biohazard -Power to flower-
私たちのもっともすばらしい栄光は、
決してくじけないことではなく、
くじけるたびに、起きあがってくることにある。
──オリバー=ゴールドスミス
FirstDay
〜Prison〜
ここは、何処なんだろう。
暗い場所、閉ざされた空間。
ずっと隣にいたはずの少年。今はもういない少年。
彼は何処?早く会いたい。
一緒に逃げ出すと誓った。誓ったのだ。
もう、優しくしてくれる人を、失いたくないの。
・・・違う、おかしい。
彼と、もう1人の彼を私は重ねているのだ。
きっとそうなのだ。彼らは、ひどく似ているから。
決して償うことのできない罪を、彼で償おうとしている?
・・・そうかもしれない。だが、私は・・・。
私は、彼が・・・。
鉄格子を挟んで、2人の少女が見つめあう。
1人は喜びと悲しみを帯びた瞳を向け、もう1人は困惑と焦燥をその瞳に宿していた。
牢獄に囚われている少女、天童=花菜。
彼女は立ち上がると、鉄格子の目の前まで進んだ。
相手の顔を間近で確認する。
それは、紛れも無く・・・友人のそれだった。
「どうして、ミリアちゃん・・・あなたはミリアちゃんだよね!?」
戸惑うカナに、ミリアは笑みを浮かべながら応える。
「半分正解、半分間違い。いま、ここにいる私はミリアじゃない・・・。」
そういいながら背中の方へ手を回す。
その仕草に、カナは何を出すのか想像し、後ずさりする。
「ミ、ミリアちゃん・・・冗談、でしょ?」
彼女の生んだビジョンは、拳銃だ。
自分はあのとき、アンブレラの研究所に不可抗力ながら侵入。
その際研究資料を無断で観覧、及び拝借。
クラッキングまでも掛けたのだ。相手がアンブレラなら、見つかってタダで済まされるはずが無いと考えた。
「カナ・・・。」
ミリアは腕を前に突き出し、何を取り出したのか彼女に見せる。
それは・・・鍵だった。
「出してあげる。おいで。」
「・・・えっ?」
困惑の表情のまま、カナはミリアの後についていく。
彼女たちがいるのは暗い空間。非常灯だけという頼りない階段だ。
ミリアは服を着替えていた。私服のようだ。白と黒を基調とした素っ気無い服装。
その間会話は交わされない。何か話したいが、話題が思いつかない。
いや・・・聞きたいことが多すぎて、絞りきれない。
そんなことをしていると、いつのまにか到着したのは出口のようだった。
微かに目の前のドアから光が漏れる。
ミリアがドアを開け、カナもその後を追った。
眩い光りがカナを包み込む。
2人がでたのは、病院の一室だった。
「えっ、あれ・・・どういうこと?」
「どういうもこういうも、来たことない?セントブリーズ唯一の病院。」
そこはミリアが言ったとおり、セントブリーズでただ1つの医療施設。
キングバーナードホスピタルの病室だった。
設備は一級品で、現在出来うる全ての手術が可能。
新技術の開発も行われるほどの大手の会社だ。
当然のことながら、街の住人は風邪から大手術まで全てここに訪れる。
「あ、あるけど・・・でも、何でこんなところに?」
ミリアはついてくるように手招きし、歩きながら会話を続けた。
「ここもアンブレラ経営の病院なんだよ。一度見たなら察しはつくと思うけど、アンブレラは色々なジャンルの企業を隠れ蓑にして研究しているんだ。」
「精肉工場と・・・病院・・・。」
しかし、知っている企業だけでもこの街はかなりの数の企業がアンブレラ社の資本で運営されていたはずだ。
両親に話を聞いたことがあったので間違いない。
そうこうしている内に、彼女たちはロビーを抜け、外に出ていた。
「ここからはもうわかるよね。それじゃ私、後片付けあるから。」
そういってミリアは病院内へ戻ろうとする。
それを、カナは呼び止めた。
「待って、後片付けって・・・何するの!?」
「気づいてるんじゃないのかな・・・ネズミは始末しなきゃ、ね。」
彼女は血の気が失せるのを感じた。
怖くて聞き出せなかったが、ずっとファイブセブンが気がかりだった。
最後まで一緒にいたのだ。彼だけいないのはおかしい。
自分がどれだけ気絶していたかわからないが、その間に彼は一体・・・。
彼女の口振りからすると、まだ生きている。そして院内へ戻っていくようだ。
ということは、彼はまだ・・・あの、研究所内にいる!
