分の手は99%汚さない。直接手を出すのは100%自分に悪い影響が出ないと判断した時だけだね。そんないつ来るかも分からないチャンスを待つよりも、あることないこと誰彼構わずばらまいて、そいつの評判を落とすのさ。直接的に手を出すより、手っ取り早く、しかも安全確実に痛めつけることが出来るからね。ついでに、人の興味を自分に引き付ける。他人のゴシップネタはみんなが聞きたがるもんだからな。で、俺って人気者!!てな風に快感に震えるってわけ。・・・あいつ、その為に生きてんじゃねーか、って思ったこともあるよ。」
 「・・・。」
深月は何とも言えない複雑な表情をした。
 「つかず離れずってことだね。」
 「難しいこと・・・。」
 「まったくだ。ま、オレはもう気にする必要はないけどな。」
 「あ、あはは・・・はぁ・・・。」
深月は大きく溜息をついた。

ピッ・・・
ブ・・・・ン・・・・
微かな信号音と共にモニタが点灯した。
次いで巨大なモーターのような装置が駆動を開始し、徐々に回転を上げていく。
モニターには次々とウィンドウが表示されては消えていき、全てのチェック項目で緑色のランプが点滅した。
“デンリョク ノ カイフク ヲ カクニン  システム ヲ サイキドウ シマス”
駆動音が安定し、点滅が点灯に変わると同時に、室内に無機質な声が響いた。

森に入ってから1時間ほどが経った。
秋口に入り、気温がそれほど高いわけではなかったので、暑さによる疲弊はなかったが、それぞれが持つ荷物の重さと、常に辺りを警戒したまま歩き続けてきた緊張のためか、紫苑と一真以外には、早くも疲労の色が見え始めた。
 「大丈夫か?」
紫苑は隣にいる深月に聞いた。
 「体力的には・・・多分まだ大丈夫。でも、気分が・・・。」
 「調子悪いのか?」
 「ううん・・・。やっぱり怖いんです。いつ出て来るかと思うと。」
 「・・・だろうな。」
紫苑は振り返った。最後尾の一真はともかく、紫苑の直後にいる祐樹も思いの外しっかりと歩いている。
が、他の者は常にびくびくした状態で、しきりに辺りを見回して伺いながら歩いていた。
中には常に銃を握ったままの者もいる。精神的な疲労はかなりのものだろう。
 「ナベ、今どの辺りにいる?」
 「船から約1.5km。今日の目標まではあと5〜6kmちょっとですね。」
 「今が・・・1時12分。一時間で1.5km・・・か。単純計算であと4時間前後・・・。このままいければ日暮れまでに着けるけどな・・・。一真、ちょっと来てくれ。」
紫苑は立ち止まって一真を呼んだ。
途端、今話していた3人と一真を除く全員が大慌てで一箇所に集まる。
 「えーと・・・。あぁ、そうか。立ち止まったら敵、って言ってたな。」
紫苑は頭を掻きながら言った。
 「すまん、敵ってわけじゃないから今はそれほど心配しなくていいよ。ただ、そのまま辺りの様子はしっかりと見ててくれ。」
それを聞いて、全員が少し安堵の溜息を漏らした。
 「どうしたんスか?」
 「もう少し大丈夫かと思ったんだが・・・、結構疲れてきてる。」
 「あぁ、そういえば・・・。」
 「このままじゃ、本当に出た時にえらい事になり兼ねない。」
 「・・・休憩取りますか?」
 「その方がいいかも知れんな。できれば一気に行きたかったが・・・やっぱ無理かな。」
 「そうですね・・・。あと200〜300mほど行けば、少し拓(ひら)けてるみたいです。といってもほんとに少しですが。」
 「どの程度?」
 「木の立ってる割合が若干低い程度。」
 「・・・でもここよりはマシか。そこまで行ってから休みを取ろう。予定通りにはいかないもんだな。」
 「そうっスね。」
 「よし、聞いてくれ。」
紫苑は集まっているメンバーに向かって言った。
 「もうちょっと行ったところで少し休憩を取ろう。みんなが休んでる間はオレ達二人が全力で警戒に当たる。怖いのは変わらないし、気もあんまり休まらないかも知れないが、水分摂って脚を休める位の余裕は取れると思う。」
紫苑は下に置いていた装備を持ち直しながら言った。

 “プログラム オン  Z 10 H 16 カクセイ”
無機質な声が何かの開始を告げる。
それまで静かな駆動音でしかなかったモーターのような装置が、急に回転を早めたようにうなり始めた。
 “カクセイ カンリョウ  タダチ ニ ハイチ シマス  モクヒョウ 112 123”
 キュイイィィ・・・・ン・・・・・・・・・・ヴン・・・!
カリカリカリカリ・・・・
モーター音が僅かに納まり、今度はコンピュータが計算を開始する。
 “ダイ2 ハイビ ジュンビカイシ Z 125 H 60 カクセイ”
再度、駆動音が大きくなる。
 “カクセイ カンリョウ  ハイチ シマス  目標 113 145”
ヴン!

