第五章

おそるおそる壁から頭だけを出し、メインストリートを覗く。同僚たちは見るも無残なほど食い散らかされ、すでに何人かは生き返っていた。
ラクーンSWATレッドチーム隊員、ジェイムス・クロフォードは怯えていた。握っているMP5A5短機関銃は一発も発射されておらず、太腿のホルスターに収まっているG21も15発の45ACP弾が一発も発射されないままいまかいまかと出番を待っていた。
メインストリートでの戦闘が始まってすぐ、クロフォードは一番近くの路地に逃げた。仲間の断末魔の悲鳴を聞きながら、ゴミ箱の陰でただただ怯えていた。車のエンジン音が聞こえたときでさえそこから動けなかった。
なんとか冷静になり、ようやく動けるようになると短機関銃の安全装置を解除する。
警察署は危ない。この町に安全な場所なんかないんだ。
そう思うと吐きそうになったが、もう何度も吐いており胃の中身は空っぽになっていた。クロフォードは目指すべき場所をしっかりと理解していた。まずは車を手に入れ、使われていない廃炭坑へと向かう。なるべく人が集まる場所は避けたかった。そこを抜ければラクーン郊外へ出れるはずだ。
そうだ、自分にはまだ希望もチャンスも残されている。弾薬は十分あるとはいえなかったが脱出するには十分なはずだ。
音を立てないようにゆっくりと路地の奥へと歩き、突き当りの角を右に曲がった。ここを真っ直ぐ歩いていけばファーストフード店に出るはずだ。そこには車がある。
再び歩き出そうとしたとき、視界の隅に何かをとらえた。視線を向けると、黒い塊が目に入る。恐る恐るMP5に取り付けられたフラッシュライトを点灯すると、はっきりとそれが確認できた。
まるで悪夢が現実になったかのような姿だった。クロフォードはこんな生命体を見たことも考えたことも無かった。人間の姿はしているが、背中から何本もの触手が飛び出しており、しきりにうねり動いていた。顔は…顔は無かった。目と口があるだけで、あとは粘土を何度もナイフで突き刺したようなぐしゃぐしゃの筋がついているだけ。腕は異常に細く長かったが、逆に足はとてつもなく太い。全体が灰色の皮膚に覆われており、いたるところに乾いた血がこびりついていた。
あっけにとられていたクロフォードはMP5を持ち上げ、弾倉が空になるまで撃ち続けた。
銃声に加え誰かの悲鳴が聞こえたがかまわずに引き金を強く引き絞る。
怪物は9mm弾の嵐に身動きをとれずにいたが、次第にゆっくりと近寄り始めた。
銃が沈黙すると、さっきの悲鳴は自分が発していたものだと気がついた。なんとか口を閉じると、ホルスターから拳銃を抜き、続けざまに三発の45口径弾を頭部へと撃ち込む。怪物は弾丸を食らうと、仰向けに倒れて顔をかきむしり、おぞましいほどの奇声を発した。
「ば、化け物がっ!」
きびすを返して全力でメインストリートへと走る。あんな化け物と戦うくらいならゾンビのほうがましだった。ゾンビを倒し、パトカーに乗り込む。キーは挿しっぱなしに違いない。そしたらすぐに炭坑に向かっ―
脊椎に強烈なパンチを食らったような衝撃が体を貫き、クロフォードは前に倒れそうになった。体は倒れようとしていたが、どういうわけかつま先だちのまま前のめりになり、止まっていた。すぐに体中に同じような衝撃を受け、激痛に顔をゆがめる。
不意に体が開放され、地面にうつぶせにほうり出されると、すぐに拳銃を路地に向けた。自分の倒れた場所にはなぜか血だまりが出来ており、生暖かった。路地の暗がりから先ほどの化け物が出てくる。傷はほとんど回復しており、触手の先は血にまみれている。
引き金を引こうとしたが、体に力が入らなかった。めまいもする。咳とともに大量に吐血すると、周囲の血だまりは自分の体から出ていたものだったと気がついた。奇声とともに、触手が突き出され、クロフォードの首、胸、体中のいたるところにへばりついた。とたんに激痛がはしり、体中の血液や肉体を構成している組織が吸い取られていくのを感じた。
そうか。さっきの衝撃はこれだ。もはや諦めにも似た冷静さで理解すると、最後の力を振り絞り、銃を持ち上げた。化け物に撃つつもりはない。自分のこめかみに突きつけると、引き金を引いた。

