ForthDay
〜Darkness〜

小鳥のさえずりが開けられている窓から聞こえてきた。
カナは起き上がり、ベッドからゆっくり抜け出す。
大きく伸びをして気だるそうに朝食の準備を始めた。
昨日はいつもより少し遅く寝たので寝不足気味だった。
それでもいつもと同じ時間に、目覚ましなしで起きられるのは習慣のおかげだが、せっかくの日曜なのだからもう少し寝ていたいのが本音だ。
しかし二度寝が出来ない体質らしく、時間を無駄にするのももったいないのでいつも通りの1日の作業をこなしている。
昨日は大した成果は挙げられなかった。というのも、1時を回ったとき、突然回線がシャットダウンし、侵入ができなくなったのだ。
ちょうど下準備が終わり、侵入しようとした矢先の話である。
つまり、正直な話まったく成果なし。なのである。
カナはトーストを乗せる皿を、ボーっとしながら用意した時、目の前の白い壁に、ポツンと黒いものがあった。
視界がぼやけて何か理解出来ず、目をこすってもう一度確認する。

ファイブセブンはいま、あるアパートの廊下でボーっとしていた。
昨日は一睡もしておらず、普段から良く寝る彼としては限界が近づいていた。
晩飯も食べていない。ずっと、そのアパートの付近をうろうろしていたのだ。
(眠くて死にそうだ・・・こんな状態じゃ、意味が・・・無い気がする。)
一瞬だけ目を閉じる。っと、膝が折れる衝撃で目が覚める。
僅かの間で、眠りに落ちてしまったようだ。
(だ、ダメだ・・・寝ちまうぞ・・・これじゃ。)
時計を確認した。
現在朝の7時を回ったところの様だ。
(昨日はこなかったな・・・俺を警戒しているのか?いや、それはないな。)
彼が溜め息をついたとき。
真後ろの部屋の中から、女性の叫び声と食器が割れる音が響いてきた。
眠気が一瞬で覚め、上着の下からハンドガンを引き抜く。
(来たか!?)
すぐに予め昨晩開けておいたドアを勢いよく開け、廊下を駆ける。
「カナ!」
「わあぁぁぁ!」
再び少女が叫び声をあげた。ファイブセブンを見たからだ。
「どどど、どっから入ったんですか!?」
そこには、カナ以外の何者もいなかった。
彼が昨日からずっとここを張っていたのは、彼女の家に昨日の狙撃手がこないか見張っていたのだ。しかし、彼の予想する展開ではなかった。
侵入者は今まさに、この自分になってしまったらしい。
「あ〜・・・いや、玄関から。」
頭を掻きながら、ファイブセブンはホルスターに銃をしまった。
目の前の少女は事態が飲み込めないらしく、動揺しまくっている。
下手すれば警察に通報されかねない。
「叫び声が聞こえてきたんだが・・・どうしたんだ。」
「あー!」
そういうと、思い出したように立ち上がり、ファイブセブンの背後を指差す。
その方向を彼が振り向く。キッチンの壁に何か張り付いている。
コックローチ。女性の対敵ゴキブリ様。
ファイブセブンは溜め息を吐き、近くのチラシを丸めて引っぱたいた。

「はい、どうぞ。」
「ん、サンキュー。」
ちゃっかりと朝食をご馳走になっているファイブセブンは、何から話そうかと試行錯誤していた。
そっちが落ち着いたら説明する、といったので、相手はこちらが話し出すのを待っているようだ。トーストを食べながら。
「紅茶でよかったですか?それしかないんですけどね。」
始めに口を開いたカナだが、話題とは全く関係ないことだった。
ファイブセブンは目の前に置かれたミルクティーを覗き込む。
「コーヒーはないんだな。」
「はい、私苦手なんですよ、あれ。コーヒー牛乳なら飲めますけどね。」
「コーヒーギューニュー?ミルクコーヒーとは違うのか?」
聞きなれないものに首を傾げる。
「ただ、甘いだけの飲み物ですよ、日本の。」
「あまっ・・・俺は飲めなさそうだな。」
ミルクティーを一口飲むと、ファイブセブンはカナを見て口を開いた。
「それじゃ、昨日のことから話すぞ。」
ファイブセブンは昨日、自分が襲撃にあってから逃げられるまでの話を細かにした。
そして、相手の行動から見てカナが狙われる可能性もあるということを告げた。
話が終わると、沈黙が走る。カナは呆然としているようだ。
その間に冷めた朝食を食べ始める。
相手がそうなると予想していたので、カナの考えがまとまるのを待った。
「えっと・・・じゃぁ、私もここにいるのは危険、なんですか?」
「そうかもしれないな。ただ、狙っているのはアンブレラではなく、あの狙撃手が独断でやっているんだと思う。」
そんな気がした。仮にもアンブレラで両親が働いているのだ。
それに、あの時のあの狙撃手は、快楽で人を殺しているような気がした。
実際そうなのかもしれない。そういう輩が一番性質が悪かった。
「とにかく、落ち着くまで俺のアジトを1つ貸してやるから、その気なら準備してくれ。」
トーストとスクランブルエッグとベーコンを平らげると、食器を重ねた。
「あ、っと・・・そうします。出来れば学校に近い場所がいいんですが。」
「学校まで・・・徒歩5分の場所に・・・1つある・・・それより、すまん・・・俺もう・・・。」
そういうと、ファイブセブンの頭が不規則に揺れだした。
何事かと、カナが顔を覗こうとした時、勢いよくテーブルに額を打ち付ける。
その動きにカナは驚いてしまい、動きが止まってしまった。
しかしそれ以上彼は動こうとしない。
耳を澄ますと、寝息を立てているようだ。
「昨日から・・・ずっと見張っててくれたんですね・・・。」
カナはベッドからシーツを持ってくると、彼の肩からそれを掛けた。
「起こさないようにしないと。」

それから、カナは2人分の食器を片付け、洗濯物を畳み、午前中には一通りの家事を終えた。
(ゴミ捨て行くついでに買い物してこようかな・・・ファイブさん、まだ起きそうにないし・・・悪い人じゃないんだし、平気だよね。)
ゴミ袋と財布、肩提げのバッグを持って玄関に向かうカナ。
その背後で、ファイブセブンが僅かに動いたのに、彼女は気づかなかった。

「あぁ〜・・・出てきた出てきた。」
ジャックはスナイパーライフルのスコープ越しに、アパートから出てきたカナを確認した。
撃つつもりはない。彼の狙いは、”獲物”の”捕獲”。
「さって、馬鹿が1人寝てる間に、済ませちまうかね・・・ん?なんだあいつ。」
ジャックがスコープから目を離した瞬間、何かが見えた。
彼はスコープをもう一度覗き込む。いつの間にか目標の少女は、誰かと一緒にいた。

