biohazard -Power to flower-
Forth Day
〜Gleyhound〜
声が聞こえてきた。
穏やかな話し声ではない。喧騒のような騒がしい声。
おかげで意識が急速に戻ってくる。
瞳を開ける。電気の灯っていない暗い部屋。
隣の部屋に続く扉から光と、先ほどの喧騒がもれていた。
状況を確認する。
まず、自分は今ベッドの上で寝ている。
周りに誰もいない。自分の部屋ではないのは確かだ。
(私・・・どうしたんだっけ?)
上体だけ起き上がり、自分の姿を見て呆気に捕られる。
男物の大きなシャツに、下着しか履いていない。
「なっ・・・!」
急いでベッドのシーツ自分に巻きつけて姿を隠す。
(そうだ、思い出した。)
昨夜、ファイブセブンの勤める事務所に招かれ、帰ろうとしたとき意識を失った。
疲労がたまっていたからだろう。情けない。
ということはここはその事務所である可能性は高い。
あの扉の先から聞こえる声にも聞き覚えがある。
他に服になりそうなものは無いようだ。
仕方なくシーツをマントのように巻いたまま隣の部屋へと向かう。
「失礼しま〜す・・・。」
扉を開けると、眩い光が視界を覆う。
外はすっかり朝になってしまったようだ。
「おはよう、テンドウさん。」
「おはようございます。よく寝れましたか?」
真っ先に挨拶してきたのはデスクの前に座ったパイソンとデリンジャーだった。
カナは深くそのままお辞儀をした。
「すいません、おかげさまで・・・ありがとうございます。」
それに気づいて、ソファーに座っていたファイブセブン、そして見慣れぬ2人がこちらを向いた。
どうやら、先ほどまでの騒がしい声は彼らのもののようだ。
「あぁ、カナ。朝早いんだな。」
「君と一緒にしないほうがいい。」
「・・・何が言いたい。」
白髪の青年とファイブセブンがそんなことを話している間、栗色の絹糸のような長髪の女性はカナをジッと見据えていた。
「・・・・・。」
カナはその視線に気づき、彼女と視線が交差する。
「・・・あの・・・?」
「昨日はご苦労だったみたいだね。うちのファイブセブンが世話になったよ。」
突然そういい、僅かに微笑む。
優しい笑顔だった。心惹かれるほど美しく見える。
美人なのだ。単純に。様になっていた、というのか。
「あ、いえ!私こそ彼にお世話になったので!」
一瞬心奪われたカナは間を置いて首を振りなが応えた。
「この子は色々無茶するから、しっかり見張ってやってね。」
「ガバメント、逆だろ・・・。」
ファイブセブンは呆れるようにそう反論した。
「あんたは黙ってる。」
「もう説教は聞き飽きたよ。俺はそろそろ出かけるぞ。」
ファイブセブンは立ち上がり、背もたれにかかってた上着を羽織る。
「どこにいくの?」
カナは問いかける。
正直、もう少し色々話していたかった。
だが彼にも用事があるのだろうから、止めることはできないのは分かっている。
「何言ってんだ。家まで送ってやるからお前も支度しろ。」
思わぬ形で2人の時間を作れそうだった。
だがしかし、カナは何をどう支度すればいいのだろうか。
自分の持ち物は見当たらない。当然服も無い。
流石にこの格好で外は出歩けなかった。
「あの・・・私の服は?」
「ありがたく頂戴した。」
「・・・は?」
沈黙が流れる。冷たい視線をファイブセブンは浴びる。
っと、ガバメントが彼の後頭部を丸めた新聞紙で殴りつけた。
「馬鹿言ってない。あれはいま洗濯中だから、ファイブセブンの服借りちゃって。」
「あ、はい。わかりました。」
ガバメントは今までカナの寝ていた部屋へと入ると、クローゼットからいくつかの服を取り出しながらカナを招く。
「どうもすいません。」
「いいのよ。あいつの恩人でもあるんだからね。」
「で、ですから私はそんなんじゃ・・・!」
ガバメントは微笑みながら、カナの頭に手を置いた。
「経過はともかく、結果的には救ってくれたわ。本当に感謝してる。私も、皆も。」
カナはその言葉を聴き、急激に体温が高くなるのを感じた。
恥ずかしい。こういう風に感謝されるのは慣れていない。
だが・・・嬉しかった。誰かの役に立てたのだ。
それも”命の恩人”というとても大きな役に。
(そうだ・・・私は、ファイブさんを救うことができた。私でも彼を助けられる!)