「ダメ!そんなの絶対にダメ!」
「カナには関係ない・・・悪いけど、今日はこれでお別れだよ。」
カナを突き放すようにミリアは言い放ち、厳しい眼を向ける。
「ミリアちゃん!お願い、話を聞いて・・・!」
「バイバイ・・・また学校で。」
立ち去るミリアを追って院内に入ろうとするが、彼女は背後から突然呼び止められた。
「カナ、止まりなさい。」
その声に聞き覚えがあった。
いや、聞き間違えるはずが無い。
カナはゆっくりと背後に振り返った。
「お母さん・・・。」
「話があるわ、こっちへ。」
そこにいたのはカナの母親、天童=一枝。
カズエは手招きすると、彼女の前に1台のリムジンが止まった。
「で、でも・・・。」
カナは抗議しようとするが、リムジンから出てきた男が彼女の行く手を遮る。
大の男2人を相手に、突破するのは不可能だ。
カナは諦めてリムジンに向かっていく。
乗る直前に、最後にミリアの方を見た。彼女は院内に入らず、こちらを見ていた。
その表情は、何故か・・・とても悲しそうだった。
カナはリムジンに乗り込むと、2人の男とカズエも乗り込んだ。
カズエはカナの隣だ。しかし、言葉が交わされることは無い。
しばらくして彼らが辿りついたのは、カナの自宅だった。
そこでようやくカズエが口を開く。
「昨夜の冒険は楽しかった?」
相手の意図が掴めない。自分たちの研究所に入られて、”楽しかった?”だと。
カナは母親を睨み付ける。自分を馬鹿にするような態度に腹が立った。
「色々体験できて、とっても楽しかったよ。潰したいくらいに。」
「そう、それはよかったわね。」
その反抗的な態度に、カズエはカナの首を掴み、反対のドアに押し付けた。
「あなたは私の大事な娘なの。危ないこと・・・もうしちゃダメよ。」
「くっ・・・うぅぅ・・・!」
腕に力が込められる。息ができない。
(ころ、され、るっ!)
必死に呼吸をしようともがくが、相手の握力は予想以上に高く、両腕ではがそうとするもそれは適わないらしい。
しかし突然、腕の力が抜ける。
カナは開放されると、咳き込みながら荒く呼吸を繰り返した。
「まだ、生活の自由をあげる。でも・・・次やったら・・・。」
カズエは笑顔のまま告げた。
カナの心臓は、怒りと緊張で破裂寸前だった。
カズエは先を言うことなく、彼女の後ろのドアを開けた。
彼女は男に強引に車から降ろされると、すぐに車は去っていった。
カナは、それを見送ることしか出来なかった。
くやしくてたまらなかった。
悲しくて泣きたかった。
これほど人を憎いと・・・初めて思った。
「うぅ・・・あぁぁ・・・。」
カナはその場で泣き崩れる。
何もかもが・・・奪われた気がしたから。
その頃、ミリアは病室の1つにいた。
目の前には、黒髪の少年が呼吸器や点滴をつけて横たわっている。
「お前が・・・。」
ミリアは目の前の少年、ファイブセブンを恨めしそうに睨んだ。
「お前が、カナを、毒したのか・・・!」
彼女はそういいながら、腰のホルスターからハンドガンを取り出すと、躊躇うことなく彼に銃口を向ける。
「お前なんか、死んでしまえばいいんだ!」
引き金を引こうとしたとき、突然病室のドアが開く。
そこから現れたのは、白衣を着た男性。天童=実。
カナの父親だった。
「珍しく騒がしいな、ジョーカー。」
ミリアはすぐにハンドガンを収めると、敬礼をする。
「失礼しました。取り乱してしまい・・・。」
「結構。私もそいつを殺したいほど憎い。」
ミノルはそういいながら、ベッドの脇に立つ。
ファイブセブンの顔を覗き込み、話し出した。
「こいつのことを、上層部に連絡した。すると返ってきた返事はなんだ。」
ミリアは微動だにせず、先を促した。
「生かしておけ、と。」
「なっ、馬鹿な!それは本当ですか!?」
ミノルも忌々しげにファイブセブンを睨みつけながら先を続ける。
「それも、スペンサー卿直々の命令だ。逆らえんよ・・・。」
「どういうことだ・・・こいつ、何なんだ!」
「それを調べるのが次の君の仕事だといったら、興味あるかい?」
彼は命令する立場としては不可解な問いをする。
ミリアは僅かに考えた後、首を振った。
「・・・こいつがここから消えるのなら、興味ない。」
「そうか、それは残念だ。」
ミノルはそれ以上命令をだそうとせず、病室から立ち去っていった。