「カナちゃん、お買い物かな?」
そう声を掛けられて振り返ると、そこには見覚えのある女の子がいた。
ショートカットのブロンドヘアーが綺麗で、密かに憧れている。
ミリア=セントバーク。彼女らのグループのミリアだった。
「ミリアちゃん!うん、これからお買い物なんだ。」
「奇遇だね、私もこれから買い物だよ。一緒に行こうか。」
「うん!」
2人で並んでショッピングモールを目指していく。
買い物といえば基本的にモールで済ますのが基本だ。
他にも食料品店はあるが、品揃えが一番モールがいいのだ。
「しかし驚いたよ。カナちゃんが男作ってたなんてね。東洋人っぽかったけど。」
そういわれ、カナは足の力が抜けて前のめりに倒れそうになった。
「ち、違うってば!ファイブさんはその、え〜と・・・。」
何か説明しようとして、言いよどんでしまう。
そういえば、彼のことを自分は何にもしらないのだと、カナはハッとなった。
何でも屋だと彼は言っていた。しかし、他に何も知らないのだ。
(でも、悪い人じゃ、ない。)
そんなカナをミリアはじっと見つめる。
「ま、相談があれば何でも聞くよ。困ったら頼ってね。カナ。」
「カナ?」
ミリアはハッとなって口を手で隠す。
「っと、悪いね。急に馴れ馴れしいよね。」
ミリアは頬を指で掻き、申し訳なさそうに言う。
っと、カナがすごい勢いで首を横に振った。
「いいんだよ、カナで。エリーちゃんも言ってるよ?
それに馴れ馴れしいなんて・・・私たち、友達でしょ?」
そういわれ、呆けるミリア。
じっとカナを見つめる瞳が、少し驚いている様子だった。
「あ、あぁ。そうだね。じゃ、今日からそう呼ぶよ、カナ。」
「うん!じゃぁ私も今日からミリーって呼ぶよ。」
「うぇ!?そ、それは勘弁してほしいな・・・第一エリーとかぶるよ?」
「う〜・・・そういえばそうだね。ミニーみたいで可愛いのに〜。」
2人は談笑を交わしながら、モールへと向かっていった。

「これでOK?」
「うん、わざわざ付き合ってもらってありがとう。」
2人は食材を一通り買うと、帰路についていた。
時刻は4時を回ったところだ。寄り道もしたので、予想より遅くなってしまった。
「カナ、少し後ろ向いてて。」
「うん?」
荷物を置いたミリアがそういうので、カナはそれに従ってミリアを背にした。
少しすると、ミリアが彼女の髪をいじり始める。
「はい、出来た。」
そういって彼女はショーケースを指差す。
鏡のようになっているそこに、ポニーテールになっている自分の姿が写っていた。
「わわっ!どうしたのコレ?」
「可愛いでしょ、カナ。それあげるよ。」
髪を結んでいるのは、さきほどミリアが購入していた赤いリボンだ。
「えっ、これミリアちゃんが使うんじゃなかったの!?」
「何言ってるの、私じゃ似合わないよ。それに結ぶところが無い。」
カナの髪はミリアよりも長く、肩口よりも下まで伸びている。
エリーもポニーテールだが、彼女のように立派なものではなく、短い尻尾のようにちょこんと結んであった。
「あ、ありがとう!大事にするね。」
「どういたしまして。じゃ、帰ろうか。」

遠方から、ジャックが2人の様子を伺っていた。
2人が別れた瞬間にカナを捕らえるつもりなのだ。
(しかしあの女邪魔だな・・・偶然だろうが、全く隙がねぇ。)
彼はずっと後をつけていた。隙があればまとめて捕らえようとしたが、今の今までその機会がなかったのだ。
単純に考えれば隙があろうとなかろうと、一般人など捕らえられる。
しかしもし抵抗されれば、人目につくだろう。
これからの行動に支障をきたすのは面倒だった。
(まぁいい。もう少しの辛抱だぜ。)
っと、その時。
1台の黒いバンが彼女らの傍で止まった。
「なんだぁ?」

「・・・なんか用ですか?」
バンからスーツ姿の男性が4人降りてきた。さらに運転手が1人いるようだ。
彼らは降りるとすぐに2人に近寄る。
「テンドー=カナだな。君のお母さんが呼んでいる。」
「・・・・・。」
カナは何も答えようとしなかった。
いや、どうするべきなのか考えていたのだ。
今朝、ファイブセブンに聞いたことを思い出す。
自分も狙われているのだ、と。
このまま付いていけば、しばらく自由になれないかもしれない。
それだけは嫌だった。
両親には、色んなものを奪われた。
さらに”自由”さえ奪われるなんて・・・頭にきた。
だが、今はミリアが一緒だった。彼女を一目見ると・・・驚いたのはカナの方だった。
鬼のような形相で男たちを睨み付けているのだ。
「新手の誘拐の手口か、あんたら。この娘には指一本触れさせないよ。」
そういうと、男の1人が口元を吊り上げる。
「いいや、本当のことだ。彼女の両親は──」
カナはハッとなり、ミリアの腕を引いて走り出した。
「っ!待て!」
その時は、自分の両親が非道い研究しているのを知られたくなかったからだったが、いまさら思うとミリアがそんなこと知っているはず無かった。
しかしもう後戻りできない。男たちが追ってきている。
「カナ!こっち!」
いつのまにか前に出て手を引っ張っているのはミリアだった。
一瞬で抜かれて立場が逆になってしまった。
「路地裏を上手く使えば振り切れるかもしれない・・・!」
普段は絶対に通らないような路地裏を全速力で走る。
しかし、問題は足の速さと体力だった。
ミリアは息切れひとつせず余裕だったが、カナは違う。
もう息切れ寸前で、足元がおぼつかない。
何かを言おうと口を開いているが、走りながらでは声にならないようだ。
そして次の瞬間、足元がふらついた拍子にカナが転倒してしまった。
「カナ!大丈夫!?」
「ハッ・・・ハッ・・・ご、めん・・・ミリ・・・ア、ちゃん・・・。」
彼女の足は限界だった。歩くことすら満足に出来ないかもしれない。
距離はかなり稼いだが、このままでは追いつかれてしまう。
ミリアが立ち上がり、周囲を見渡す。
目の前には、アパートの裏口があった。しかし鍵がかけられているようだ。
「でっや!」
掛け声と同時に繰り出された強烈な蹴りで、錆びていた扉が開く。
「ついてる!カナ、ここに逃げよう。」
ミリアが先に入って周りを見渡し、やっとのおもいで立ち上がったカナに手を差し伸べた。

