第二章
一機のヘリがラクーンシティ上空の雲を割って現れた。それを皮切りに二機、三機と次々に増えていく。いずれも例外なくダークグリーンに塗装され、機体の横には『U.B.C.S』の文字と、白と赤に塗り分けられた八角形のマークがペイントされていた。
UBCS輸送チームのパイロットは、GPSを確認すると機内無線のスイッチを押した。
「散開地点に到着。この機はこれよりガンマチームのRV(ランデブー。集合地点のこと)地点に向かう。到着予定は五分後だ」
シートに座り、目をつぶって集中していたマッケンジーはチームの面々を確認した。ビビっている奴こそいないが、腹を据えた確固たる決意があらわれた顔を見ることもできなかった。ベルトを外し、兵員収容区画の前部へ移動すると機内無線のマイクを取った。
「よし、お嬢さんがた。よく聞け。ハッキリと言っておこう、お前らの何人かは生きて帰れないかもしれない。いや、このチーム全員かもしれないな。とにかくそうなる可能性は大いにありえるわけだ」
中国人だか日本人だか分からない顔つきの男が不安そうに唸る。
「だが、だからといってネガティブにはなるな。悲観的な考えを持っていると良い事は起きん。だからといってオプティミストにもなるな。俺たちはくだらんコメディの主役じゃないんだ」
一呼吸いれ、メンバーの顔を見回す。
「つまり言いたいのはこういうことだ。訓練どおりに動け、頭は使わず体を動かせ。そうすれば生きて帰れる可能性が少しは大きくなるし、それは俺が保障する」
「到着三十秒前。各員懸垂下降にそなえてくれ」
機内アナウンスが流れると、マッケンジーはにやりと笑い、全員に見えるように親指を立てた。
「最後にもう一つ。俺はこのチームの誰一人として見捨てはしないし、なるべくならこのチームを危険にさらす様な真似はしたくない。だから的確な判断を下すつもりだ。俺がこのチームの指揮官に選ばれたのもそれなりの理由があるからだ。だが、もしも俺の判断が間違っていると思ったらいつでも――」
「RV地点の上空に到着。活性死者が三匹いる。気をつけろ」
中断された話を再開すると、ふたたびにやりと笑った。
「言ってくれ。さあ、狩りの時間だ」
「リックだ。こいつはかなりヤバい状況だ」
無線機が突然しゃべりだしたのに驚き、持っていたコーヒーを撒き散らしながら男は無線機を取り上げた。
「無理だったか」
「ああ、そうだ。この町でもう一度朝日を拝めるやつは一人もいないだろうよ」
なんてこった。ある程度は予想していたが、いざ現実を突きつけられると金玉が縮みあがる思いをした。リックが無理だとすると、外部からの救援はまず無理だった。電話・インターネット類はすべて使用不能に陥っており、警察署内に進入した暴徒との度重なる戦闘で署内のたった一台の戦術無線機もこなごなになっていた。大口径拳銃弾で中身がめちゃくちゃにされたのだ。おおかた間抜けな市警官が放った銃弾のうちの一発だろう。
そいつを見つけたら絞め殺してやりたい気分だった。
「警部?」
「あ、ああ。聞いてるよ」
「まだなんとも言えないんだが…」
「言ってみろ」
無線機越しでもリックが言うのを躊躇っているのが分かる。
「…この辺一帯の通信機器が活動できてないのは知ってるよな?だが今使っているような無線機は使える。俺のコンピューターもさっきまでは接続できた」
「さっきまで?」
「今は圏外ってやつだ。これらの状況から推測するに電話とネットに対する大規模な通信妨害が行われているようだ」
意図的だっていうのか?だとしたら誰が?