それが、なによりも嬉しくて。いつのまにか照れ笑いが顔に浮かんでいた。
「さっ、早く着替えなさい。あいつ時間にルーズなクセに待つのは苦手よ。」
「あ、はい!」
カナはシーツをベッドに置きガバメントから服を受け取った。
「なぁ、デリンジャーが車出してくれるらしいがどうする?」
その時突然、閉まっていた扉が開いてファイブセブンが顔を出す。
呆れて顔を抑えるガバメントと驚きのあまり硬直するカナ。
次の瞬間、ガバメントは何処からとも無くスローイングナイフを取り出す。
「出てけ。」
「ちょっ・・・!」
派手な音を立てて転がるファイブセブンを尻目に、白髪の青年が溜め息を付きながら呟いた。
「・・・馬鹿。」
デリンジャーが運転する車にファイブセブンとカナが後部座席に座っていた。
しかし、決して広いとはいえない車内でカナは彼から距離を離して座っている。
「なぁ・・・。」
ファイブセブンが手を伸ばすが、カナはそれを反対のドアに張り付くように避けた。
「・・・・・。」
「スケベ。」
「ドスケベ。」
カナの言葉に続くようにデリンジャーもほくそ笑みながら言った。
普段なら反論するのだが、いかんせん今は状況が悪い。
「わ、悪かったって。もう着替えてると思ったんだよ。」
「女の子は着替えが長いんです!」
「ガバメントは俺より速いぞ。」
「ガバ姉と一緒にしないほうがいいって・・・。」
デリンジャーが溜め息を付いてそう答えた。
冷たい視線を送るカナ。息が詰まる状況にファイブセブンは頭を抱えた。
そのとき。
開いていた窓の隙間から、ファイブセブンは不審な車が目に付いた。
以前、似たような車を見た。カナがジャックにさらわれたあの日だ。
「チビガキ、気をつけろ!」
「えっ?」
ファイブセブンはそう叫ぶと、カナをシートに押し付ける。
「わっ!」
刹那、銃声が響きわたる。
デリンジャーはハンドルを切り、銃撃を避けようとするが完全には避けることは叶わなかった。
しかし、防弾仕様のボディが銃弾を防ぐ。
「くそ、何でばれてんだよ!」
「そんなん後で考えればいいわよ!応戦しなさい!」
「言われるまでもねぇ!」
ファイブセブンはハンドガンを取り出すと、後方から追ってくる車両めがけて発砲する。
その間にデリンジャーは事務所に連絡を入れていた。
「こんな一般道でバカスカ撃ちやがって!」
「やつ等も頭に血が上っているんでしょ!舌噛まないでねカナちゃん!」
交差点を急カーブで曲がる。この先は人気が割と少ない区域だ。
被害が広がらないようにとの彼女の気配りである。
ファイブセブンは窓から顔を出し連続で発砲。
タイヤに被弾した車がスピンしながら壁に激突した。
追ってくる車両は残り二台だ。
そのとき、ファイブセブンはマガジンを変えながら上空を見上げる。
「くそっ、ヘリだ!」
「カナちゃん、一番後ろの座席下のやつファイブセブンに渡して!」
「えっ、はい。」
カナは自分の座席を倒し、一番後ろの座席に移動する。
足元の見慣れないレバーを引くと椅子が持ち上がった。
そこには巨大な筒とロケット弾が狭そうに鎮座していた。
「なっ!」
RPG-7、ロケットランチャーだ。
「こっちに!」
ファイブセブンが手を伸ばし、カナは重たそうにそれを持ち上げて手渡した。
彼はそれを上空のヘリに向けて引き金を引く。
・・・何も起こらない。
「カナ、弾も渡してくれないと撃てないんだが・・・。」
「ご、ごめんなさい!」
カナは弾頭を改めて渡す。ファイブセブンはそれを先頭に装着して改めてヘリに標準を合わせる。
低空飛行に移行していたらしく、絶好のチャンスだ。
「グッドラック!」
引き金を引く。ロケット弾が高速で射出されてヘリコプター目掛けて直進する。
ヘリは避けようとするが、間に合う距離ではなかった。
弾が直撃し爆発。半壊したヘリが回転しながら落下していった。
「次!」
「もうありません。」
「あ〜・・・昨日パイソンさんが一発使っちゃったからなぁ。」
デリンジャーが頭を掻きながら応える。
思い出したといわんばかりにファイブセブンは足元にRPGを置き、後方の車両に発砲。
再びカーチェイスが開始された。
っと、そのとき。
突然前方から一台のバンが現れる。
前を見ていたカナは、そのサンルーフから体を乗り出している者が目に付く。
「ミリアちゃん!」
「えっ?」
デリンジャーが突然のカナの言葉に虚を付かれる。
刹那、重い発砲音と同時に彼らの乗る車を何かが貫通していった。
「きゃぁ!」
「デリンジャー!」
驚きのあまりハンドルを取り損ねた車がコンクリート塀にボディをぶつけたが、すぐに姿勢を戻し通常走行に移行する。
「無事か!?」