 「この辺りです。」
祐樹が紫苑を呼び止め、言った。確かに、少しではあるが木々の立つ間隔が広くなっている。
 「よし、ここでしばらく休もう。」
紫苑は立ち止まり、荷物を降ろした。
他の者もそれに倣い、自分の持つ荷物を降ろす。が、視線や顔は辺りをきょろきょろと見回したままだ。
 「移動はじめるまでの間は気を抜いてていいぞ。警戒はオレ達がやる。」
紫苑はバッグの中から小さな小瓶を取り出した。
 「ちょっ・・!?こんな床で寝るんスか!?」
一真があたふたしながら言った。
 「・・・寝たいのか?」
 「いや!んなわけないでしょう!」
 「だろうな。ただの結界香だよ。外から来る奴はこの香りを吸うとその場にいたくなくなるようにな。」
 「へー・・・って、それじゃ俺達もここにいられなくなるんじゃ?」
 「いや、着火時に範囲内にいた者には効果はない。」
    ・・・ボン・・・ッ!
紫苑は足元に垂らした香に着火させ、辺りを排斥型の結界香で覆った。続いて体力を回復させる回復香も使う。
 「風で流れたりしないんですか?」
着火時の光で眼をしぱしぱさせながら、深月が聞いた。
 「うん。ここで吹く風程度じゃ流れない。」
 「便利なもの持ってますねぇ・・・。」
祐樹が感心しながら言った。
 「だろ?更に、効果範囲も半径40mほどだから十中八九ここまでは来ない。ゾンビ以外はね。」
 「ゾンビには効果ないんですか?」
 「実際、使ってみたわけじゃないけどな。理性は皆無、感覚も痛みや苦しさとかまったく感じないようだから、直接感覚に影響するものは効かないと思う。」
 「じゃ、やっぱり気をつけてないと駄目じゃないですか。」
そばで話を聞いていた“くるみ”が言った。
 「大丈夫だよ。効果範囲の限界からここまでは十分距離もあるし、ゾンビにはスピードもない。森に入る前にも言ったように、パニック起こしてバラバラに逃げたりしない限り、今は何も気にしなくていい。」
紫苑は少し笑ってから、一真に言った。
 「一真、上から辺りを警戒してくれ。何か見つけたら狙撃で始末。あとついでに、脱出に役立ちそうなものも探すように。」
 「ん、んなアバウトな・・・。上から見える役立ちそうなものって何ですか。」
そばにいた藤原が苦笑しながら言った。
 「と、とりあえず上に行きます。・・・よっ!」
    タン・・・ッ・・・!
一真はサプレッサーを装着したスナイパーライフルを持ち、枝ぶりの良い樹を選んで登った。
いや、登ったというより飛び乗って、あっという間に10mほどの高さまで行ってしまっていた。
 「あ、あいつ・・・あんな身のこなしができるのか・・・?」
 「すげー・・・。」
紫苑以外はみな一様に眼を丸くしていた。紫苑は、その様子を見て笑いながら一真に問いかけた。
 「何か見えるか?」
 「いや、何も。樹と葉っぱばっかしっス。お!あっちに建物がありますね。多分、中間地点ですよ。」
 「距離は?」
 「4・・・いや、5kmほど。」
 「ん・・・うん、その方向と距離ならそれに間違いなさそうですね。」
 「船は?」
 「今の所・・・何も変化はないみたいっスね。外に出てるやつも、外から来たやつもいないみたいです。」
 「わかった。少しそのまま監視続けてくれ。オレは付近をざっと見回ってくる。」
 「はい。」
一真はスコープを覗いたまま返事をした。
 「こ、ここから離れるんですか!?」
 「け、警戒は任せろって、さっき・・・。」
深月と“くるみ”が慌てたように言う。他のメンバーも同様に不安げな顔で紫苑を見ていた。
 「すぐ戻るよ。遠くは一真が見ててくれてるが、付近は結界香を焚いたとはいえ不十分だからな。もう範囲内にいたモンスターには、香の効果も現れないしね。そいつらだけは、ちゃんと始末しないとな。」
紫苑は木に立てかけた刀を取りながら言った。
 「1,2分で戻る。その間だけ、輪を作って注意しててくれ。」
 「1,2分!?半径40mを1,2分ですか!?」
 「ああ。範囲内の奴等は全部把握してあるからな。探す必要もない。こっちの気配を断って奇襲かければ、手っ取り早く片が付く。」
紫苑は歩き出した。
 「一真、あとは頼んだ。」
 「はい、行ってらっしゃい。」
    ヒュ・・・!
 「い!?」
 「えぇ!?」
 「き、消え・・・!?」
一真が答えた瞬間、紫苑は藪の中へと消えた。

結界内に入り込んでいるモンスターたちを斬り倒しながら、紫苑は考えていた。
 「こいつら・・・どこから現れた・・・?ここまで接近を許すことなど、いくら何でもありえない・・・。」
紫苑が香を焚こうとしたとき、一真がうろたえたのもこの為だった。
 「一体なんだ・・・?」