分からないことが多すぎる。
「警部、これは明らかにこの町から情報が漏れ出すのを恐れての事だ。こんなことが出来る、そしてやる組織は一つしかない」
「アンブレラか」
「どうやらSTARSとやらが言っていた話は本当らしいな。とにかく直ぐにそっちに向かうよ」
「気をつけろよ」
ホプキンスは無線をデスクの脇に押しやると、少ししか残っていないコーヒーを胃に流し込んだ。
拳銃のそばに置いてあるIDカードを見やる。
「犯罪課警部…か」
交通課の巡回警官に比べれば立派すぎる地位だった。だがこんな状況ではクソの役にも立たない。今必要なのは、ありったけの銃と弾丸だった。
リックの推理はずばり的中していた。
黒塗りの大型ヘリがあちこちを飛び回り妨害工作をしていたのだ。
そして全てを終えると、ラクーン公園付近の道路でホヴァリングを開始した。
「地上はほぼ安全と思われる。大量の事故車で道路がふさがってるから懸垂下降してくれ。トニー、荷物を忘れるな」
トニーと呼ばれた男はガスマスク越しにパイロットに頷くと、降下用のロープを放り出し、自分のカラビナとロープの接続部をしっかりとつないだ。黒塗りのアタッシュケースを追い紐で背負い、降下を開始した。
五分後、まだローター音が聞こえるがヘリのいなくなった通りで軽く装備類の点検を済ませるとトニーは公園に向かって歩き出した。
手にしたM925のずっしりとした重みがとてもありがたかった。米軍でM4E2の名前で採用されているこのカービン銃は5.56mm(223口径)の小口径高速弾をかなり正確に撃ちだす。銃身の下部にはM203が取り付けられており、いつでも40mmのグレネード弾を発射できる。ハンドガード部分には四面レールが装備され、今はM203擲弾発射機用の照準機とシュアファイヤ製の高光度フラッシュライトが取り付けられていた。
「……?!」
物音が、いや足音が聞こえた気がした。それにかすかに唸り声のようなものも。
よく耳をすませると、かなりの大人数の足音だ。
近づいてくる。間違いない。
「こちらラットシックス。ラットワン、大至急応答しろ」
そら来た。
スイッチを押すと、ささやくようにトニーは応答した。マイクはのどにくっつけるスロートタイプなので声は小さくても聞こえるはずだった。
「こちらラットワン、問題発生だな」
「その通りだ。大規模な脅威がそちらにむけて移動中。任務で使用する路地裏の通りだ。このままでは移動できない、排除しろ」
「規模は?」
「大規模だ。20か30か…とにかく大規模だ」
開始早々ろくなことがないな、とため息をつくと太ももに取り付けたナイロンホルスターのフラップを開けて、ベロクロで留めた。ベストに取り付けた弾倉用のポーチと腰の手榴弾用ポーチも同じようにするともう一度無線に向かってしゃべった。
「ラットシックス、あと何メートルだ」
「そちらの地点まであと30メートル。最大限の火力を駆使して排除しろ。弾薬切れになっても構わん。先に到着しているラットチームもそちらに向かっている、それまでなんとか持ちこたえてくれ」
「了解、ラットチームと連絡を取る」
いまや足音と唸り声はそこらじゅうから聞こえてきていた。
アタッシュケースを背負いなおし、無線のスイッチを入れっぱなしにする。
「ラットアルファ、こちらラットワン。あとどれくらいで着きそうだ?」
十秒ほどたち、まさかチャンネルを間違えたかと思い始めたころイヤホンから怒声が発せられた。
「こちらラットアルファ!予想外の敵と遭遇!クソ、頭だ!頭を狙え!」
「どうなってる?!」
「知らん!とにかく報告書にはない化け物だ!脳みそ剥き出しでとんでもなく長い舌を持ってる、なにやってる!後ろだ!こいつらを始末したらすぐに向かう、大丈夫だな?」
「俺一人で十分だ」
無線を切り、路地に目をやると、最初の一匹が姿を現した。
「最大限な、最大限」
M203の引き鉄を引くとすぐさま事故車の陰に身を隠した。
すさまじい爆風と熱風が押し寄せてき、バリケード代わりの車が揺れる。ボンネットの上に肘を乗せ、ストックを肩に当てると正確に、かつスピーディーに射撃を開始した。