「心臓に悪い・・・後5ミリずれてたらやばかったわよ・・・。」
胸を撫で下ろしたファイブセブンが発砲者を睨み付ける。
そこにはカナの友人であり、地下研究所で交戦した少女。
ミリア=セントバーグ・・・いや、ジョーカーがそこにいた。
咄嗟にFive-seveNを向ける。同時に彼女もその手の中のバレットM82を彼に向けた。
交差する視線。引き金を引こうとしていた指が動きだす。
「ミリアちゃん!」
カナがファイブセブンの横から顔を出して叫んだ。
それでミリアの動きが一瞬止まる。
好機とみたファイブセブンは狙いを一瞬で車のタイヤに向けて連射。
タイヤは撃ち抜かれパンクした。
「カナ!」
だが彼女はそれを気にせず、通り過ぎざまにカナの名を叫ぶ。
それは確かにカナの耳に届き、そして遠くなっていった。
(そんな・・・悲しそうな声で呼ばないで・・・。)
カナの胸が締め付けられる。
あんな泣きそうなミリアの声は、初めて聞いた。
そのとき、最後の一台をファイブセブンが撃退する。
もう追ってくる車両はいない。
「多めに弾持ってきてよかった。早いところ振り切るぞ。」
「当然・・・待って、何か聞こえない?」
ファイブセブンが外の様子を伺った。そして、まだ遥か後方だが確かに何かをぶら下げたヘリコプターが彼らに迫っていた。
「くっそ、無駄な金の使い方しやがって!」
「もう直応援が来るわ・・・それまでの辛抱!」
「あなた、”アレ”を投入したって本当なのかしら?」
カズエは、目の前のデスクに座る夫に対してそう問う。
ミノルは静かに頷き、一枚のディスクを彼女に手渡した。
「制御はしているが、いざ暴走した場合カナを傷つける前にこれで体内の爆弾を起動してくれ。あの娘を失うのは惜しい。」
「そう、対策は打ってあるのね。ならあなたを信じるわ。」
カズエはディスクを興味深そうに眺める。
っと、思い出したようにカズエもポケットからディスクを取り出して彼に渡す。
「忘れてたわ。興味深いデータが取れたからちょっと見てくれないかしら。」
「ん、何のデータだ?」
「昔私たちが参加していた研究のデータの一部。」
ミノルは、少し興味を示しディスクを目の前のコンピュータに挿入した。
「・・・これは日本で行っていた例の研究だな。確か研究所が襲撃されて崩壊し、中断された記憶がある。」
「えぇ、その通り。当時の研究データはアメリカの支社に渡され、一部が第四研究所で保管されてたわ。」
ミノルは様々なデータを見る。しかし、それは全て過去に見た記憶があるものだけだ。
首を傾げてカズエを見た。
「これがどうかしたのか?」
「じゃぁ・・・次にここのデータを見てくれないかしら?」
カズエがミノルからマウスを受け取って目的のデータを彼に見せた。
すると、彼の表情が一変する。
「・・・これはまさか!彼は研究所の破棄と共に死亡したはずだ!」
「そう思っていたけど、回収できたのは”右腕”だけよ。生きている可能性もあった。」
ミノルは更に詳しくそのデータを見る。
それは見れば見るほど、彼の結論は確かなものになっていった。
「これはいつ手に入れた?」
「一昨日よ。」
「追いつかれたわ!」
「あぁくそ。流石にこいつじゃ太刀打ちできねぇよ。」
もう目の前のヘリコプターに向けて発砲するファイブセブン。
敵からの発砲はいまだにない。
っと、そのままヘリは彼らの上空を通り過ぎてしまう。
「前から狙い撃ちか?」
「いや・・・なんか様子が変よ。」
そのとき。
ヘリがぶら下げていたオレンジ色の筒が、切り離された。
「ナパーム!?」
「馬鹿、あんなでかいの使ったらここら一体が燃え尽きるわよ。」
それは地面に衝突する前に、二つに割れる。
すると、そこから姿を現したのはコートを着た巨人だった。
「ちょっ、ぶつかる!」
「くそっ!」
避けられないとファイブセブンは察すると、カナを抱きかかえながら衝撃に備えた。
刹那。防弾仕様の頑丈なバンがその大男と衝突した。
男が吹き飛び、真っ赤な血で染まったバンがそのまま走り去る・・・。
そう、全員が予想していた。
だがそれは脆くも崩れ去ってしまう。
衝突して、衝撃でスピンしたのは彼らの乗るバンだった。
「なっ!」
「やばい2人とも備えて!」
「きゃぁぁぁ!」
バンはそのまま近くのコンクリート塀を突き破りながら横転した。
大男は衝撃の瞬間、片腕でバンを殴りつけて軌道を僅かにそらした。
たった、それだけ。
男は無傷で、その場に佇んでいる。
「皆生きてるか・・・?」
「わ、私はファイブさんのおかげで・・・。」
「う〜・・・頭が痛い。」
飛び出したエアバッグに顔をうずめながらデリンジャーが答えた。
どうやら全員無事のようだ。
「一体何が起きた・・・ハンドル切り損ねたのか?」