 「ま、マジで闘ってる・・・。」
時折、一真たちが待機しているところまで断続的に戦闘音が届いていた。
斬撃の音、モンスターの断末魔・・・。普通ならば気にもならない程僅かな時間のはずが、いつ襲われるかも知れないという極限に近い精神状態では、一真を除くメンバーにとっては異常な程長く感じられた。
 「さっすが・・・。気配追うのがやっとだ・・・。!(あれは・・・確かハンター・・・。一匹だけか?)」
木の上から監視していた一真のスコープが、木々の間をうろつくハンターを捉えた。
 「(他にも何体かいるはずだな。・・・・・・いた。1,2・・・全部で3体か。近付かれると厄介って言ってたからな・・・。)」
一真は手を出すべきかどうか、少し迷った。場合によっては、それがこちらの位置を知らせる事につながり兼ねないからだ。
 「(こっちは風下・・・。3体をほぼ同時に仕留めれば気付かれることもない、か。よし・・・。)」
    チャキ・・・ッ・・・
一真はライフルを構えなおした。慎重に狙いを定め、引き金を引く。
    バスバスッ!
 「っしゃ・・・!」
スコープの先で頭を吹っ飛ばされたハンター達がほぼ同時に倒れ、しばらくのたうったのちに動かなくなった。
 「うおっ・・・!」
 「ば、一真まで・・・。」
頭の上から突然聞こえた射撃音に、一同の身がすくむ。その時・・・。
    ガサ・・・ッ・・・
 「っ!!」
 「げっ!?」
 「うわ!ば、ば、化け物!!」
 「ば、一真!!」
 「! ちっ!」

    “くるるる・・・・”

藪の中から1体のハンターが現れた。一真が銃口を向けたその瞬間、

    “き・・・き・・・・・”

    どしゃ・・・っ・・・

 「!?」
ハンターは前のめりに倒れた。その背中には斜めに鋭い斬撃の跡がある。
 「範囲内の見回りと掃除完了、と。ちょっと怖い思いさせたか?」
そのすぐあとに、紫苑が姿を現した。
 「はぁぁぁ・・・・・。」
 「し、心臓が・・・おかしくなりそう・・・・。」
みな、一様に深い安堵の溜息をついた。中にはへたり込んでいる者もいる。
 「悪かったな。少し手間取った。」
紫苑はハンターの死骸がみなの眼に入らないよう、藪の中へと蹴り飛ばしながら言った。
 「さて、と。みんな、もう気を抜いていいぞ。」
紫苑は刀を木に立てかけた。自分の荷物からボトルを出し、口をつける。
 「何か撃ったみたいだが、何かあったのか?」
 「ここから北東、大体2000位の位置にハンターの一団がいたんスよ。数は3体。撃ちもらしナシ。」
 「他には?」
 「特に何も。と、ゾンビが1体。」
    バスッ!
一真は特に慎重に狙いを定めるでもなく撃った。
 「・・・ゾンビか人か、ちゃんと確認した後で撃ってる?」
紫苑は苦笑しながら言った。
 「当たり前です。」
一真はスコープを覗いたまま答えた。
 「!」
一真が答えた直後、紫苑は撃った方向を睨み付けた。
 「ど、どうしたんですか・・・!?」
そばで休んでいた深月が聞いた。他の者も紫苑の顔と目線の先を慌しく見ている。
 「一真・・・本当に1体だけか?」
紫苑は言った。
 「い、いや、かなりの数です。ざっと見たところ、100体ほど確認できます。」
 「視認範囲は?」
 「60・・・いや、50%。」
 「っ!」
 「げ・・・っ・・・!」
慌てて荷物を持ち、おたおたし始めた者たちを制しつつ、紫苑は言った。
 「動くな。一真、そいつらは船の方へ向かってるな?」
 「えぇ。出るのがもう少し遅ければ、この大群と鉢合わせでしたね。」
 「そうだな・・・。もう手は出すな。動向だけチェックしといてくれ。」
 「えぇ。・・・にしても妙だな。」
 「妙・・・?」
 「一心不乱に船を目指してる。コントロールでもされてるみたいに進む方向が同じです。」
 「コントロール・・・か、もしくは引き付けるものがあるのか、だな。 !」
 「えぇ、監視続けます。」
 「いや、もういい。降りて荷物を取れ。」
紫苑は自分たちが通ってきた方向をにらみながら言った。
 「え?・・・!!」
一真は紫苑の目線の先へと銃口を向けた。
 「向こうほどじゃないが、60ほどこっちに向かって来てるな。」
 「えぇ、まっすぐ向かってます。距離50.。もうすぐ範囲に入ります。」
 「降りろ一真。少しずつでもいいから先に行け。」
紫苑は一歩踏み出しながら言った。
 「この位置ならすべて片付けられますよ?」
 「いや、弾は温存しとけ。あるだけ後が楽になる。」
 「わかりました。」
一真は即座に飛び降り、荷物を取った。
 「これを炊きながら進め。進み続けるかどうかは、みんなを見てお前が判断しろ。」
言いながら、一真に香の入った小瓶を投げ渡した。
 「村木、すまんが後方の警戒を任せたい。山木は村木が遅れないようにサポートしてやってくれ。」
 「は、はい。」
 「何か見えたら撃てばいい。ただ、闇雲に乱射するのはやめろよ。弾ももったいないしな。」
 「わ、わかりました。って、出てきたのが御影さんだったらどうするんですか!?」
 「大丈夫さ。」
紫苑は笑って歩き出した。
 「だ、大丈夫って、ちょっ・・・。」
 「さぁ行け。」
 「紫苑さん、気を付けて・・・。」
 「あぁ。」
 「よし、じゃあ行こう。」
 「また後でな。」
言った直後、紫苑の姿は微かな草ずれの音を残してみなの前から消えていた。