──刹那

不自然な動きでカナの身体が動き、次の瞬間には消えていた。
「カナ!?」
再び路地裏に出て左右を見渡すと、来た方向とは逆方向にカナを抱えた男が走り去っていた。
先ほどの4人組とは違う人物だ。
「カナァ!!」
その後を全速力で追いかけるが、誘拐犯が路地裏から出ると同時に、そいつは車に乗り込んでいた。
「待てぇぇ!!」
ミリアは間一髪で車に手を掛けるが、同時に発進してしまう。
掴んだ腕は虚しくはがされてしまう。
その後ろ姿を呆然とミリアは見ているしかできなかった。
っと、その時。
ミリアが出てきた路地から、1台のバイクが飛び出してきた。
道路に出るとバイクは急ターンし、車が走り去った方へと走っていく。
その姿に見覚えがあった。
校門の前で、カナと親しげに話していた青年だ。
「あいつ・・・!」
ミリアは自分が何も出来なかったことを悔やみ、壁を叩いた。
大した痛みは無い。彼女は一度帰路につくため、元の道を足早に戻る。
その途中で、地面で伸びている4人組の男たちがいた。
どうやら、先ほどの青年の仕業だろう。
「カナを傷つけたら・・・殺すから。」

「逃、が、す、かぁぁ!!」 アクセルをめいっぱいに回し、スポーツタイプの車を追いかけるファイブセブン。
実は彼はカナが出かけた時から後をつけていたのだ。
この前の男と鉢合わせなかったのは全くの偶然だったが。
当然カナをさらったのは、例の狙撃手だろうと確信していた。
車の通りが少ない工場地帯のため、互いに全速力で走る。
馬力の差で少しずつ差が広がるが、カーブで一気に距離を縮める。
小回りは彼のバイクの方が上だ。
しかし一直線で距離を離されると、車が工場の1つに入っていった。
ファイブセブンもバイクを近くに止め、ハンドガンを構えて車を覗く。
しかし、やはり2人は車内にはいなかった。
工場を見上げる。
汚れた看板には”ヘルシーミート”と書かれていた。精肉工場のようだ。
慎重に中へと入っていく。中はまだ昼間だというのに真っ暗闇で、日の光しか明かりが無いようだ。廃墟なのかと思ったが、周りの機械には埃が積もっていないようで、さらに最近まで動いていたようだ。
ここだけ時が突然とまったような不自然さがあった。
その時、奥のほうでパイプが転がるような音がしたので、そちらへ急ぐ。
そこに狙撃手と、カナがいた。2人の位置は日の光が差し込んで、まるでスポットライトを当てられているかのようだ。
カナは後ろから抱かれるように、しかし首筋には鋭いナイフが突きつけられていた。
「よっ、また会ったな。」
「テメェ・・・カナを放しやがれ。」
「お前もその手の拳銃、放したら考えてやるよ。」
2人はしばらく向き合った後、彼はハンドガンをホルスターに仕舞う。
「これでいいだろ。」
「あぁ・・・じゃ、返してやるよ!」
そういって男は、ファイブセブンに2本のナイフを投げていた。
しかし彼はそれを予測しており、両手でそのナイフを受け止める。
「なっ!」
「これはいらねぇよ。」
それを両方とも、男に向かって投げ返した。
男はそれをカナに突きつけていたナイフで弾く。
しかし、同時に抜き去ったハンドガンで、男の手の甲を撃ち抜いていた。
「カナ!」
「ぐぅ!」
その隙に、カナが開放されファイブセブンの元へ走りよる。
ファイブセブンはカナを自分の背中に回すと、狙いを男へとつけて発砲した。
しかし、一瞬早く動いていた男はそれを避けると、行方をくらました。
相手が逃走した間に、カナに声を掛ける。
「大丈夫か、怪我は?」
「な、ない、です・・・。」
一瞬だけカナの表情を見る。
両目から涙が零れ落ち、恐怖で引きつっているようだ。
「もう、大丈夫だからな・・・。」
「・・・うん。」
ゆっくりと、2人で広い場所へと移動する。
っと、背中に何か当たった。背後を振り返ると、どうやらドアのようだ。
「こいつだ。」
出来るだけ音を立てないようにドアを後ろの手で開け、先にカナを入れた。
その時、男が頭上から飛来し、鋭い一撃をファイブセブンに浴びせる。
バック転で避けると同時にドアの中に入り、発砲。ドアを閉めて近くにあったロッカーでドアを押さえた。
「よし、逃げるぞ!」
「は、はい!」
ファイブセブンが素早くライトを取り出し、先頭を走った。
長い廊下を行くと曲がり角があり、その先はあろうことか行き止まりだった。
「そ、そんな!」
カナが叫ぶ。他に道は無かった。
後ろではドアを破ろうとしている音が響く。
っと、その時。
ファイブセブンはライトをカナに渡して、目の前の壁に両手を当てた。
「な、何を・・・?」
「何って、これ・・・エレベーターだろ?」
「えっ?」
そういわれ、よく壁を見ると、分かりづらいがドアが見える。
エレベーターのドアのようだ。上の方を照らすと、階を示す表示がある。
ただ、不自然なのはこの階と、一番下しかないようだ。
「これで、どう・・・だ!」
ようやくひと一人がギリギリ通れる隙間が出来ると、先にファイブセブンが入った。
「っとと!あぶね・・・エレベーターは下か。動いてないみたいだな。」
落ちそうになった彼が下を見ながら呟き、ライトをカナからもらった。
下を照らす。かなり下の方にエレベーターが止まっていた。
「さて・・・カナ、俺に掴まれ。」
「あ、はい!」
言われるがままに、恥ずかしげにカナは彼の服を掴んだ。
「・・・落ちるぞ?」
「す、すいません。」
おんぶされるような格好で背中から掴まると、彼は腰から何かを取り出し、奥の壁にそれを向けた。
それは銃のような形の物だ。見覚えがあるものだった。
一昨日、大脱走劇を演じた時に使用したワイヤーの出る銃である。
それを奥の壁に打ち付け、2人はドアをくぐった。
ゆっくりと壁伝いに降りていき、エレベーターの上に降り立った。
エレベーター上部のパネルを開け、中を覗く。
どうやら中は誰もいないようだった。ファイブセブンが先に中に入り、下からカナを受け止めた。
もう上の方から音は聞こえない。
しかしドアはとっくに破られているだろう。
先を急がなければならない。
先ほどと同じようにドアをこじ開け、エレベーターの外に出た。
2人が周囲を見渡す。何も見えない。
「真っ暗・・・ですね。」
「真っ暗・・・だなぁ。」
そこは、多少は予想していたが照明1つ点いていなかった。
ライトで周囲を照らす。足元に非常灯のようなものがあるが、今ではソレも機能を停止しているようだ。
「変な感じだな・・・上もだったけど、最近まで動いてた感じがするのにな。」
「停電・・・ですかね?」
カナが肯定するようにいうが、ライトで周囲を照らしていたファイブセブンは、あるモノを見つけ首を横に振った。
「どうやら、そんな簡単なもんじゃないらしいぞ。」
ライトの光りがその、あるモノだけを照らし、カナがそれを見て短い悲鳴を上げた。
うつ伏せに倒れている人影。床には血溜まりが出来ている。
人間の死体だ。床に伸びる血の量でそれは明らかだった。
ファイブセブンがライトを消し、カナの手を掴んだ。
「あまり見ない方がいい。行くぞ。」
「は、はい・・・。」
足元を確かめながら壁伝いに2人が進んでいると、後方で革靴の音が響いてきた。
先ほどまで気にしていなかったが、恐らくあの男のものだ。
「もう来たのか。少し速度上げるぞ?」
「はい・・・すいません。」
それから足音をあまり立てないように進むと、数個目のドアの前で止まる。
「ここに入ろう。」
慎重にドアを開ける。
やはり中も暗闇で、何も見えない。
ドアを閉めると、ファイブセブンはカナの目を手で覆った。
反対の手でハンドライトを付ける。一通り見渡すと、どうやらここはこの施設で働く誰かの部屋のようだ。
相部屋になっているらしく、2段ベッドが2つある。4人部屋か。
近くに死体は無かった。少し奥に進んでベッドの方を照らす。
1つだけシーツが膨れ上がっていた。