「違う・・・やつが何かしたわ・・・。」
ファイブセブンは頭上に移動した後部ドアを開け、大男を見た。
目が合う。その瞳は何故か白くにごっていた。
「なんだかえらくやばそうだ。血相が悪すぎる。」
「そ、そういう問題の前に・・・車と正面衝突して無傷っておかしいですよ!」
ファイブセブンはカナに手を貸して外へと出る。
最後にデリンジャーを引き上げようと手を伸ばした。
「お前も早く。」
っと、そのとき。
大男はスイッチが入ったかのように突然動き出し、彼ら目掛けて走り出す。
「きゃぁ!」
カナは叫びながら地面を転がる。
すると男は肩から車目掛けてタックルを浴びせる形となってしまった。
バンが衝撃で激しく転がる。中にはまだ、デリンジャーがいたままで。
上の乗っていたファイブセブンも足場をなくし、倒れるように地面に落ちた。
しかしすぐに体勢を立て直し、男を見る。
「カナ、チビガキを頼む!」
「う、うん!」
カナは転がったバンへと向かった。
ファイブセブンが男と対峙する。男はゆっくりと彼に近寄る。
彼は間合いを取りながらバンとカナから離れるように移動する。
男の狙いはファイブセブンらしく、思惑通り彼を追いかける。
っと、やや距離が開いた瞬間大男は猛ダッシュで彼に駆け寄り、ラリアットを浴びせた。
間一髪で回避する。すぐ横にあった標識が歪に折れ曲がった。
「なんて怪力だっつーの!」
ファイブセブンは男に向けて発砲する。
もう躊躇う事は無い。自分を、そして仲間を守るために敵を殺すことに。
至近距離で銃弾は男の胸部や腹部に命中。確実に致命傷の位置だ。
仕留めた。そう思った瞬間。
男は何事も無かったかのようにファイブセブンに手を伸ばす。
「なっ!?」
不意のことに動けず、胸座を掴まれ持ち上げられた。
「放し・・・やがれ!」
銃口を男の顔面に向けて連射。
弾が命中し、さすがの大男も効いたらしく顔を抑えファイブセブンを投げ飛ばす。
そのまま工場の敷地へと吹き飛び、壁に激突する。
「くっそ・・・ざけやがって!」
ファイブセブンは間をおかずに男に向けてマガジンの弾が尽きるまで連射する。
彼も流石に悟った。ヤツはただの人間ではない。
顔面を何発も撃たれて生きている時点でイカれている。
銃弾は男の顔面を再び撃ちぬくが、距離があるせいで先ほどよりも威力が落ちているらしい。
男は体制を整えファイブセブンに向き直る。
片腕で顔面を守り、彼に向けて歩み寄っていく。
「あぁくそ、さっきのRPGこいつに撃てばよかった!」
悪態をつきながらマガジンを交換。
後退しながら発砲を続ける。
大男の一撃一撃は非常に重く、掠るだけでそこが痛むほどだ。
相手が攻撃の態勢に入ると回避に専念する。カウンターは危険すぎる。
しかし残るマガジンは三本。これで倒せなければ万事休すだ。
(応援はまだか・・・よろしくない状況だな。)
そのまま下がっていると、壁に背中からぶつかった。
周りを見る。そこは袋小路だった。
「やっべ・・・!」
目の前には大男が腕を振って今まさに殴りつけてくるところだった。
咄嗟に右腕で顔を防御する。
攻撃は直撃。衝撃でファイブセブンは塀を破壊しながら吹き飛ぶ。
「あぁああぁぁ!」
地面を転げ、どうにか足をふらつかせながらも立ち上がった。
致命傷は避けた。咄嗟に防御しながらスウェーバックをしていなければ腕ごと首を持っていかれていただろう。
「どうかしてるぜ・・・。」
ファイブセブンは右腕がまだどうにか動くのを確認すると、向かい側の建物に向かいながら左腕で発砲する。
男はゆっくりと塀を乗り越え、彼を追いかけていく。
ファイブセブンは中へ入ると、周りを見渡した。
大型機械を扱う工場ならばあってもおかしくない物を探す。
狙いは的中。彼は目当ての物をいくつか転がした。
それは燃料の入ったドラム缶である。
大男がドアを破って入ってくる。そこに彼は発砲。
距離があると理解した大男は彼に向けて駆け寄り、殴りつける。
大型の機械を粉砕された。彼は間一髪避けていた。
彼はその隙に一気に距離を離し、大男の足元のドラム缶に数発撃ち込んだ。
「これで終わりだ!」
ドラム缶は中の燃料に引火し、爆発炎上。
大男は衝撃で吹き飛ばされる。
だが・・・。
「嘘だろおい・・・。」
大男は立ち上がった。
深緑色のコートはボロボロに焼け落ちていたが、その筋肉質の白い素肌に致命傷に至る傷は受けていない。
コート自体にもかなりの強度があったようだ。
もう一度爆発に巻き込めば仕留められるかもしれない。
だが、もう一度用意しなければいけない。
もしくはうまくドラム缶の置いてある場所まで誘導できればいいのだが。