紫苑は深月たちと別れた後、僅か10分ほどの内にゾンビの群れを一掃していた。
 「これで2度目・・・。」
一人つぶやく。
 「これだけの数・・・オレも一真も何故気付かなかった・・・?死体として転がってたのが起き上がって来たわけじゃない。なのに・・・。」
そう・・・、先ほどの群れと同様、僅か50mほどの所まで接近されていることに、一真だけでなく紫苑までもが気付いていなかったのだ。
まるで急にそこに現れたかのように、紫苑は感じていた。
 「何かカラクリがありそうだな・・・。」
紫苑は言いながら歩き出した、が。
 「! まずい!!」
すぐに全速力で駆け出した。


同時刻

微かな破裂音と共に、ふわり、と煙が漂う。
一真は紫苑から預かった香を焚きながらゆっくりと歩を進めていた。
が、急に一真の歩が止まった。いや、止まらざるを得なかったのだ。
 「! え・・・!?」
一真の感覚が、周りの状況が一変したのを感じ取ったのだった。
 「・・・っあ!」
深月が小さく声を上げた。
その目線の先には・・・。

    “くるるるる・・・・・”

一真たちを取り囲むように、木々の上から見下ろしている数十体のハンター達がいた。
 「・・・っ!!」
 「な、なんだよ・・・!い、いつのまにあんなに・・・!!」
 「お、お前モンスターが近づくのが分かるって言ってたんじゃねぇのかよ・・・!」
藤原が小声で一真を責めた。
 「(そ、そんなバカな・・・・。いくらなんでも・・・あれだけの数・・・!御影さんじゃないとはいえ、気付かない訳がない・・・!どうして・・・!!)」
一真は呆然とハンターの群れを見上げていた。
 「も・・・もうダメだ・・・!俺らここで・・・!!」
 「ひ・・・っ・・・ひ・・・・・・!!」
 「(どうする・・・どうすれば・・・!!)」
一真の頭の中に対処法が浮かんでは却下されていく。
いや、実際は混乱を起こしていた。
 「(こんな時、御影さんなら一体・・・どうやって切り抜ける・・・!?)」
既に一真の頭は深刻なパニック状態に陥っていた。
さっきまで広く届いていたはずの感覚は、ほぼ完全に閉じてしまい、状況の判断はおろか、身動き一つできなくなっていた。
 「(どうする・・・!どうする・・・!!どうする・・・!!!)」
    ガシャ・・・ッ!
 「!?」
一真の手から銃が落ち、音を立てた。
普段なら大したことのない音が、この状況においては恐ろしく大きな音のように聞こえた。
が、皮肉にもその音が、一真の感覚を取り戻させると同時に、ハンター達のスイッチを入れてしまう結果となった。

    “キシャアアアアアアア!!!”

周りのハンターが、一斉に金切り声を上げ、飛び掛った。
一真は銃を拾い上げ、ハンター達に銃口を向ける。
感覚をほぼ取り戻した一真には、ハンターの動きが緩やかに見えたが、同時に、それは状況が如何に絶望的かを知らしめる結果となった。
自分達の周り、360°全てを埋め尽くすハンターの群れ。
それが自分達目掛けて爪を振り上げ、一斉に飛び掛ってくる。
一真の銃が火を噴き、一瞬で10体ほどのハンターが頭を吹っ飛ばされて絶命した。
だが、弾が尽きる。今の一真にできたのはそこまでだった。
 「っ・・・!くそ・・・っ!」
 「ひいいいい!!」
 「(紫苑さん・・・!!)」
深月は諦めたようにぎゅっと目を瞑った。
その時・・・
 「伏せろ!」
突然聞こえた紫苑の声に、半ば反射的に全員が伏せた。

直後、彼らの頭の上を一陣の風が吹き抜けると同時に、無数の斬撃・衝撃音とハンター達の断末魔が響いた。
 「な・・・っ・・・!?」
一真がわずかに顔を上げて見たものは、立ち並ぶ木々の間を縦横無尽に跳び回り、飛び掛ってきたハンターの群れを一瞬の内に斬り捨てる紫苑の影だった。
 「・・・え?」
 「あれ・・・?」
 「ひ、ひえぇ・・・!」
しん、と静まり返ったことに気付いた深月たちが顔を上げると、そこらじゅうにバラバラになったハンターの死骸が散乱しており、傍に紫苑が舞い降りた。