しかし、そのシーツは真っ赤に染まっているようだ。
中を見るまでもない。あれは死体だ。
魚が腐ったような酷い匂いが僅かに漂う。
ライトを消すとカナの目隠しも解いた。
「ここで少し待とう。うろつくのは危険だ。」
カナが頷く。その時だ。
遠くの方で、爆発音が響いてきた。
続いてパイプなどの金属が落ちたのだろう激しい音。
まるで土砂崩れのような音だ。
「な、なに・・・?」
「まさか・・・っの野郎!」
ファイブセブンが壁を殴りつける。
彼は音の正体が理解できたのだろう。
カナはそれを聞こうとして戸惑った。聞いたら後悔しそうだからだ。
彼女は何も言わずに、彼の服にしがみ付いた。
落ち着いた場所に到着すると、緊張が一気に解け色々なことを思い起こす。
自分がさらわれた時は、殺されるかもしれないと思った。
「こわ・・・かった・・・・です。」
ファイブセブンは暗闇に多少目が慣れたきていた。
彼女の表情が僅かに見える。涙がこぼれていた。
掠れた声が痛々しいほどに耳に残る。
「心配するな、俺が・・・助けてやるから。」
「うん・・・!」
片方の手で彼女の頭をなで、慰める。
足音は近くでしない。自分たちとは反対方向に向かったのだろうか。
泣き声はしばらく止みそうになかったが、今はこのままでもいいだろうと彼は思った。しかし、そうはいかないようだ。
突然、奥のほうから布がすれる音がした。
音に気づいたファイブセブンはライトを点けた。
動いているのは、ベッドのシーツだった。
真っ赤に染まった、あのシーツだ。
「い、生きていたのか。大丈夫か、あんた。」
「ひ、人がいたんですか?」
「死体だと・・・思ってた。おい、大丈夫か?」
声に反応したのか、ゆっくりとそいつは立ち上がり、そしてシーツが地面へと落ちていった。
ゆっくりライトをそいつの顔に向ける。
その顔を見て、ファイブセブンは顔が引きつり、カナが短い悲鳴を上げる。
顔面蒼白。目に生気が無く白く濁っている。
さらに首筋から血が流れた後があり、ずたずただ。
「か、顔が蒼いぞ、あんた・・・動かない方がいい。な?」
彼が忠告するが聞いていないのか、まっすぐと彼らに向かって歩き、途中でベッドの縁に足を引っ掛け転倒した。
頭から床に落ちてしまったらしい。
「だ・・・大丈夫か?」
「ファイブさん・・・なんか、変ですよ。」
そいつは何事も無かったように立ち上がると、両腕をだらりと持ち上げ、彼らに向かって歩み寄ってきた。
恐ろしく低いうめき声を上げる。
まるで、何かに助けを求めるような、そんな声だった。
「待て、動くな。こいつが見えるか?」
ホルスターからハンドガンを抜き、そいつに向けた。
「ファイブさん!?」
抗議の声を彼に向けるカナ。しかし、彼の勘が危険を感じていた。
「それ以上近づくと発砲する。聞こえてるな?」
そいつは何の躊躇無く、同じ速度で彼らに近づいていた。
もう距離は2メートルもなかった。
「あんたが悪いんだからな。」
ファイブセブンはホルスターに銃をしまい、そいつに急接近して腹部を蹴りで強打した。
その衝撃で後方へ飛ばされ、地面に倒れる。
「なっ・・・う、受身くらい、しろよ。」
彼は相手が衝撃の瞬間まったく力を入れなかったので、完璧な形で攻撃が入ってしまった。手加減はしたが、骨が折れた可能性がある。相当の衝撃を与えてしまったのだ。
「い・・・生きてる、よな?」
すると、そいつは低い呻き声とともに立ち上がろうとし、また倒れてしまった。
下半身が動いていない。本当に骨が折れたらしい。
しかし、全く痛がった様子を見せず、這いずってまで彼らに近寄る。
「な、なんだこいつ、普通じゃねぇぞ!」
「やっ・・・ファイブさん!なんか、外もおかしいですよ!?」
言われて見ると、廊下のほうから似たような呻きが聞こえている。
廊下に飛び出したファイブセブンが見たのは、倒れていた死体が、次々と立ち上がる光景だった。
乾いた笑いを彼がする。信じられない光景だった。
「ははっ・・・みんな、生きてたのかね?」
「に、逃げよう!?なんか、危ないよ!」
カナの訴えにファイブセブンは頷き、彼女の腕を引っ張って走り出した。
起き上がったばかりの女性の真横を過ぎ去る。
「きゃぁ!」
しかし、カナは過ぎ去る間際に女性に腕をつかまれてしまう。
「いや、放して!」
「カナ!そのまま動くなよ。」
ファイブセブンは背中からナイフを抜き取り、女性の腕に突き刺した。
しかし、予想以上に柔らかかったその腕は、さっくりと切り落とされる。
唖然とする2人。さらにあろうことか、女性は痛がらずそのままカナに顔を近づけていった。
刹那、ファイブセブンは危険を感じ取りカナの腕を引っ張る。
間一髪で逃げることが出来た2人だが、行く先々でその異常者たちが待ち構えていた。
幸い廊下は広く、1人だけならかわして逃げれたが、2人以上はそうはいかなかった。
ファイブセブンがハンドガンで1人の両足を撃ちぬき、転倒させるとそれを飛び越えていった。
そうしてしばらく走ると、周囲に人影はなくなっていた。
カナの体力も限界で、息が切れ切れだ。
「くそ、なんだあいつら・・・薬でも打たれてたのか?」
ファイブセブンは息1つ切らさず、頭もようやく冷静になり始めていた。
「ここはどうやら、本当につい最近まで稼動していた・・・。」
カナは息を整えながら、彼の推測に耳を傾けた。
「電力が止まったのは事故か何か。いや・・・血痕などを見る限り、何者かがここを襲撃・・・目的は何故か。だな。」
「こ、ここ・・・。」
カナが何かを言おうとしたが、息が切らしていて言葉にならないようだ。
少し待つと、落ち着いてきたらしい。
壁に寄りかかってから彼女が続けた。
「ここ、精肉工場・・・でしたよね。」
「あぁ、それがどうした?」
「この前、研究所の場所調べてもらったですよね?中身は見てないんですか?」
「言ったろ?機械音痴なんだ、俺。あんなの見ても使い方がわからん。」
そういわれて呆然とするカナ。
ファイブセブンはそれがひどく情けないことなのだと理解し、頭を掻いた。
「・・・それで?」
「調べてもらった研究所・・・精肉工場の地下にあるらしいんです。」
「ここだって事か?もしかして。」
一瞬遅れて、自信なさげだが彼女は頷いた。
ファイブセブンは大きく溜め息をつき、床に座り込む。
「最悪の状況だな、こりゃ。ここは敵のど真ん中か・・・待てよ、なんでここが襲撃されたんだ!?まさか・・・。」
「この前の・・・依頼者?」
カナが夜の公園で会った男性を思い出した。
「そうかもしれない・・・実はな、あの後捜査依頼が来てたらしいんだ。
依頼者はこの前の奴と同じで・・・何を調べてたか聞かなかったけど。」
カナが息を呑む。ファイブセブンもカナを見上げて、頷いた。
「それが、ここなんですね。」
「多分そうだ。だけどこんなことする奴らとはな・・・。」
「優しそうに見えましたけど・・・見掛けじゃ判断しちゃダメですね。」
「まったくだ。さて、ここが襲撃された原因は分かった。次は。」
その時。
今走ってきた方から、彼らを追いかけるように何人かの異常者が歩いてきた。
ライトで彼らを照らす。やはり歩みはおぼつかず、フラフラしていた。
低い呻き声が耳に響く。正常な人間が発する声では決してなかった。
そして、彼らもまた、血の気が無く濁った瞳で彼らを見つめる。
「奴らは人間かどうか、だな。」
「人間に見えますけど・・・ね。」
「そうだな。虫や動物なら迷わず殺せるが・・・人殺しは、な。」
ハンドガンを構えるファイブセブン。
接近する異常者は3人のようだ。まだ距離はある。
「ここがアンブレラの研究所なら・・・研究体の可能性はある。
いや、普通に考えてアレが正常な物体とは思えない。」
「ファイブ・・・さん?」
様子がおかしいのにカナは気づいた。
何かを再確認するような言葉は、ファイブセブン自身に向けられていた。
前に彼が言った言葉を思い出す。