そうこうしている内に、大男は彼に駆け寄って強烈な一撃を浴びせた。
彼も咄嗟に転がって回避し、Five-seveNを連射する。
先ほどよりもダメージを与えられたようだが、そこでマガジンの弾が尽きる。
残り二本。これで仕留められる可能性はきわめて低い。
(どうにかもう一度・・・。)
ファイブセブンはドラム缶が二つ並ぶ所へ移動する。
男は彼に近寄り、直前で止まるとアッパーを繰り出した。
バックステップで避けるが、間髪いれずに腹部への一撃が繰り出され回避が間に合わずもろに受けてしまう。
連続した攻撃のため威力はさほど高くなかったが、その場で膝を着いてしまった。
「しまっ・・・!」
大男は両拳を組み、彼を頭上から潰しにかかるつもりのようだ。
刹那、彼らが入ってきた入り口から連続した発砲音が響く。
強烈な銃撃を受けた男はバランスを崩す。その一瞬にファイブセブンはドラム缶のほうへ走りよった。
入り口には、カナと白髪の青年が立っていた。
「ファイブさん!」
「イーグル、こいつの足を撃て!」
イーグルと呼ばれた青年はIMIデザートイーグルを構え、両足に狙いをつけて発砲。
50口径の凶悪な威力の弾丸に足を貫かれ、大男はその場に膝を着く。
だが長くその状態にはいないだろう。すぐにファイブセブンはドラム缶を男のほうへ転がした。
「もう一発くらいやがれ!」
ファイブセブンはドラム缶に発砲。
大男の眼前で、二つのドラム缶が爆発した。
破片に当たらぬようにファイブセブンは大型の機械に隠れる。
爆発が収まったのを確認すると大男を見た。
そこには、左腕は吹き飛び、足は千切れかけ、動かない大男の屍骸が横たわっていた。
「しつこい男はいつも嫌われるんだよ。」
それだけ言い残し、駆けつけてくれた二人の下へ行く。
カナが彼に駆け寄ってきた。遅れてイーグルも追いつく。
「カナ、チビガキは?」
「あの子ならガバメントさんにお願いしてきたよ。無事だって。」
「ったく・・・心配かけさせやがって。イーグルもサンキューな。」
「世話の焼ける・・・。」
ファイブセブンは銃をホルスターに収め、痛む右腕を押さえる。
っと、そのとき。
「・・・どけ!」
イーグルがファイブセブンとカナを突き飛ばした。
刹那、イーグルが遥か後方。工場の外まで吹き飛び、転がっていった。
「なっ・・・。」
「嘘・・・!」
彼らがいた場所には、死んだはずの大男が佇んでいた。
無くなった腕はそのままだが、千切れかけていた両足の傷が再生している。
さらに胸部に肥大化した心臓が激しく脈打っており、呼吸が荒い。
「くそっ!」
素早く銃を出そうとするが、敵のが一瞬速かった。
先ほどよりも速度が大幅に上がっているようだ。
ファイブセブンも腕で払いのけられ、壁に激突した。
「ファイブさん!」
「カナ・・・逃げろ・・・!」
カナが目の前の大男を見上げる。
その時、恐怖に襲われてしまい足がすくむ。
逃げ出したくても、動かない。
「カナァ・・・!」
大男が腕を振り上げた。
次の瞬間、吹き飛んでいたのは大男の腕だった。
轟音が工場内に響く。男の腕はきれいに宙を舞って地面に落ちた。
血が断面から噴出す。大男も何事か理解できないようだ。
続けて轟音が連続して響き渡る。
それがライフルの発砲音だとファイブセブンは悟ると音がするほうを見た。
バレットM82ライフル・・・”対物”ライフルを構えたミリアが二階から男を狙撃していた。
通常人間を撃つ様な銃ではなく、装甲車などを撃ち抜くためのライフルである。
当然威力もそれ相応で、一発ごとに大男の体が砕け散っていく。
脚を、腹を、心臓を、頭部を。次々と撃ち砕く。
10発目を撃ったとき。大男はただの肉塊と化していた。
ミリアは弾切れとなったライフルをその場に捨てると、一階へと飛び降りた。
大男の下へと歩み寄り、ゆっくりとホルスターからハンドガンを引き抜くとまだ僅かに動いている心臓を撃ち抜いた。
動きが完全に停止する。今度こそ、死んだのだろうか。
「ミリア・・・ちゃん。」
ミリアはカナに呼ばれ、彼女のほうを振り向く。
彼女の無事を悟って一瞬嬉しそうにするが、それもすぐに曇る。
「狙いはその男だけのはずなのにな・・・やはり化け物なんか信用できない。」
それだけいうと、ファイブセブンに銃口を向けた。
「でもいい。私が始末すればいいだけだ。」
「ミリアちゃん!」
「こんなヤツに関わるといつかカナが痛い目見るんだよ!」
彼女の怒声に、カナの動きが止まる。
ファイブセブンはただジッと2人のやり取りを見るだけだった。
いや、それしかできない。僅かでも動けば撃たれる。
「今までは大丈夫だったかもしれない!でもこれからもそうとは限らないだろう!