残ったミリアはファイブセブンをもう一度だけ睨みつけ、彼女もまた同じように病室を後にした。
自宅に戻ったカナは、何もする気が起きなかった。
彼女にとって、全てが変わった数日間の出来事。
後戻りはできない世界へと踏み入れた。今までのクラッキング行為とは桁外れな出来事。
そして最後に見えた希望までも、奪われてしまった。
今までの事が思い浮かぶ。
そんな中・・・彼女が思い浮かべたのは1人の人物。
2日間、生死を共にした少年。ファイブセブン。
出会ってから1週間も立っていない。だが。
彼女にとって彼は大切な人になっていた。
喜びも、楽しみも分かち合える友達はいる。
だが、彼のように何もかも預けて信頼できる者は・・・1人だけだった。
たった数日で、彼女にとって彼は掛け替えの無い存在となっていたのだ。
「もう一度・・・会いたい。」
カナはベッドに倒れこみ、再び目頭が熱くなるのを感じた。
ここ数日、涙を流すことが多くなった。
頼りにでき、甘えられることを知ると、ひどく弱くなるのだと実感する。
「会いたいよ・・・。」
ただその言葉だけを胸に、彼女は涙を流し続けた。
どれくらい時間がたったのだろうか。
涙も枯れ果て、どんなに悲しくても頬を伝うモノはもう流れない。
(ごめん、ごめんねファイブさん。私じゃ・・・。)
助けられない。
自分の力はひどく弱く、手助けこそできても、彼のように戦うことはできないのだ。
研究所に向かっても、捕らえられるのがオチだ。
そうしたら、今度こそ・・・両親に。
両親の、モルモットにされてしまう。それだけは、死んでも嫌だ。
だが、悲しんでいてばかりでもダメだ。
自分に与えられた選択肢は2つだけ。
─このまま全てを忘れ、元の生活に戻るか─
─全てを賭けて、再び戦うか─
しかしこれはあまりにも無謀な選択肢だった。
既に答えは決していた。自分に力はない。
全てを忘れることしか、出来ないのだ。本当は、そんなことしたくない。
だが現実は残酷だ。想いだけでは、何もできない。
それは、彼女が誰よりも理解していた。
もう、何もする気がなくなってしまった。
抜け殻の状態のまま彼女は、深い眠りについていく。
自分の檻の中に囚われたまま。
暗い牢獄はまだ、続いている。
キングバーナードホスピタル地下。
アンブレラセントブリーズ第4研究所。そこに1人の女性が廊下を進んでいた。
栗色で、長い絹糸のように綺麗な髪を揺らしながら、応接室に向かって歩く。
彼女の凛々しい顔立ちから見て年の功は20歳前後。
夏物のスーツを着込み、一見するとOLのようだ。
すれ違う者たちはみな、見慣れぬ人物を呼び止め、会話を交わす。
「君、他の研究所の人かい?随分若く見えるが・・・。」
「バーナード=トーラスという人物に仕事を頼まれて来ました。
応接室はこの先で間違いないですか?」
その度に彼女は丁寧に受け答えし、質問をした者たちは納得して、応接室への道を簡単に説明して彼女を通す。
しばらくすると目的地の応接室に到着し、ノックを2回。
「入りたまえ。」
ドアの先からそう声がすると、彼女はノブを回して中へ入る。
そこは簡素ながら、ソファや調度品を揃えた確かに客を迎える部屋だった。
「よく来てくれたね、そこに掛けてくれ。」
「はい。」
勧められるままに彼女はバーナードの向かい側のソファに腰掛けた。
「さて、早速で悪いんだが本題に入ろう。ここに来てくれたという事は、私の依頼を受注してくれた、ということでいいのかね?」
「えぇ、用も無いのに出向きません。その通りです。」
バーナードはその返答に満足すると、話を始めた。
「先日、我々の研究所が1つ襲撃を受けた。襲撃者は全滅したが、やつらはどうやらもっと大きなグループのようだ。そいつらのアジトの捜索。
それが依頼なのは・・・理解しているね?」
彼女が頷く。バーナードも同様に頷いた。
「これが襲撃者に関する資料だ。現地の捜索は許可できないが、現地にしかない情報はこちらが必ず揃えよう。依頼の内容は以上だ。」
彼女はファイルの中身を確認する。
襲撃者の顔写真が添えつけられ、装着していた衣類等の情報が書かれている。
どうやら本当にこれ以外の情報が無いようだ。しかし、彼女には情報入手に長けた仲間がおり、そちらにも手を借りることにした。