─人殺しは受けないぞ、俺は─

それはつまり、人殺しはしないということ。
彼は人を、殺す気で撃ったことは・・・きっとないのだ。
「奴らは違う、人じゃない・・・人じゃない・・・人じゃない!」
そういいながら、改めて構えた彼が引き金を引いた。
短い悲鳴と同時に目を閉じたカナ。
ゆっくりと目を開ける。異常者の1人の肩から僅かに血が飛び散っている。
・・・致命傷を与えたわけではないようだ。
いや、彼は外したのだ。狙いを。
撃てなかったのだ。確実に仕留めるつもりなら・・・頭だろう。
しかしカナは何故かホッとする。
優しい人なのだと、改めて感じさせられたからだ。
「くそ・・・逃げるぞ、カナ。」
ファイブセブンはカナの手を引いて再び走り出す。
もう死体があるからライトをつけないなど言ってられなかった。
奴らに捕まったら終わりだと彼は感じていた。
途中で何人かの異常者とすれ違った。まだ起きていない者もいた。
そのほとんどが深手の外傷があり、とても生きているとは思えない。
そして明らかに放っておいて血が止まる傷ではないのに、出血が止まっているのだ、全員。
血が凝固しているのだ。動いているのに。
通常、血液が凝固するのは死後。他になかった。血が固まっているのは死体の証。
2人は理解はしていても、口には出さなかった。

─あれは死体なのだと─

夢でも見ているのか、夢なら早く覚めないのか。
そう切に願うしか出来なかった。
少しすると備品保管室とプレートがつけられた部屋を見つける。
「ここに入ろう、もしかすると何かあるかもしれない。」
「備品って・・・まさか変なものないですよね。」
「ははっ、おどかすなよ・・・。」
彼らが考えていたのは研究体の肉片やら何やらのことである。
しかし、中に入った2人はホッと胸をなでおろした。
何と言うことはない、ただの倉庫のようなものだ。
「カナ、ライトで俺の手元照らしてくれ。」
「あ、はい。」
ライトを手渡された彼女は指示通り、彼の動きに合わせて手元を照らした。
部屋はいくつもの引き出しがあって、それを1つずつ開けていった。
中身は使い道が分からないような機器類ばかりだ。
「なんか・・・ここは普通の研究所って感じだな、どこにでもあるような。」
「研究所って言うより、工場みたいな仕事してるんじゃないですか?
あ、ほら。今の引き出しの中の奴、細かい作業に使うアームですよ。多分。」
そんな様子のカナを見て、ファイブセブンは感心していた。
突然の誘拐。光りの届かない地下施設。大量の動く死体。
自分も慣れているとは言えないが、まだ抵抗はある。
特に自分では死体を作らないが、見た事はいくらでもある。
しかし彼女はそんなことは無いのに。平静を保てている。
「どうかしました?」
カナは彼が自分のことを見ているのにようやく気がつき、そう聞いてきた。
ファイブセブンはハッとなり、思っていることを口にする。
「いや、錯乱したり、怯えたりしないんだなって。強いんだな、お前。」
「そんなこと・・・ないですよ。」
カナはそれだけいうとうつむいてしまう。
何かまずいことを言ったのかと、ファイブセブンは対処に困った。
「とっても怖いです・・・頭がおかしくなりそうなんです・・・けど。」
彼女は顔を上げる。その表情は、とても優しく微笑んでいた。
「私、一昨日闘うって決めましたから。父さんや母さんと、闘うって。
だから、2人の研究になんて、負けられないんです。怖がってばかりじゃ・・・。」
ファイブセブンは唖然とした。たったそれだけのことで、ここまで強くなれるのかと。正直驚いていた。
自分は違った。人間のことを仕事と割り切ってまで撃てなかった。
自分の信念のために、何かを殺すというのは・・・難しかった。
「やっぱお前・・・強いよ。俺なんかより、ずっと。」
「強いっていうのは、なんか嫌ですよ・・・。」
「そうかぁ?どうして。」
カナは恥ずかしげに答える。
「・・・だって、それじゃ私・・・ム、ムキムキみたいじゃないですか。」