 「みんな無事か?」
 「紫苑さん!」
深月は思わず紫苑にしがみついた。
 「ギリギリだが・・・なんとか間に合ったな。」
紫苑は深月の頭を撫でながら言った。
 「み、御影さん、どうやったんですか!?」
 「そ、そう、それ!伏せろって声で頭下げたら・・・。」
 「い、いつの間にかバケモノはバラバラ。んで更に、いつの間にか御影さんが立ってて・・・。」
 「生えてる樹を利用しただけさ。あの状況とあれだけの数じゃ、まとめて一気に斬る必要があったからな。」
紫苑は簡単なことだ、とでもいうようにあっさりと言った。
 「利用しただけ、ってあんた・・・(汗)」
 「・・・。」(呆然)
 「それより、一真。」
それまでの微笑みを含んだ顔から一変して、まじめな顔で一真を見る。
 「は、はい・・・っ!」
 「集中力切らすな、って言ったろ?ああいう時こそ、逆に冷えなきゃな。」
 「・・・はい。」
一真は申し訳なさそうに目を伏せた。
 「まあ、でも・・・初めての状況にしてはよくやった。次は・・・大丈夫だな?」
 「はい。」
一真が顔を上げる。その目には、決意の光が宿っていた。
 「なぁ、聞きたいんだけどさぁ。」
柴本が声をかける。
 「分かってるよ。モンスターの接近に気付かなかったことだろ。」
 「よぉく分かってんじゃないの。どういうことか説明してもらえるよなぁ?」
柴本はしてやったり、といった顔でニヤつきながら言った。
 「説明できたらな。」
が、紫苑は特に気にした様子もなく応える。
 「あ?」
 「祐樹、PC(それ)を見てるってことは・・・、何か分かったんじゃないのか?」
紫苑は慌しくキーボードを叩いている祐樹に尋ねた。
 「少しだけ待ってください。多分・・・これで・・・。」
状況がよくないことは、祐樹の表情が硬いことからも容易に想像できた。
 「・・・分かった。柴本、祐樹を待とう。」
 「は・・・?何が分かるってんだよ?」
 「いいから待て。」
 「・・・っ。」
柴本はあまり取り合おうとしない紫苑に怒りの表情を向けた。と、祐樹が顔を上げる。
 「・・・最悪・・・・・かも知れません。」
祐樹の表情が尚固く、暗くなっていた。
 「・・というと?」
 「・・・。」
祐樹はしばらく黙り込んでからゆっくりと口を開いた。
 「この島は・・・生体兵器の開発も行ってはいますが、それ以外に主眼を置いて研究されているものがありました。」
 「それがどうしたんだよぉ!?もったいぶらずに早く言えよ!」
柴本がイライラした様子で詰め寄る。
 「・・・モンスターの転送システムです。」
 「転送・・・システム?」
 「つまり・・・任意の場所にモンスターを配置できる、ってことか・・・?」
 「そうです。船を出る前に、御影さんと一真の二人は位置を把握できる、って言ってたのに、二人共にかなり近づかれるまで何も言わなかった・・・。その辺りから変だとは思ってたんです。」
祐樹は画面に目を落とした。
 「この島の四方、東西南北の位置に小さな施設があります。これを使って座標を特定しているみたいです。」
 「見せてくれ。」
紫苑も画面を見る。横から柴本が覗き込んできた。
 「(何だ、急に・・・?)一真、周りを頼む。 ・・・これか?」
 「そうです。ここと、ここ・・・それからこれとここです。」
祐樹が示した所には、小さく丸い施設のようなものが写っていた。
 「これで位置を特定してるってことは・・・潰せば転送できなくなるってことだな。」
 「!?」
紫苑の発言に、柴本が慌てた素振りを見せた。
 「? なんだよ?」
 「え!?い、いや、何でもない。・・・な、何でもないよ!」
 「・・・?」
紫苑は祐樹と顔を見合わせる。が、今はそれよりもこれからのことだ。
 「確かに、破壊すれば転送する位置を決めることはできないでしょうね。」