「問題ありません。数日中に達成できると思われます。」
「感謝する・・・あぁ、そうだ。君の名前を聞いてなかったな。」
2人はほぼ同時に立ち上がり、握手を交わした。
「”フォックス”・・・とでも名乗っておきます。」
フォックスが再び廊下に戻り、地上へ戻る途中。
綺麗なブロンドヘアーの少女と出逢った。
少女はフォックスの前で立ち止まると、首を傾げる。
「誰だ、あんた。見ない顔だ。」
他の職員が気にしていないのを見ると、関係者か何かなのだろう。
しかし少しでも気になってしまった少女はそう質問した。
「ここの責任者に依頼を受けた者です。貴方の方こそ、こんな所で何を?」
フォックスからみたら、相手の方が不可思議だ。
確かに端正な顔立ちをしているが、まだ幼さを残している。
童顔と言えばソレでお終いだが、そうとは思えなかった。外見相応の歳なのだろう。
「そうか、バーナードがね。私は関係者だよ。正確には本社の方の人間だけど。」
「そうですか。今後よろしくお願いします。では、お先に失礼します。」
フォックスは軽く会釈すると、彼女の横を過ぎていく。
それを横目で追った少女は、突然ハンドガンを抜き取りフォックスの背中に銃口を向けた。
「待て、あんた・・・嫌いな”匂い”がする。どこの人間だ?」
フォックスは振り返り、答えた。その手には拳銃が握られていた。
「フリーの請負人です。証明できる手段はありませんがね。」
2人の間に緊張が走る。
どれだけその格好だっただろうか。先に口を開いたのは少女だった。
「いい度胸だな。ここは敵の本拠地だぞ?」
そういいながら少女は銃を降ろす。
それを確認したフォックスもまた銃を納めた。
「さぁ?貴方意外相手にもなりませんから問題ないかと。」
その一言に、少女は笑い出した。
「面白いヤツだね。私はジョーカー。あんたは?」
「フォックスです。また会いましょう、ジョーカー。」
そうして、2人は今度こそ別れ、フォックスは地上へ上がった。
ジョーカー・・・いや、ミリアは後姿が見えなくなるのを確認すると、無線を入れた。
「こちらジョーカー。仕事請負人のフォックスに尾行をつけろ。」
『了解しました。』
無線を切り、ミリアは厳しい顔つきのまま歩き出した。
(あの女・・・もし裏切ったらめんどくさい。かなりデキる。)
彼女はあの時、撃つつもりだった。少々機嫌が悪かったからだ。
しかし撃てなかった。あの場で撃ち合ったら、お互い無傷では済まないと、直感的に感じたのだ。あの女は危険な雰囲気がした。
しかし、自分で動く気は無かった。
部下に指示を与えた。後は彼らに任せるつもり。自分は介入しない。
部下を信頼しているからではない。
”興味が無い”
ただ、それだけの理由。
-intermission-#1
鬱蒼と生い茂る木々を抜け、もう人が通らなくなった道を大型のバイクで駆け抜ける少年がいた。
ブラウン色の髪を隠すように黒い帽子をかぶり、黒を基調とした服に身を包んでいた。
しばらくするとバイクは停止し、ゆっくり降りる。
「ここかな・・・目的地は。」
彼の前には、ぽっかりと口を開けた洞窟の入り口があった。
ここはもう使われなくなった坑道。
幾度もの遭難者を出し、街からも忘れられた場所。
夜には野犬などが近くを徘徊しており、ここに近寄るものはそうそういないのだ。
彼は無線を取り出すと、バイクからアンテナを立てて連絡を取り始める。
「デリンジャー、目的地に到着。これから突入するけどいいかな?」
『はいはーい、気をつけてねグロック。』
そう、彼はファイブセブンと同じ事務所に所属している者。グロック。
彼は無線を切ると、バイクの左右のバッグを開けて中を取り出し始める。
持ち運びのためただの部品と化していた物を手早く組み立て、数分もせずにそれはアサルトライフルの形となっていた。
さらにマガジンと弾薬を取り出し、リュックサックに詰め込む。
彼が持ってきたのは、G3-SG1という軍用アサルトライフルだ。
装弾数は20発。7.62mmのライフル弾を使用。
サイドアームとして愛銃GLOCK18C。
フルオート射撃の出来るコンパクトハンドガンで、彼は通常使用するノーマルマガジンではなく、ロングタイプのマガジンを愛用していた。
装弾数は33発。弾丸は9mmパラベラム弾を使用。