─間─

「ちょっと、笑わないでくださいよ!前々から思ってましたけど、ファイブさんっていじわるで失礼ですよ!」
「だはははは!だ、だからって”ムキムキ”はないだろ!い、言い方をもう少し・・・ひぃぃ!ぐるじぃぃ。」
カナの顔が恥ずかしさのあまり真っ赤に染まる。
彼なりのツボだったのだろう。笑い転げると、ようやく一息ついたのか。
顔が笑ったままだがまともに話し出した。
「し、しかし悪かったな。それを気にしてたか・・・。」
「だって誰かに言葉だけで私のこと説明する時、
”カナって奴は俺よりすごい強いんだ”とか言ったら、そう思うでしょ!?」
「ま、まぁ否定はしないさ。悪い悪い、くくく・・・!」
「あー!まだ笑ってるじゃないですか!」
ファイブセブンは怒っているカナを見て流石にまずいと思ったのか、気を落ち着かせて彼女の頭に手を置いた。
「いや・・・お前は本当に偉いと思うよ。俺よりも、ずっと・・・。」
「ば、馬鹿にしてませんか?」
「本音だよ。どうしてそう思うんだ?」
無言のままカナが指差したのは、彼女の頭の上の腕だ。
どうやらなでられているのが子供扱いされているのだと思ったのだろう。
「なでられるのは嫌いだったか?」
「よく、わかりません・・・初めてなんです。」
「ん・・・そうなのか?両親は・・・あっ。」
ファイブセブンがカナの顔を覗く。
少し悲しげだった。どうやら、彼女に家庭の話は禁句らしい。
これ以上この話を続けると雰囲気がブルーになると彼は思った。
「それよりこれからどうするかね。今思うと、ここにいるのも得策じゃない。」
「えっ、どうしてですか?」
カナが聞き返すと、ファイブセブンは気まずそうに答えた。
「・・・俺が大笑いして、声が漏れたかも。」
「・・・・・。」
沈黙が走る。
カナも大声でどなったりしたので反論できない。
とにかく、移動した方が言いと言うのは理解できた。
できれば遠くの方へだ。
「いくつか使えそうなのがあったから、バッグはないか?」
「あ、うん。これでいいかな?」
そういうと、彼女は出かける際に持っていたバッグを差し出す。
「お、十分十分。これ、中に必要なものあるか?」
「えっ・・・今日の夕食・・・。」
「・・・また買ってやるからあきらめてくれ。」
そういうと、ファイブセブンは中身を全て出した。
その中から缶詰を見つけると、それだけを再び中に戻す。
「もって行くんですか?」
「非常食。あ、肉買ってたのか。残念だな、もったいない。」
「・・・もしかして夕食まで食べる気でした?」
「ダメか?」
カナに微笑んで、了承した。
普段1人で食べる食卓だ。1人分増えようと大差ない。
それに、食事はみんなで食べる方が楽しいのだと彼女は知っていた。
次にファイブセブンは、いくつかの引き出しを素早く開けては閉め、必要だと思ったものをいくつか詰め込んだ。
重くしては移動に支障をきたすので、あまり多くは持たなかったが。
そこで見つけたライトをカナに手渡す。
「よし、こんなもんだろ。」
「ファイブさん、誰か・・・近づいてないですか?」
廊下の様子を見ていたカナがそう告げると、ファイブセブンはすぐに廊下に飛び出る。
足を引きずる音。低い呻き声。
”奴ら”だ。
「逃げるぞ。」
ライトを2人とも点灯し、周りを確認しながら駆け出した。
特に目的地は無い。せめて地図があれば話は別なのだが・・・。
さらにこの暗闇では手元の明かりだけが頼りだ。
何でもない廊下がひどく歩きづらく感じられる。
その時、目の前に複数の”奴ら”が溜まっていた。
しかし様子がおかしいのに2人はすぐに気づく。
”奴ら”の内3人がしゃがみ込み、1人が仰向けに倒れているようだ。
ライトで照らした瞬間、それが何をしているか理解できた。
3人が、1人を、食っている。
「ひっ・・・!」
「お、おいおい・・・冗談だろ!?」
声に気づいたのか、3人の内1人が彼らに気づき、立ち上がろうとした。
「抜けるぞ、走れ!」
他の者も立ち上がろうとしていたが、彼らが立ち上がるより早く2人はその横を過ぎていった。
信じられない光景に、2人に言葉は無かった。
少しして、彼らの行く手に左右に分かれる道が現れた。
「どっちがいいかね・・・。」
落ち着きを取り戻してきた2人が立ち止まって悩む。
「さっきから左側にばかり走ってるから・・・そろそろ左は行き止まりじゃない?」
「じゃ、右だな。」
そういって右に向きを変え、歩き出す。
追っ手はとっくに振り切った。足が基本的に遅いのだろう。
酔っ払いかジャンキーのような連中だった。まともに歩けるはずが無い。
「少し休憩するか?疲れたろ。」
「ご、ごめん、なさい・・・体力、なく・・・て。」
カナはその場に座り込んだ。
周りから足音はしない。どうやら近くにいないようだ。
ファイブセブンも油断した・・・その時。
カナの右側にあったドアが勢いよく開かれ、”奴ら”が襲ってきたのだ。
「きゃぁぁぁ!」
「カナ!?」
不意の襲撃に2人は反応できず、カナがそいつに覆いかぶさられる。
「いや、放れて!いや、いやぁぁ!」
「くっそ・・・!」
必死に抵抗しているが、見た目以上に腕力があるらしい。
彼女の抵抗むなしく、そいつは彼女の首筋に口を近づけ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「どういうことだ!」
「今説明した通りよ。第3研究所の救援は見送り。電力の復旧が先よ。
そんな所で無駄死にされるなら、研究材料になってほしいものだわ。」
言い争いをしていたのはカズエだった。
もう1人は、完全装備をしてマスクまでしている特殊部隊風の人物である。
人相は分からないが、声からして女性のようだった。
「そこまで準備して悪いけど、もう少し待ちなさい。
明日には復旧の目処が立つから。いいわね?”ジョーカー”。」
「ぐっ・・・。」
隊員は彼女の研究室を立ち去ろうと背中を向ける。
その時、カズエが彼女に声を掛けた。
「ところで、何故そこまでこだわるのかしら?あなたみたいな性格の人が。」
「そういう”気分”だっただけですよ。失礼します。」
明らかに怒っていますといわんばかりに、勢いよくドアが閉められる。
その様子を見て、カズエが笑みを零した。
「ふふっ、隠してもお見通しよ。私の”ムスメ”だもの。」

ブラックのコーヒーが注がれたカップを持って、事務所の長は欠伸をした。
「パイソンさん、眠そうですね。寝てないんですか?」
「えぇ、処理の作業が忙しくて。というかデリンジャーも眠そうですね?」
そういわれ、背丈の小さい少女が目の下のクマを擦った。
「・・・どっかの馬鹿が連絡もなしに消息不明ですから。」
「君はファイブセブンのことが好きなんですねぇ。
いやはや、彼の親として君みたいな娘なら歓迎ですよ。」
デスクが力強く叩かれる。その反応にパイソンと呼ばれた男はコーヒーをこぼしかけて、ギリギリでそれを阻止した。
「だ、れ、が。あんな奴!・・・ただ、最近また変なのに狙われているみたいで。」
「ほう、昨日の狙撃者ですか。特徴から見て、恐らく”切り裂きジャック”でしょう。彼は手強いですよ。」
「知ってるんですか?」
彼は冷めたコーヒーを飲み干すと、イスから立ち上がる。
「一度会ったことありましてね。まぁ半殺しにしてあげましたけど。いやぁ、まだこの仕事してるんですね。懲りたかと思いましたが。」
「・・・今のアイツに、勝てますか?」
コーヒーメーカーから新しいコーヒーを注ぐと、自分のデスクに戻る。
一口飲んで、落ち着いたように答えた。
「無理ですね。実力は奴の方が上。それに殺す気で撃たないと。」
「そんな・・・だってあいつ、胴体や頭は、撃てないのに!」
「悪いとはいいませんけど・・・困り者ですよね、そこのところ。
その辺をうまく割り切って出来ないと、いつか大変なことになるというのに。」