 「・・・何か含みのある言い方だな。」
 「え?いや・・・。」
 「もし・・・祐樹、お前がここのシステム管理を担当していたら・・・。どうする?」
 「え?」
 「万が一、この施設に気付いて、破壊を考える者がいた場合、お前ならどういう対策を立てた?」
 「それは・・・僕がここに関係してる、って言いたいんですか?」
祐樹は明らかに怒りの篭もった声で紫苑に応えた。
 「へ・・・?いや、そうじゃないよ。 って、何でそうなるんだ。(汗) そうじゃなくて、お前だったらどうするかを聞きたいだけだよ。」
紫苑は諭すように静かに言った。
 「あ・・・す、すいません。」
紫苑は何も言わず、静かに首を振る。
 「そう・・・ですね・・・。僕なら・・・。」
祐樹は真剣な表情で考えながら、ゆっくりと話し始めた。
 「まず、座標施設は簡単に辿り着けないような位置に設置させます。それで・・・今までに2回、モンスターを転送させてるにも関わらず、誰も死んでない・・・。なら、もっと強力なモンスターを配置させる。同時に、4つの施設の防備を固めるようにします。もちろん、ハンターよりも遥かに強力なモンスターで。」
 「ふむ。」
 「それでも突破されて・・・もしX軸を破壊されたらY軸に、Y軸を破壊されたならX軸に・・・無差別にありったけのモンスターを放つようにプログラムしておきます。」
 「両方・・・破壊されたら?」
 「その時は島全体・・・。どこだろうと構わずランダムに転送し続けるように組みますね。」
祐樹はキーボードを触りながら言った。
 「祐樹さん・・そのパソコンからシステムに侵入できないんですか?」
深月が恐る恐る聞いた。
 「その手があったか・・・。」
紫苑も思わず手を打つ。
ところが・・・。
 「いや、残念ながら・・・。」
 「何かあるのか?」
 「転送システムは、今僕が入り込んでるネットワークからは完全に切り離されていて、独自のプログラム機構を持ってるんです。恐らく、僕みたいなタイプに対する対策として。」
 「なるほどな・・・。」
 「基幹システムは、これから僕達が行こうとしてる研究施設の奥・・・、セキュリティレベルが最大の場所にあります。つまり・・・今の状況を突破して根っこを押さえないと止められない、ってことです。」
祐樹の目はディスプレイに向けられたままだ。
 「でも・・・この転送システムにも弱点はあります。」
 「!」
 「それは?」
 「屋内には転送できないようです。恐らく、ここの管理者達の安全のためでしょう。システム自体がそういう欠点を持っている、とも判断できますが・・・。各施設は電波を遮断する材質の建材を使ってるみたいなので、前者の可能性が高いですね。」
 「ということは・・・とっとと中間地点まで行ってしまった方がよさそうだな。」
 「ええ。それからもう一つ。一度転送してから次に転送可能になるまで、相当時間がかかるようです。大体2〜3時間ほど・・・。」
 「転送するためのエネルギーを貯めるためか・・・。」
 「みたいですね。恐らく次に転送されてくるのはハンターの群れよりも厄介だと思います。だから今の内に。」
 「一気に行ってしまおう。」
 「はい。それと最後にもう一つだけ。」
 「・・・悪い情報か?」
 「いや、都合のいい情報です。恐らく、今日、モンスターが転送されるのは、あと1回です。」
 「・・・というと?」
 「転送は膨大なエネルギーを消費するだけじゃなく、その装置そのものの負担も大きいみたいです。なので、クールタイムを充分取るために、17時以降は機能を停止させて、エネルギー充填のみを行うようです。」
 「つまり・・・あと一回乗り切れば、今日は休める、と。そういうことだな。」
 「はい。」
 「わかった。 今1時48分・・・次は4時ごろか・・・。」
紫苑は荷物を取り上げながら、みんなに声を掛けた。