こちらもマガジンを多く持ち、予備の弾をリュックに入れた。
他に破片式のグレネードを3つと、暗視ゴーグル。
ゴーグルが破損した際のためにライトを持ち、防弾プレート入りのタクティカルベストを装備した。
最後にナイフを肩と、小型のものを足首に装備。
これは彼流の完全装備だった。決して作戦のたびにこれを装備していない。
これから向かう先がどれだけ危険なものなのか、それを暗示していた。
彼の受け持った依頼は謎の人物からのものだ。
彼は再確認のため、依頼のメモを取り出した。
─────────────────────────────────
依頼人:死神
このメールは直接現地より送信している。
俺は今身動きの取れない状況になり、本部の増援も期待できない。
増援がこないのではない、役立たずなのだ。
俺の場所まで辿りついた者は1人もいなかった。
形振り構っていられない。現地で合流し目標の奪取を手伝ってもらいたい。
現在俺がいる地獄では生半可な実力の者は足手まといだ。
腕が立ち、口の堅い請負人を大至急探している。
場所はセントブリーズの裏山にある捨てられた坑道の奥。
達成した暁には好きなだけ報酬を出そう。
それまでに俺が死んでなければ、だが。
─────────────────────────────────
メモにはこれだけが書かれていた。
何故こんなメッセージが届いたのか・・・それは、つい先日。
事務員のデリンジャーが謎のボイスメッセージを受信した。
宛先がいくつも記されており、調べると自分たちと似たような仕事をしている者達のメールアドレスに送信されていたらしい。
つまり、依頼者は特定の者に依頼を頼んだのではなく、記載された内容どおり”誰でもいいから助けに来い”と言っているのだ。
ただし条件で腕の立つ者とある。
グロック自身、過信しているわけではない。
だがその時ちょうど仕事が無く、そそられる内容だっただけのこと。
彼はすぐに準備して目的地に向かったというわけだ。
メモをしまって中に入ろうとした時、背後の茂みで何かが動いた。
彼は即座にアサルトライフルを向けながらそこを睨み付ける。
「出てきてください、出ないのなら撃ちます。」
半ば脅しのように告げると、そこから若い男性が現れた。
歳は20後半といったところか。
頭にオリーブ系のバンダナを巻き、似合っていない眼鏡を掛けている。
カメラマンか何かと勘違いしそうな華奢な男だが、腕に持つのは物騒極まりない。
M3-super90、公的機関向けのショットガンだ。
スリングやベルトに12ゲージショットシェルがセットされており、腰のホルスターにはハンドガンも携帯しているらしい。
こんな場所にそんな格好でくる者は、1つしか考えられない。
「あなたも請負人ですか?」
目の前の少年に突然そう投げかけられて、男は一瞬動揺した。
なんとなく想像していたが、まさか目の前の子供が同業者だとは。
「あぁ。個人でやってる仕事請負人だよ。でもまさか、入り口でフリーズ掛けられるとはね。僕もまだまだだなぁ。」
銃を向けられている状況でも飄々としている男に、グロックは呆れてしまう。
彼は男が無害だと判断し、銃を下ろした。
仮に反撃してきても、先に殺せる自身があったからだ。
「ありがとう、正直怖かったんだよね!」
そうは見えない、とグロックは思った。
男はグロックに近づき、右手を差し出す。
「僕はアレス。君は?」
「グロックです。」
握手を交わす。グロックは警戒したが、特に何も仕掛けられた気がしない。
第一敵意が感じられない。まさか最近始めたばかりではないのかと感じる。
「こう言うのもなんですけど・・・止めといた方がいいですよ。
命を粗末にするのは僕的にお勧めしませんから。」
メールの文面を信じるのなら、この先は酷い有様なのだろう。
何も最初からこんな危険な仕事を引き受けなくても。
しかし、驚いたように見せたアレスは笑いながら応えた。
「いやいや、これでもこの仕事長いから大丈夫!暇だったしね。」
尚更不安になる言い方だが、自分も暇だから来た身だ。
それを否定するのも少々はばかられる。
「・・・まぁ、それならいいですけど。僕そろそろ行きますね。」
「あー!ちょっとちょっと。ここで会ったのも何かの縁だって!