積み重なるようにして道を塞いでいるバリケードや事故車の山の上にのっていたダンが後続のホプキンスたちを促した。
「急いで!」
ホプキンス達が上ってこようとしている側の反対のほうは道路が広がっており、すぐ右手に曲がる道路の突き当りにはケンド銃砲店がある。
ショットガンを足元のゾンビに向けて放ったと同時にホプキンスとヒックスが上りきった。すぐにジョイスも続いたが、ペインの姿が見えなかった。
「ペイン!ぐずぐずするな!」
怒鳴っているホプキンスの脇まで来ると、ダンは下を覗き込んだ。事故車に足を挟まれ、身動きが取れなくなっているようだった。
「ちくしょう、足がはさまって抜けねえ」
「警部、俺が下に降りて助けてきますよ。ペイン!無理やり動かすなよ!」
ペインの横に降り立つと、ホプキンスたちは一メートルほど頭上の位置にいた。
こんなときに襲われたらやべぇな。
「抜けないんだよ。なんとかしてくれ」
何とか抜こうと引っ張ると、ペインがひっ、と叫んだ。
「痛いのか?」
「だったらどうなんだよ!とっとと抜いてくれ!このままじゃクソったれゾンビどもの餌になっちまうだろうが!」
「落ち着け!痛いのかって聞いてるんだよ!」
上でヒックスとホプキンスがなにやら話していたが、今は無視することにして目の前のことに集中した。ペインの足が挟まれているところをよく見てみると、血が流れていた。
「痛いんだな?はさまれてるというよりも、何かが足を突き抜けてる感じだ」
「くそっ、その通りだよ。痛いのは慣れてるけどこんなにひどいのは始めてだ。うっ」
ホプキンスが二人の頭上から話しかけた。
「どうだ?」
「ダメですね。こりゃあここの残骸を全部どかさなきゃあはずせないっすよ」
「そんな時間は無いぞ。ゾンビどもが群がってきてるんだよ」
目に見えてペインがおびえ始めたのが分かった。
「先に行っててください。この阿呆を助けたらすぐに向かうんで」
それを聞いたペインが目をひん剥きながら叫び始めた。
「おい、何いってんだよ!お前一人じゃ無理だろうが!」
「ペイン、黙っててくれ!警部、頼んますよ。無駄な危険は犯すべきじゃない」
眉をひそめ、少し考えると結論を下した。
「わかった。なんとか助けだして、すぐに追いつくんだぞ」
ダンは得意の笑顔を作ると、努めて明るく振舞った。
「任せてくださいっす。トラブルメーカーの汚名、返上してみせますよ」
鏡が無い状況では自分の顔を見ることは出来ない。そのとき自分の顔が見えていたら気づいていただろう。
目は笑っていなかったということに。