グレネード弾の直撃を食らったゾンビの集団は十数匹が肉の塊と化しており、路地の入り口は真っ赤にそまって埃が舞い上がっていた。それでも次から次へと沸いて現れる。
引き鉄を引き続け、頭の中で29まで数えると、ベストのポケットに手を伸ばし新しい弾倉を取り出した。
ゾンビはもう5匹ほどが路地から抜け出ており、いまだ数が増えつつあった。
ライフルに弾倉を叩き込むと、五・六発ごとに限定しフルオートで撃ち込んでいく。
「クソっ、数が多すぎるな」
また弾倉を交換するころにはゾンビの群れの全てが通りに現れていた。数は…25匹か。
五メートルほどまで近づいてきていたゾンビを撃ち殺すと、グレネードが十メートルほど向こうに着弾するように角度をつけて撃った。爆発するとすぐに車のボンネットの上を滑るように超え、通りの向こうを目指して全力疾走する。
ゾンビの群れの真ん中を突っ切る形になるが、今のグレネード弾の威力でゾンビどもは吹き飛ばされるか肉塊と化すかしており、立ったままでトニーの脅威となりそうなものは皆無だった。
じゅうぶん離れると、振り返る。
すでに何匹かは立ち上がってトニーに向かって歩を進めていたが、大多数はまだ起き上がろうともがいている。
「こちらラットアルファ、ラットワン応答せよ。繰り返す、こちらラット―」
「もう着くのか?」
「いや、すでに到着した。あとはオールアルファが引き受ける」
「任せるよ」
トニーが言い終わる前に黒尽くめの男たちがゾンビが現れたのと同じ路地を通って現れ、動いているものいないものに関わらず弾丸を撃ち込んでいった。立ち上がっているものに関しては、ライフル弾や鹿弾などが大量に浴びせられた。
大柄だが筋肉がつきすぎているわけではない、長身の男が近づいてきた。トニーもよく知っている男だ。
「無事だったようだな、トニー」
「まあな。こんなもんでくたばるほどヤワじゃねえよ」
男は、ガスマスクとヘルメットを外した。端整な顔立ちだが、目つきは鋭い。
「空気感染の危険性は無い。それに、顔を見られても問題は無いだろう」
「だろうな。ヒューズ、さっき言ってた化け物はどうなってるんだ?」
眉をひそめると口を開いた。
「全員脳みそを吹き飛ばしてやったさ。剥き出しだったんでな。ラットチームはまだ誰も死んでないが、あんなのとばかり戦ってたんじゃ時間の問題だな」
ヒューズがベストからマルボロを引っ張りだし、くわえて火をつけた。
こんな状況でもニコチンの効果は変わらないのだ。トニーも一本もらうと、火をつけた。
「ラットブラヴォーは?」
「あっちはダメだった。どうやら先に『例の物』と接触したようだが、連絡が途絶えてる。全滅だな」
くそっ。そんなのとんでもない代物の始末だと?正気の沙汰じゃない。
「で?」
「で、って何だよ」
ヒューズはにやにやしている。四十を過ぎたというのに、いまだに悪ガキのようなニヤニヤ笑いを浮かべている。
「だから、ビビってんのかって聞いてるんだよ」
「少しだけ、な。ブリーフィングで説明されたとおりの代物だとしたら、とんでもねえもんだ」
「たしかに、あんな死に方はゴメンだな。あれじゃあ俺の葬式にはウチのチビどもを欠席させるしかなくなるよ」
テキサスに家庭を持っているヒューズは、家では良き父親をしており、トニーもその父親ぶりは尊敬している。だが果たして家族は彼の仕事を知ったらどうするだろうか?本当は出張が多く、怪我をしょっちゅうする油田作業員じゃないとしたら?
それはトニーが考えても仕方ないことだった。
それに、俺にも家庭はある。
「大丈夫さ。奴の弱点は分かってるんだ、なんとかなる。それにラットアルファは最高のチームだ。そうだろ?」
「ああ」
ああ、そうとも。最高のチームだ。最強のチームでもある。デルタフォースやSEALチーム、そういったカウンターテロユニットとも互角の戦闘能力を持っているだろう。だが、それは人が相手であった場合の話だ。
俺たちが相手にするのは、おぞましいモンスターだ。
今回ばかりは全員が生きて帰れるとは思えなかった。
そして、その予感は六時間後に的中することになる。
To be continued.