よかったら一緒に行かない?報酬は半分こでよければだけどさ。」
何故かすがりつくような申しつけだ。
やはり、先ほどのは嘘なのか・・・それとも素なのか。
とにかく、足手まといは欲しくない。しかし・・・。
「いいですけど・・・妙なことしたら撃ちますから。」
頼まれると、断りづらい。
自分の性格に呆れながらも同行を了承した。
アレスは心底嬉しそうに、ガッツポーズを決める。
どこかで似たような人物を見たことある・・・というか事務所に1人、同類がいる。
「サンキュー!それじゃ、張り切って行こう!」
「・・・おー。」
アレスは彼を過ぎ去り、どんどん先に進んでいった。
まぁ、これで後ろから撃たれることはないだろう。
グロックは彼と同じ速さで後ろについていった。
少しすると予想通り真っ暗闇・・・ではなく、天井には坑道として使用されていた頃の名残だろうか。
道沿いに点々と明かりが灯されている。
「案外明るいんだね。もう使われていないはずなのに・・・。」
「誰かが実は最近まで使っていたか・・・もしくは誰かがここに入ったか。」
アレスが振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「多分、後者。依頼人は確かにここに来たってことだろうね。」
「そうでしょうね。」
グロックも相槌を打つ。
ここまでなんら問題は無い。猛獣の類も姿を見ない。
一体、何が危険なのだろう。
完璧に油断していたそのとき。
「グロックくん、ちょっと。」
不意にそういわれ、グロックは男に銃口を向けてしまった。
「ちょっ、どど、どうしたの急に!?」
「あ・・・。」
グロックはすぐに銃を降ろし謝罪する。
アレスは困ったようにこちらを見る。なんとも申し訳が立たない。
「すいません、ボーっとしてて・・・何か見つけたんですか?」
「あ、うん。奥に誰かいるんだ。」
彼が指差す方向には、確かに何者かが倒れていた。
息をしているのかどうかわからない。何しろ、ガスマスクを付けているから。
どう見ても一般人のする格好じゃない。特殊部隊か何かだろうか。
破損したサブマシンガンが地面に転がっていた。
他にも周囲には相当量の血が見られる。恐らく死んでいる。
2人は死体に近寄り、その前にしゃがみこんだ。
「・・・息が無い。最近殺されたみたいだ。」
「でも、この傷・・・銃痕じゃないね。」
アレスは破れた服を広げてグロックにも見せた。
そこには鋭い5本の爪痕が刻まれていた。
「猛獣・・・?でも、なんか不自然だ。」
「傷と傷の間隔が、大きすぎるからじゃないかな?」
アレスの答えにグロックは頷く。
熊の類だろうと、随分と大きな傷だ。
言った通り間隔が大きすぎて何の生物か見当もつかない。
とにかくあまり平和な場所ではないということはわかった。
2人がその場を離れ、さらに奥に進みだす。
その時、背後から水が滴るような音が聞こえた。
最初は気にも留めなかったが、その音は少しずつ近づいてきていた。
2人は顔を見合し、ゆっくり後を振り返る。
「なっ・・・。」
「なんだこりゃ・・・。」
そこにいたのは、形容し難い謎の生物だった。
4つん這いに天井に張り付き、皮が向けてどす黒い筋組織が丸見え。
巨大な5本の鉤爪を持ち、そして何より・・・大きい。
肥大化した背骨は背中を突き破り、背びれのようにも見える。
首は異常に長く、重力に従い地面につきそうだ。
そしてその口元からは、無数の長い舌が伸びていた。
「う、宇宙人か・・・?」
「だとしても、友好的な姿じゃないですね。」
グロックが構えると、一瞬遅れてアレスも武器を構える。
トリガーを引いたのは同時だった。
─キシェァアアァァァァ─
化け物は被弾するも、耳をつんざくような雄叫びを上げながら接近してくる。
グロックはマガジンを1つ撃ちきり、素早く交換する。
アレスが放った散弾は化け物の腕に被弾し、地面に落とした。
その間に距離を離しながら撃ち続ける。
「弾が足りなさそうだ・・・。」
「でも、もったいぶってなんかいられないですよ!」
化け物は地面を這って2人に近寄る。