16:05

再び移動を始めてから2時間・・・。
極稀に現れるゾンビ以外は、特に何事もなく順調に進むことができていた。
 「静かだな・・・。」
 「うん・・・。」
モンスターがほとんど現れなくなったことで、深月たちも徐々に落ち着き始めていた。
 「このまま行けるといいんだがな・・・。」

 “カクニン ・・・エネルギー ノ ジュウテン ヲ ケンチ”
 “プログラム オン   T 1 カクセイ”
無機質な声が、転送システムの再起動を告げた。 駆動音が大きくなり、並んでいる培養器の中でもひときわ大きな物のランプが点灯する。
 “カクセイ カンリョウ ハイチ シマス   モクヒョウ 126 287”
キュイイイイイイイイン・・・・・ブン・・・!!

 「!」
中間地点の小屋まであと少し、という所で紫苑が立ち止まった。
 「来たか・・・。」

    グオオオオオオオオ・・・・・・・ン!!

直後、紫苑たちの後ろで地の底から湧くような、この世のものとは思えない雄叫びが響き渡った。
 「ひ・・・っ・・・!」
 「な、なんだよ今のは!?」
 「・・・。」
紫苑は荷物を置き、後ろを警戒している一真のところへと戻る。
 「御影さん・・・。」
 「無闇に別れるとさっきみたいなことにもなりかねん。少し離れたところで待ってろ。」
 「はい。」
 「ったく・・・。厄介な事この上ないな・・・。」
紫苑はため息を吐いた。
 「コイツ・・・滅茶苦茶じゃないですか?」
 「あぁ。これに比べたら、さっきのハンターの群れがじゃれ付く子犬みたいなもんだな。」
 「っ!」
紫苑がしれっと言った。それに対して一真も含めた皆が一様に息を呑む。
 「え、援護します。」
 「いや、やめとけ。狙いが移ったら厄介だ。コイツはオレ一人でやる。」
 「いや、でも・・・。」
 「絶対に手を出すな。」
紫苑はぴしり、と言い切った。
 「分かりました。」
一真の応えを聞きつつ、紫苑は少し前へ出た。
 「周りを警戒してろ。そっちは任せる。」
 「はい。」
紫苑は微動だにせず、雄叫びの方向を見据えている。
一真たちは、10メートルほど離れた所から紫苑の背中と視線の先を見ていた。
突然、大きな衝撃音と共に、紫苑の目線の先にあった樹が揺らぎ、ミシミシと音を立てて倒れた。
 「げ・・・っ!?」
 「な・・・なんだあいつは・・・!?」
はらはらと舞い落ちる葉の中から姿を現したのは、身の丈2メートルを有に越す大男だった。
 「確か・・・タイラント・・・。」
祐樹が呟くように言った。
大男の左腕は肘から先がツメ、いや、ツメが異様に発達して、さながら剣のようになっており、その胸にはドクドクと脈打つ器官が露出していた。
 「こ、こいつがタイラントか・・・!想像よりでかい・・・!」
紫苑はタイラントを見つめ、冷静に戦闘力を分析していく。
 「(ハンターよりも更に近接特化型・・・。パワーが大幅に上な分、速さは若干劣る、か・・・。)」
紫苑はゆっくりと近づいていく。
 「ちょっ・・・!御影さん!?」
一真たちがうろたえるのと同様に、タイラントも異様に感じたのだろう。それまでの威風堂々とした態度が一変し、警戒の色が顔に浮かんだ。
 「・・・っ!!」 紫苑は凍りつくような殺気をまとわせながら、尚も近づいていく。
 「な・・・なんて殺気だ・・・。全身に氷の針が突き立ってるみたいだ・・・!」
一真の腕にぷつぷつと鳥肌が立つ。
タイラントにもわずかにだが、恐れと躊躇いの表情が浮かんだ。
 「(ごく・・・っ・・・)」
皆、その様子を固唾を呑んで見守った。
とうとう、紫苑はタイラントの間合いに入った。目線はタイラントを射抜いたまま動かない。
 「・・・。あ!」
緊張からか、増岡が握っていた枝がポキリと折れた。周りの意識が一瞬そちらに向いた途端、萎縮していたタイラントの殺気が一気に膨れ上がった。
 「!」
タイラントは雄叫びと共に、紫苑に向けてツメを横薙ぎに振るった。
が、紫苑はそれを一瞬早く屈んでかわし、反動をつけて後方に身を翻しながら、タイラントの顎を蹴り上げた。
    ガゴォッ・・・!!

    “がっ・・・・!?”

 「!!」
 「い・・・っ!?」
反撃を加えられるとは思ってもいなかったのだろう。顎をハネ上げられたタイラントは、ぐらりと体勢を崩した。
紫苑は着地しながら両腕を引き、一歩大きく踏み出すと同時に、ガラ空きのタイラントの腹部目掛け、両掌を思い切り突き込んだ。
    ドズ・・・ン!!
大地が揺らぐような重い衝撃音と共に、タイラントの巨大な身体が弾かれるように後退する。が、5〜6メートルほど吹き飛ばされただけで持ち堪え、ギロリと紫苑を睨み付けた。
しかし、タイラントの目に入ったのは紫苑の姿ではなく、追撃として顔目掛けて繰り出された蹴り脚だった。
    ゴッ・・・!!
持ち堪えるので一杯だったタイラントは防ぐことも避けることもできず、まともに喰らって、すぐ後ろにあった樹もろとも蹴り飛ばされた。
 「は、速・・・っ!!」
 「ま、マジかよ・・・!?あのバケモノ相手に競り勝ってるじゃねーか!」
 「す、すげぇ・・・!」
 「・・・っ!」
これにはさすがの柴本も驚いたようだ。それまでの高慢な態度が消え、ただ驚愕の表情で見ている。
 「やっぱりこの程度じゃ終わらんか・・・。」
紫苑は落ち着いた声で言った。
 「え?」
折り重なった木々がゆっくりと持ち上がり、その下からタイラントがほとんど何もなかったかのように立ち上がった。

    “グオオオオッ!!”

タイラントは雄叫びを上げ、周りにあった樹を吹き飛ばしながら紫苑へと突進し、ツメを振り上げた。
 「ちっ・・・!」
一気に間合いを詰め、紫苑の首目掛けて振り下ろす。
 「っ!」
今度も紫苑は僅かに身を引いてかわしてしまい、すぐさま反撃に出ようとした。
 「!?しまっ・・・!」
だが、タイラントはツメを振り切った後、身をひねり、反動を使って逆へと振り抜いた。
 「あ・・・っ・・・!」
 「紫苑さ・・・!」
    ドズッ・・・!!
振り抜かれたツメは紫苑を捉え、その身体を弾き飛ばす・・・はずだった。
    ぐに・・・っ・・・

    “!?”

ツメは紫苑の身体に徐々に入り込んで行き・・・
    ぼふっ・・・
ついには、紫苑の身体が煙を殴ったかのように掻き消えてしまった。
 「・・・え?」
 「御影・・・さん・・・?」
タイラントを含めた全員が呆然とする中・・・、
 「っ!!」
最初に紫苑の姿を捉えたのは深月だった。
目の前で姿を消した紫苑に、タイラントも目を丸くする中、深月だけはタイラントの背後に現れた紫苑の姿をはっきりと捉えていた。
紫苑は、硬直し、スキだらけになったタイラントの首目掛け、無言で蹴りを放つ。
    バキィッ!!