その時には、もうその場に動いているものはいなかった。
ファイブセブンは膝を付き、驚愕に目を見開いている。
ハンドガンは床に落ち、ノズルから僅かに硝煙が昇っていた。
彼の前方の床には、倒れている人影が2つ。
1つは大きな方に下敷きになっていた。
その時、上に重なる人影が動き出した。しかしファイブセブンは動かない。
ゆっくりと起き上がった人影は・・・そのまま横に倒れた。
「ファイブ・・・さん?」
カナは死体となったモノを自らの上からどかし、起き上がった。
彼女にとっては相当な重労働だったのだろう。疲れ果てているようだ。
カナはファイブセブンの前に座り込み声を掛ける。
「だい・・・じょうぶ?」
彼は反応しなかった。カチカチという音に彼女は気づく。
それは、彼の口元から鳴っていた。
震えていた。
カナは胸が切なくなるのを感じ、彼を優しく抱きしめた。
「・・・悪くないです。仕方なかったんですよ・・・。」
彼は一言も発しようとしなかった。
「ごめんなさい、私が・・・もっと、しっかりしてれば・・・。」
「俺は・・・。」
ファイブセブンは、カナの腕を掴んだ。
彼の肩は震えている。
カナは、彼を強く抱きしめた。
「俺は、人を・・・殺して、殺して・・・しまったんだ・・・!」
「・・・私は、違うと思う。」
「下手な慰めなんかいらねぇよ!」
「違う!」
彼の叫びを、カナは精一杯の大声で制した。
ファイブセブンが一際大きく震える。
カナもいつからか、頬に涙が伝っていた。
「違うよ・・・私には、彼らは・・・救いを求めてるように見えるよ。」
「救い・・・?」
カナが頷いた。彼には見えていないが、なんとなくわかった。
「例えばだよ・・・私たちがあの人たちと同じ姿になったら・・・私は耐えられないよ?もう戻らないとしたら、いっそのこと・・・。」
「俺だって!俺だって・・・あんな姿になるのは、嫌だ。
あんな、あんな姿になってまで、生きていたく・・・ない。」
カナは何度も頷いた。
ファイブセブンも頷いた。
2人は互いを慰めあうように強く抱きあった。
少女はこれまでの恐怖が、一気に解放されて。
少年は人を殺してしまったという後悔から。
それからしばらくして、落ち着きを取り戻したファイブセブンが彼女から離れ、襲撃してきた人物が飛び出してきた部屋を一回りした。
そこは食堂だった。多くのイスと机が並び、奥には厨房がある。
いまだ泣いているカナを部屋の中まで運び、ドアを閉めた。
彼女を手頃なイスに座らせると、ファイブセブンはその向かいに座る。
「何か飲むか?水くらいならあると思うけど。」
彼女は頷く。
ファイブセブンは新しい紙コップを卸し、冷蔵庫にはいっていたミネラルウォーターをコップに2つ注いだ。
1つは自分のものだ。
それをカナの前に置く。自分は一足先に飲み干してしまった。
・・・気分が落ち着く。
涙を流したのは何年ぶりだろう。久しぶりに思えた。
いや、実際記憶に無いくらい久しぶりなのだ。覚えが無いほどに。
カナもちびちびと水を飲んでいるようだ。
5分ほどして、カナも落ち着いてきたらしい。
「・・・最近泣いてばっか。」
「最近?なんかあったのか。」
「あなたと会うと大体泣いてる気がする。」
「あら・・・俺って女泣かせだったんだな。」
2人揃って顔が緩む。ほぼ同時に笑い出した。
「・・・カナ、助かった。なんか吹っ切れたよ。
人に褒められない吹っ切れだけどさ。」
「か、感謝なんてされるようなこと、してないですよ!それよりごめんなさい、その、急に・・・あんなことして・・・。」
暗くて見えないが、きっと彼女の顔が赤いだろうとファイブセブンは察し、ついつい意地の悪いことを口走る。
「お前の抱擁か?中々なもんだったぞ、良い所に顔があったからな。」
彼らの間の机が力強く叩かれた。
「・・・殴りますよ。」
「す、すまん。冗談だ。」
弁解するように両手を挙げ、降参のポーズをとった。
カナもそれで引き下がり、一気に水を飲み干す。
「カナ、2人で生き延びよう。ここを、絶対に2人ででるんだ。」
「な、なんですか急に。」
突然の真面目な言葉に戸惑うカナ。ファイブセブンは続けた。
「誓いだよ。日本風に指きりげんまん、だっけか?」
「なんか違うと思いますよ・・・でも、そうですね。きっと2人で。」
互いに頷き、立ち上がった。
「行こう、そうと決まれば地上への道を探すんだ。」
「あ、でも・・・それなら来たところを戻ればいいんじゃ?」
「あ〜・・・まぁ、一応見に行くか。っと、その前に。」
そういってファイブセブンは冷蔵庫へと歩き出す。
カナも何事かと思い、彼の後ろについた。
「何してるんですか?」
「ちょっと拝借。」
彼は冷蔵庫の中身、再び缶詰をバッグにいくつかしまっていた。
「さっきから思ってたんですけど、なんで食料なんか?」
「・・・言っただろ、非常食。迷子になった時のな。」
「は、はぁ・・・?」
準備が終わった2人は廊下に出る。
廊下は静まり返っており、付近に人影は無い。
やや小走りに進む2人だが、重大なことに気づいた。
「それで、ここから元の場所にはどうやって行くんだ?」
「えっ、ファイブさんわかってるんじゃないんですか?」
沈黙。
先に口を開いたのはカナだった。
「もしかして・・・本当に迷子ですか?」
「おう、ナビか地図がないと俺はこんな場所わからん。街中でもたまに迷うぞ。」
「ぜんっぜん偉くないですよ!どうするんですか!」
彼の危機感が全く感じられない言葉に、カナが大声を上げる。
その姿にファイブセブンは少々驚いたようだ。
「最近思ったんだが、お前・・・結構気性が荒いよな。」
カナはハッとなり、数歩後ずさりした。
その様子が面白くて、ファイブセブンが小さく笑う。
「でもまぁ・・・行っても意味ないと思う。別の道探そう。」
「どうしてですか?」
「ちょっと前に爆発音聞こえたろ?あれは多分、エレベーターがやられた。
その後の土砂崩れみたいなのは、上から爆破の衝撃で何か落ちてきたんだ。
シャフトとかがな。音の感じからして相当な量が、な。」
「や、やっぱりさっきの人、ですよね?」
彼が頷くと、カナの顔が引きつる。
無理も無い。唯一の脱出口が塞がれたのだ。
正直ファイブセブンも困っていた。
救援を呼ぼうにも、無線の類は全て事務所に置きっぱなし。
装備もハンドガンとナイフ。予備マガジンが3つと、スタングレネード2つ。
相手が人間なら、これだけで十分持つだろう。
しかし1発や2発当てただけでは気にも止めない奴らが相手なのだ。
どうにも心もとなかった。
「どこかに武器庫みたいなものないかな。最悪警備員の死体でもいいんだが。」
「研究員みたいな人しか見ませんね。やっぱり地図を見つけるのが最初?」
「いや、電力の供給が最優先だろ。」
あぁ、とカナも頷く。
なんにせよ、この暗さではまともに廊下を歩くことすら出来ない。
急な襲撃に対応するのも大変だ。
「でも、普通こういう所って主電源が落ちても予備が自動的に動きません?」
「俺もそう思うんだよなぁ・・・その辺も、ここ襲った連中に聞かないとな。」
その時、T字路に差し掛かったとき。
右の道から、多数の異常者が歩いてきた。
それを確認した2人は左の道へと向かうが、前方からも数人接近してきている。
どうやら囲まれたようだった。前方の方が数は少ない。
「カナ、俺から離れるなよ。」
「わ、わかってます。」
ファイブセブンはハンドガンを構え素早く3連射した。
異常者たちの頭部に命中したそれは、傷を深く抉り脳をぶちまける。
使い慣れた愛銃は彼の手足のように思い通りの弾道を描き、
一瞬の内に5人の異常者を倒した。
前方に影はもうなく、2人は再び走り出した。
しかし、あろうことかその先は行き止まりだった。
幸いにも突き当たりにはドアがあったので、押し開けようとした。
しかし、ドアはビクともしない。
「あ・・・開かない!」
「う、嘘でしょ!?」
金属製の頑丈そうなドアを、2人で押したがやはりビクともしない。
「ファイブさん、銃で鍵壊せませんか!?
映画とかでよくやってるじゃないですか。」
「あぁ、木製のドアだったら迷わずやるよ・・・くそっ、カナ!俺の肩に乗れ!」
「は、はい!」
まだ追いかけてくる異常者は遠い。
しかし徐々に増えているのか、数が増しているようだ。
ここで弾を使い切るわけにはいかなかったが、最悪撃ちきってでも突破しなければ。
その前に、もう1つだけ試すことがあった。
ファイブセブンは壁に手をつき、天井の隅にあるパネルの真下に座る。
「上のパネルを伝って中の部屋に行くんだ。反対から鍵を開けてくれ。」
「わかりました、やってみます!」
そういうとカナはファイブセブンの肩に乗り、持ち上げられるとパネルを開けて中に入っていった。
「急いでくれよ・・・全弾使っても足りるか怪しくなってきた。」
呪詛のような声が辺りから響いてくる。
どれだけ増えれば気が済むのだろうか。
彼は息を呑み、彼女を待った。