距離にして10メートルはあるだろう。そこで化け物が立ち止まり、首と舌を伸ばして彼らに襲い掛かる。
槍のように一直線に襲い掛かってくる無数の舌。
当たればひとたまりもないだろう。そう感じた彼らは攻撃の手を止め、回避に専念する。
幸い攻撃は直線的。数が多いがよくみれば避けられないことはない。
しかし、その油断が命取りとなった。
途中で動きが変わり、鞭のようにしなって彼らに向けられる。
グロックは壁の僅かな溝の潜り込んで避けたが、アレスは完全には避けられなかった。
肩口が舌により切り裂かれてしまう。だが、傷は深くない。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、ギリギリだね!それよりどうする!?」
グロックは溝から僅かに顔を出し様子を伺う。
流石にダメージはあるらしく、歩みが遅いようだ。
しかしここで仕留めないとずっと追われ続ける。
ここは酷だが、思いついた手段を何でもやってみよう。
「アレスさん、全速力で逃げてください。」
「・・・へっ?」
「ボクがどうにかしてみます。」
アレスは戸惑いながらも頷き、化け物に背を向け走り出す。
化け物は彼を追いかけ、グロックが隠れている溝に徐々に近寄る。
(大丈夫・・・自分の勘を信じろ。)
グロックは大きなナイフに持ち替え、音を立てずにG3-SG1を地面に置く。
距離はもう眼と鼻の先だった。
そしてついに彼の真横に化け物が現れる。
グロックは息を止めた。服の擦れる音さえも立てない。
化け物の荒い呼吸が聞こえる。
一瞬だけ化け物が彼に振り返った。
生暖かい汗が額を伝う。
だが、化け物は首を戻しアレスの方へ向き直った。
(今だ!)
一気にグロックは飛び出し、細長い首にナイフを突き立てる。
─ギシェェェ─
化け物の雄叫びが続く中、戸惑うことなく腕に力を込める。
すると僅かな抵抗のあと、首は半ばで両断された。
宙を舞った頭が地面に落ち、胴体は崩れ落ちる。
どんな生き物だろうと、脳と分けられて身体は動けるはずが無い。
おびただしい量のどす黒い血が辺りを染める。
どうにか殺した。そう思った矢先のことだ。
グロックは動くものを見つけた。
頭が、まだ、動いて、いる。
舌を足のように器用に使い、頭だけで歩いているのだ。
「くそっ、気持ち悪い!」
ハンドガンを抜き、フルオートで頭に弾丸を叩き込む。
10発ほど命中させると、それもようやく動きを止めた。
「なんなんだ・・・こいつは。」
再び動き出すんじゃないかと警戒するが、もうそれもないようだ。
溝に戻りライフルを回収すると、少し進んで壁にもたれかかった。
「・・・しんどいなぁ。」
溜め息を漏らし休憩する。
そこへ、アレスが走りよってきた。
「やったんだね!すごいな。」
「まぁね。正直もう勘弁したいですよ。」
グロックは苦笑いを彼に返す。
彼も座り込むと、包帯を取り出して治療に当たった。
途中、アレスがグロックに問いかけてきた。
「ところで、何で素通りするってわかったんだい?」
一部始終を見ていたのだろうか。彼はそういった。
「あいつ、眼がなかったんですよ。だから音さえ立てなければばれないかなって。」
「・・・よく見てたね。あんなの気色悪くて直視できないよ。」
「もう2度と見たくないけどね。」
2人が苦笑いをする。
その後少しばかり休みながらマガジンに弾を装弾し、立ち上がった。
彼らは先に進みだす。坑道の地図は持っていた。
だが、行き止まりのはずの最奥まで辿りつくと・・・道はまだ続いていた。
「誰かが・・・さらに掘り進んでいたのか?」
「しかも発掘が目的じゃないって感じだね。」
あきらかに今までと掘り方がそこから変わっていた。
つまりこの先は、坑道の関係者が掘ったわけではない。別の者がやったのだ。
彼らが進みだす。だが奥から突然、何かが姿を現した。
いや・・・何かではない。それは、先ほど見た。
あの舌の化け物だ。
「くそっ、1匹じゃないってのか!?」
「ちょっと難易度高すぎないかな・・・。」
彼らは再び、化け物との戦闘を再開した。