今だって私がこなかったら危なかったんだよ!?」
「そうかもしれない・・・でも。」
「やめて、”でも”なんて言わないで!これ以上私を苦しめないで!」
カナはミリアとファイブセブンの間に立ちふさがった。
「私は何度だって言う!私は彼と一緒に生きる!彼と一緒に歩みたいの!」
「カナ・・・!どうして・・・どうしてわかってくれないの!?」
「わかってくれないのはミリアちゃんもだ!」
「私は、ただ・・・そこをどきなさい、カナ!」
ミリアが銃口をカナに・・・カナの後ろのファイブセブンに向ける。
その一瞬にファイブセブンはカナを押しのけて接近し、腕でミリアの銃を弾き飛ばした。
「くっ!」
2人はほぼ同時にナイフを抜き取り、そのまま接近戦に突入する。
「くそ、そんな体で勝てると・・・!」
ミリアがファイブセブンの斬撃を刃で受け流す。
同時に一歩踏み込み、回し蹴りを腹部に命中させた。
「なめんなよ・・・!」
対する彼はその場に踏みとどまり、彼女が体勢を立て直す前に踏み込む。
鋭いナイフを横一線に振り払った。
ギリギリでそれをバックステップで避けるミリア。だがファイブセブンの追撃が続く。
細かな攻撃を絶え間なく続ける彼に対し、中々姿勢を整えられないミリアは、ただ攻撃を防ぎ、避けることしかできない。
(あの重症で・・・さっきの戦闘でも無傷じゃないだろう!なんでこんなに動ける!?)
正直油断していた。
あの回し蹴りで相手の姿勢を崩し、そのまま潰すつもりでいた。
(くそ、また油断したというのか私は!)
このままでは防戦一方だと悟った彼女は真っ向から勝負を挑む。
素手の方の手でファイブセブンのナイフを持つ腕を掴みにかかる。
失敗すれば更に不利な状況になる。だが、それでも彼にだけは勝ちたかった。
ファイブセブンはミリアの動きを察知した。
斬りかかろうとしていた腕を止め、踏み出していた脚を軸に勢いのまま回転。
「甘い!」
後ろ回し蹴りをお返しとばかりに、ミリアに浴びせる。
攻めに回っていた彼女はまともに受身を取れず、衝撃で床を転げる。
ナイフも手放してしまい手を伸ばせば届く程度のところに転がった。
咄嗟に立ち上がったとき、もう目の前に彼が迫ってきていた。
(殺られる!)
ミリアはナイフを拾い上げるが到底間に合わない。
途端、ファイブセブンの動きが止まる。
「カナ!」
両手を広げたカナが、2人の間に割って入った。
言葉を発することもせず、ただ悲しそうな瞳でファイブセブンを見る。
そのチャンスを、ミリアは逃さなかった。
「ありがとう。」
カナの横をすり抜け、硬直したファイブセブンに襲い掛かる。
「しまっ──!」
彼女の切っ先が、ファイブセブンの脇腹を貫通した。
「ファイブさん!」
彼女がナイフを抜き取り、蹴り飛ばして彼を地べたにひれ伏させる。
彼はそのまま倒れ、床に血を広げた。
「助かったよ、カナ。」
冷笑を浮かべ、ファイブセブンを見下す。
まだ息はある。心臓を狙ったが避けられたようだ。
だがどちらにせよ長い命ではないはずだ。放っておいても相当運が良くなければ死ぬ。
だがそんなに待つ気はなかった。すぐに止めを刺す。
ミリアが一歩踏み出す。その横を通ってカナがファイブセブンの下へ向かった。
「ファイブさん!お願い、死なないで!」
「無駄だよカナ。そいつはもう、死ぬ。」
カナは彼女の言葉を聴かず、必死に傷口を押さえる。
指の隙間から、血があふれ出す。止まるはずがない。
止まるはずがない。もう体に力も入らないはず。
なのに、何故・・・。
─何でこんな動きができるんだ?─
彼女の目に映ったのは、カナを払いのけ、自身に急速接近するファイブセブンの姿。
何故か血が、ほとんど止まっていた。明らかに出血量が減っている。
(嘘だろ?)
ナイフを構えて防御する。間に合った。相手は素手だ。
一瞬彼の腕が消えた気がした。いや、速すぎて見えなかった。
素手で、ナイフを弾き飛ばされた。
切れた感触は僅かに感じ取れた。血も出ているようだ。だが彼は気に留めていない。
(何で?)