    “・・・・・ッ!!”

紫苑の蹴り脚に、首の骨が砕け折れる感触が伝わる。
タイラントは頭から樹をなぎ倒しつつ弾き飛ばされた。
    すと・・・っ・・・
紫苑は凍りつくような殺気をまとったまま、タイラントを見ていた。
ふと、深月たちに目をやる。
すると、我に返ったように目を丸くした。
 「あ!」
紫苑は半ば慌てて小瓶を取り出し、香を焚いた。
    ボンッ・・・!
 「うわ・・・っ・・・!」
 「・・・あれ?」
 「・・・目が覚めたか?」
紫苑は申し訳なさげに言った。
 「まさか・・・今御影さんが消えたように見えたのは・・・?」
 「香の効果だな。対象に自分のイメージした映像を叩き込むことができるタイプのものだ。範囲内にいた者全員に同じ幻覚効果が現れる。」
紫苑は倒れているタイラントに目をやりながら言った。
 「最初に蹴り飛ばしたときにでも落としたみたいだな・・・。使ってないのにタイラントの目が特有の反応を見せてたんでおかしいとは思ったんだが・・・。まあとにかく・・・幻覚状態は解除したからもう心配ない。みんなすまなかっ・・・ !」
普通に話していた紫苑の眼が、急に冷たく、暗く沈み込んだ。
 「!?」
その視線の先には、首が折れ、おかしな方向に曲がった状態にも関わらず、立ち上がろうとしているタイラントの姿があった。
 「げ・・・?」
 「く、首が折れてるのに・・・!!」
 「不死身かよ・・・!」
皆が焦る中、紫苑一人が即座に行動を起こしていた。
身を低く落とし、ほぼ無音で突進する。
    チャキッ!
その手にはいつの間にか刀が握られていた。
逆手に抜刀し、タイラントの脇を抜けながら振り抜く。
    ドンッ・・・!!

    “っが・・・・・・!!”

タイラントの身体は、腰の辺りで大きく斬り裂かれていた。

    “ぐ・・・・グオオオ・・・オオオオオッ!!”

それでも尚、タイラントは紫苑に向き直ろうとした。だが・・・
 「いい加減落ちろ。」
    ズドッ!!
    “・・・ッ!!”
紫苑は後ろ手に刀を突き、タイラントの心臓を背中から貫いた後、すぐさま抜き去り・・・
    ザンッ!!
身を翻してタイラントの首を刈り取った。
ここでようやく・・・タイラントはヒザからくず折れるように倒れ込み、動かなくなった。
    ヒュン・・・ッ!
紫苑は刀に付いた血糊を振り切り、深月たちの所へと歩き出す。
 「す・・・すげぇ・・・。」
 「あ、あんなバケモノを一瞬で・・・。」
 「俺たち・・・帰れるかも・・・!!」
皆が安堵の息をつき、僅かな希望を口にする中、柴本は一人静かに・・・紫苑を睨むように見ていた。

 「ちぃっ・・・。」
皆の所へ戻った紫苑が、微かに舌打ちする。
 「ど、どうかしたんですか・・・?」
村木(兄)が聞いた。
 「え?あぁ、いや、刀にね・・・。」
紫苑は刀に付いた血糊をしかめっ面で見ながら答えた。
 「やっぱり振り切りだけじゃ取り切れない・・・か。完全に刺し込んだからなぁ・・・。ったく・・・。 えーっと・・・。」
紫苑は不意に辺りを見回した。
 「ふむ・・・あれでいいか・・・。」
と、一本の若く、瑞々しい幹をした樹に近づいていく。
そして・・・。
    ガンッ!!
紫苑はいきなりその樹に向かって刀を振り下ろした。
刀は鍔のすぐ上の辺りで、幹の3分の1ほどまでがっちりと食い込み、止まった。
 「!?」
 「ちょ・・!何を!?」
紫苑は答えず、両手でしっかりと柄を握る。
 「ふ〜・・・・・・・・・・・。  ・・・・・ふっ!!」
    ザンッ!!
紫苑は深く息を吐いたあと、気合と共に一気に引き降ろし、樹を断ち切った。
 「いぃ・・・!?」
 「あ、あの状態から何で斬れるんだ・・・。」
皆が唖然とする中、紫苑は刀を見る。
 「ふむ・・・。ま、なんとかなったか。」
見ると、刀にべっとりと付いていた血糊は、綺麗に拭い去られていた。
 「さて・・・、じゃあすぐにも出発して、中間地点まで行ってしまおう。今日はもう来ないはずだ。」
そういって皆を見回した紫苑の表情が凍りついたように固まった。
 「えぇ。 ・・・?どうしたんですか・・・?」
その表情に気付いた一真が聞いた。

「小室は、どこに行った・・・?」

To be continued.