「なあ、本当にほうっておいていいのかい?」
ジョイスが不安げに尋ねた。
「正直、わからんね。だが全員でまとめてくたばるわけにもいかんだろうに」
ケンド銃砲店の前に着くと、ヒックスがゆっくりと扉を開けた。
鍵はかかっていなかった。ホプキンスは最悪の状況を想定した。やはり店内に店主であるケンドの姿は無い。
「おい、ケンド!いるのか!」
後ろではヒックスが扉の鍵を閉め、窓の外に目をこらしている。
そのとき、カウンターの後ろからのそりと人影が現れた。驚いたジョイスが銃を向けかけたがホプキンスが制止する。
「よせ。ケンドだ。よかった、生きてたんだな」
汗だくになり、ところどころに血がこびりついていたがそれはまぎれもなくケンドだった。
「そう簡単にくたばるわけないだろ。いったいどうなってるんだ?」
「俺にもわからんよ。メインストリートで制圧作戦を行ったんだが失敗してね。今から警察署に戻るんだ」
ケンドがぶつぶつと文句を言いながら床のカーペットをめくり、隠し扉を開けた。中から大型のライフルケースを取り出し、笑みを浮かべながらホプキンスとヒックスにひとつずつ渡した。
「ほらよ。カタがついたらしっかりと請求させてもらうぜ」
しかめっ面を作ると、ホプキンスはやり返した。
「おいおい!これは違法銃器の取締りだぞ!」
そこにいた全員が一瞬だったが、心の底から笑った。
「裏口に出たら俺の白いバンがある。それの上を通り越せば警察署前の道路に出るよ。だが化け物だらけでね。なんだったら俺も一緒に行ってやるぞ?」
「いや、大丈夫だ。これだけ銃があればなんとかなるさ。それより、後からダンとペインが来るかもしれない。そしたら彼らを警察署まで送ってきてくれないか?」
「おう、まかしとけ。気をつけてな」
握手を交わすと、ホプキンスは裏口から出た。出際にケンドがヒックスとジョイスに何かいっていた。
「奴さんなんて言ってたんだ?」
「ええ、大したことじゃないんですけどね。もしも生き残れたら射撃大会に向けて特訓してくれると」
堅物で頑固者のケンドが署員に射撃の特訓をするのは滅多にないことだった。彼が目をかけるのは見込みのある奴にだけだ。たしかにヒックスは腕はいい。ピストル射撃は並だが、ショットガンとコンバットライフルの部門ではおそらくラクーン警察一だろう。ピストル部門でも優勝すれば射撃大会始まって以来初の三冠王だ。
バンの屋根に上り、ヒックスに手を貸しながらジョイスに尋ねた。
「ジョイス、お前さんは?」
今度はヒックスがジョイスに手を貸し、上りながら答えた。
「おっと…え?ああ、お前にゃ銃より脳みそのほうが必要だって言われたよ。ったく、こんな状況でもあの憎まれ口は変わりゃしねえや」

無理だ。これ以上動かせない。
額の汗をぬぐい、後ろを振り返る。二車線道路は火の海だった。来たばかりのときにいたゾンビはすでにヒックスとダンが掃討していたため安全だったが、用心に越したことはない。ペインは疲れきってぐったりとしている。足からの多量の出血のせいもある。この分だとまず助からない。
「くそ。鉄パイプか何かがあれば動かせるんだけどなあ…」
その時だった。そのうなり声が聞こえたのは。
「何か聞こえなかったか?」
「いや、何も。それより、外れそうにないんだろ?」
はっきりと言おうかどうか迷ったが、どのみち気づいているようだった。
「わかってるんだ。出血しすぎちまった。もう助からねぇ」
今度ははっきりと聞こえた。犬のような、だが濁ったうなり声が。ダンは全身の毛が逆立つのを感じた。振り返ると、火の中から数匹の犬が飛び出してきた。真っ直ぐと二人に向かってきている。
「ちくしょう!」
ショットガンを構え、引き金を引く。だが銃口を向けたときにはすでに犬たちは射線から外れるようにステップし、弾丸はコンクリートを撒き散らしただけだった。急いでポンプを動かす。空の薬莢が弾き出され、新しい散弾が薬室に収まった。ペインはダンのホルスターからオートマチックを抜き取り、弾丸が切れるまで連射した。二人の猛烈な銃撃によって二匹が吹き飛ばされた。
突然、犬たちの動きが止まった。
「六匹か…」
胸ポケットから最後の散弾を取り出し、ベネリに装填した。横でペインがダンのオートマチックに新しい弾倉を叩き込み、スライドを閉鎖した。ジャキンという乾いた音がいやに大きく響いた。
「ダン、こいつは俺には必要ない」
ダンと同じようにポケットに入れてあった12ゲージの散弾を取り出すと、渡した。
「おい、何言ってんだよ!タマも無ぇのに戦えるわけないだろ!」
「俺の事は放って行け。やつらはどうやれば俺たちを美味く食えるか考えてるだけだ。すぐに襲ってくる。そしたらお前がこのくそガレキの山を越える時間なんて無くなっちまう」
「絶対に助けてやる、約束したろ!」
「このまま犬死する気か?!俺が時間を稼ぐ。行け」
路上に放り出されていたショットガンまでもダンに渡すと、オートマチックを構えた。
「俺のデスクの上に車のキーがある。トランクの中に役に立つもんがあるはずだ。使ってくれ」
「…わかった。なあ―」
「行け!」
ペインが引き金を引き、銃撃を開始したと同時に襲撃が再開された。耳をつんざくような断末魔の、同僚の悲鳴が聞こえ始めたときにはダンはケンド銃砲店にたどり着いていた。

To be continued.