彼はナイフを弾いた右腕を体に引き寄せ、ミリアの目の前に迫るとそれを突き出す。
腹部に直撃した。脚が地面から離れた。
自分が後方に吹き飛ばされたのを、僅かに遅れて理解する。
(どうして?)
激痛よりも、頭に浮かんだのは数多くの疑問。
(こいつは・・・。)
地面に背中から落下した。
再び激痛が体中を走り回る。
痛みで感覚が一瞬麻痺する。彼はすかさず迫ってきていた。
(死なないんだ?)
首を掴まれる。徐々に力がこめられていく。
抵抗できない。何故かこのまま折られてしまうんじゃないかと感じた。
いや、先ほどの打撃の力を考えると・・・ありえる。
(そんな馬鹿な話・・・まるで”タイラント”じゃないか。)
ミリアは敗北を悟った。死を覚悟した。
それを救ったのは、彼女にとっての天使。
愛しくて仕方がない、少女の手がファイブセブンの腕を両手で掴んだ。
「ファイブさん、もう止めて!」
「カ・・・ナ・・・。」
ファイブセブンはぎこちない動きで、彼女を見る。
視線が交差する。そのときカナは寒気を感じる。
一瞬、彼の目が爬虫類のように細長く見えた。
だが次の瞬間にはそれが気のせいなのだと理解する。普通の人間の瞳だ。
「カナ・・・どうして庇うんだ?」
彼は彼女の首から手を放す。ミリアは解放されたが、反撃するつもりはなかった。
「そんなの、決まってる。」
カナはミリアを正面から見る。二人の視線が交差した。
「親友だから。」
「カナ、あんた・・・。」
「今でもそう思ってる。ミリアちゃんがどんな人だろうと・・・私は優しい貴女を知っている。」
カナは彼女の手を両手で包み込む。
呆然と、ミリアは彼女を見つめることしか出来なかった。
「強いことも知ってる。面白いことも知ってる。真面目なことも知ってる。
少しだけ脆くて、繊細なことも知ってる。だけど。」
カナはミリアを引き寄せ、抱きしめた。
「こんな辛そうなのは見たくない。悲しそうなのも見たくない。痛そうなのも見たくない。
貴女が傷つけられるところ、絶対に見たくない。」
「カナ・・・。」
「もうこんなこと止めよう。貴女は、そこに”いるべきじゃない”。」
カナはそれ以上、何も言わなかった。
立ち上がり、ファイブセブンの横に並んで、手を差し伸べる。
ミリアは、無言のままカナを。次にファイブセブンを見た。
「私は──。」
『私は、もう”そちら側”に戻れない。』
『ミリアちゃん・・・!』
『カナ、嬉しかった。こんな私を・・・親友だと言ってくれた。』
─ザッザッザッ・・・カチャン─
『安心しな、もう撃ち合うつもりはない。カナを、悲しませたくないから。』
『何を・・・するつもり!?』
『もう戻れないなら・・・これ以上、貴女の敵でいたくない。』
『待って、止めて!離してファイブさん!』
─ガチャリ─
『ケジメくらい、自分で付けるさ。バイバイ、カナ。ありがとう・・・。』
─ズガァン・・・─
「ジョーカー、ロスト。生命反応消失。」
まるで司令室のような機器が揃っている部屋で、男がそう告げた。
それを告げられた男女は静かに頷いた。
「有能なヤツだったが・・・所詮は人の子だったということか。」
「自決なんて無様ね。期待していたのだけれど。それよりタイラントが暴走したようね。
彼女の行動を監視しているときそんな言い振りだったわ。」
ミノルとカズエはすぐに興味の対象をミリアからタイラントに代わっていた。
そのことについて論議を始める。彼らにとって、彼女の存在はその程度のものなのだ。
彼女はほとんどがスタンドプレイによる行動が多かった。彼女を特別気に掛ける者もいない。
静かに、彼女のアンブレラ特殊部隊としての存在は消えていった。
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-intermission-#4
目的の部屋に到着したとき、グロックは近くの倒れた機材に腰を下ろした。
これまでに何度も奇妙な化け物と激戦を繰り広げた。
武器庫で装備を整え、どうにかここまで辿り着けた。
正直生きているのが不思議なくらいだ。
確かにあの道中を一人で進むのは自殺行為と断言できる。むしろこれまでよく生き延びれていたものだ。
(何度も、こんな死線を潜り抜けてきたんだろう・・・彼は、強い。)
人間との戦闘に備えた部隊じゃない。きっとこういった化け物との戦闘を想定した部隊だ。
彼はそう感じ取っていた。
依頼者を見る。探し物をしているようだ。ここまできた、目的のものを。
アレスは・・・静かにうなだれていた。
同情はする。だが、彼にはどうすることも出来なかった。
もちろん本人も、依頼者でもだ。どうすることも、出来ない。
「そういう、世界なんだ・・・。」
グロックは静かに自分に言い聞かせた。
悪い人間ではなかった。この世界の人間にしてはどこか変わっていた。
しかし数時間もしないうちに、彼は死ぬ。化け物となって。
(幸い僕は無傷だ。感染はしていない・・・はず。)
依頼者が言うには大丈夫だそうだ。だがこんな空気の悪いところにいると感染しそうで恐ろしい。
ここになって、少しだけ後悔した。早いうちに引き返すべきだったと。
(後悔しても仕方ないけどね・・・。)
気を変えるため、近くの資料を拾い上げて読む。
随分古いもののようだ。自分にはあまり馴染みがない文字が並んでいる。
だが何処の言葉かは理解できる。日本語だ。馴染みはないが読めるよう勉強したことはある。
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特異遺伝子保有体経過記録
彼の調子は相変わらずのようだ。
始祖ウィルスに侵蝕されている兆候は見られない。
他の一般的に見られる症状である活性死者にはならず、初の”タイラント計画”成功例になるかもしれない。
彼を幹部の方々に発表するまで残り一週間をきった。このままならいいのだが。
近頃外部で接触している子供の事を気に掛けているようだ。
自由時間を増やしてほしいと、懇願されてしまった。
人間としての欲求、理性も完全に保たれている。
にも関わらず、細胞の活性化による傷の修復に加え、
常人を凌駕する筋力・瞬発力・反射神経は素晴らしい。
もしかしたら私たちは、タイラント計画とは少々違ったモノを生み出したのかもしれない。
そう、言うなれば”進化した人間”を。
新たなる種族を、生み出したのかもしれない。
これまで五十六体の実験体を犠牲にしてきた。ようやく見えた希望だ。
決して彼を、手放しはしない。彼は私の研究の最高傑作なのだから。
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「目的を達成した。脱出するぞ。」
依頼者の声でそこで読むのを止めた。
気になる内容だったので、コッソリとバッグに資料をねじ込む。
そのとき。
─オォオオォオォォォォォ!!─
この世のものと思えぬ雄叫びが、研究所内に響き渡る。
「くそ、ヤツが目覚めたか!」
「ヤツ・・・?」
「ここの研究の”失敗作”だ!」
途端、彼らのいた部屋の壁がぶち破られ、何かが侵入してきた。
一斉に銃口を向けて発砲する。それが何かを確認することもせず。
銃弾は命中した。だが・・・そいつはそのままグロックに向けて突進する。
彼は危険を感じ取り、武器を捨てて床を転げる。
巨大な”斧”のような何かが、彼がいた場所を粉砕する。
ようやくそこで姿を確認する。
両腕が異常に肥大し、緑色に変色した獣のような両腕を持つ・・・人間。
「人間の姿が・・・残っている。」
「成功例は人間のままの姿だそうだ。この化け物じみた身体能力でな!」
依頼者は発砲を止めない。そこで弾切れを起こした。
「逃げ切れるなら逃げたほうが得策なんだがな・・・。」
「ならあの細い足を砕くまで!」
グロックはアレスに向かう化け物の右足をハンドガンの連射で撃ち抜く。
化け物は膝を折った。その隙に反対の脚に依頼者とアレスが集中砲火を浴びせる。
完全に床に膝を着いた化け物を尻目に、三人はその場を離れだす。
そのとき。
「う、くっ!」
アレスのうめき声が聞こえ、振り返る。
化け物に脚を掴まれ、転倒してしまったようだ。
「アレス!」
「お前もやられるぞ!来い!」
立ち止まるグロック。そのまま走っていく依頼者。
アレスと目が合う。彼は僅かに微笑んだ。
「四番街の孤児院を・・・頼む。」
「・・・あぁ。」
もう一度彼は微笑んだ。
死の一歩手前だというのに、とても嬉しそうに。
グロックは依頼者を追いかける。その背後で、爆発音が響いた。
追いつくのに無我夢中で、それからはあまり覚えていない。
気が付くとそこはもう、坑道の外だった。
息が切れ切れだ。体が酸素を大量に欲している。
依頼者も流石に疲れが見える。
少し休憩すると、依頼者が口を開いた。
「指定の口座はあるか?」
それは、依頼料の送金先のことだった。
短くて、長かった一日が終わる。これを受け取って彼と別れ、それで終わり。
自分は何も理解できないまま、この出来事は幕を下ろすことになるのだろう。
そう、このまま・・・何もしなければ。
「あります。けど、そんなことよりも頼みたいことがあります。」
「・・・言ってみろ。」
─もっと─
「このスリルは・・・たまらない。今まで感じたことがなかった。」
─暗くて─
「またあなたと同行したい。何かあったら連絡してほしい。」
─深い─
「ふん・・・病気だなお前。」
─闇に─
「病気ですよ・・・治りそうにも無い。」
グロックは口を吊り上げて微笑む。
依頼者もまた、微笑を浮かべる。
だが、それは微笑ましい姿ではなく、嘲笑うかのような黒いものだった。
─飲み込まれたい─