ライトを頼りに配管が通る天井裏を這いずり、隣の部屋へ続くパネルを探した。
少し進むとそれらしきものが見つかる。さすがに隣の部屋だけあって近かった。
パネルを開け、中の様子を探る。人影は見えなかった。
パネルの真下は長机があり、手でぶら下がっておりると大した衝撃は伝わらなかった。
その時、ドアの近くで何かが動いた。
イスで隠れて見えなかったが、倒れていた異常者がいたらしい。
不運なのは、それがいるのがドアの目の前だということだ。
鍵を開けているうちに襲われてしまう。
異常者はカナのほうを向き、ゆっくりと歩き出した。
「怖くなんか・・・ないんだから。」
カナが息を呑む。
机から飛び降りると、後ずさりで距離をとった。
あまり時間は取ってられない。すると、すぐに背中に何か固いものがぶつかった。
振り返ると、大きな机だ。
書類やノートパソコンが置かれ、他に大きな灰皿がある。
カナは灰皿を掴むと、異常者に向かって投げつけた。
「当たれ!」
元から球技などやっておらず、運動も得意ではない彼女だ。
狙いなどつけず、どこでもいいから当たれと投げた灰皿は、運がよく頭部に命中したらしい。
血が飛び、異常者が倒れた。
呆然とするカナ。やってしまった、という感じだ。
しかしチャンスである。急いでドアに向かう。
後、数センチでドアに差し掛かるという瞬間。彼女は突然転倒した。
何かが腕に絡みつく感触。右脚を見ると、先ほどの異常者が彼女の足を掴んでいた。
「いや、放れて!放しなさい!」
近くに落ちていた先ほどの灰皿を掴み、掴んでいる腕に振り下ろした。
生々しい感触と共に、あきらかに骨が粉砕される音がする。
確かに全力で振り下ろしたがここまでなるとは。
灰皿はかなりの重さがあり、固そうだった。
うん、自分はそんな怪力じゃない。きっと。
自由になったカナはドアにしがみ付き、すぐにロックを外した。
ドアを開ける。みると、もう目の前まで異常者の群れが迫っていた。
「でかした!」
ファイブセブンが飛び込み、床を這いずる異常者を見た彼はナイフで後頭部を突き刺し、息の根を止める。
すぐに引きずって外に投げ出すとドアを閉めてロックした。
引きずっている時に死体の上着が床に落ちたようだ。
続いてソファーに走り出すと、それをドアの方に押し始める。
「ボサッとするな、バリケード作るぞ!」
「あ、はい!」
カナももう1つのソファーを押し、ドアの前に運んだ。
続いて2人で長机を運び、積み重ねて完成だ。
作業が終わると、2人ともただ1つ残った机の前に座り込んだ。
「ははっ、頑張ったな。カナ。」
「はい、頑張りました!でもすいません、ギリギリでしたね。」
「上出来だ。1発も撃ってない。」
2人して歓喜の声を上げる。ひと段落つき、緊張が一気に抜けた。
「ここもいつまでもいられないけど、しばらく休憩だ。あんな頑丈そうな扉だ。
バリケードがなくったって結構な時間もちそうだしな。」
「よかった・・・私もうヘトヘトです。」
カナは床の上で横になる。
相当疲れたらしい。
確かに、ずっと走っては襲われたり、泣いたりしたのだ。
体力が限界なのだろう。
ファイブセブンは上着を脱いで彼女の上にかぶせた。
「ないよりましだろ。少し寝てるといい。」
「ごめん、なさ・・・い・・・。」
すぐに寝息が聞こえ始める。
緊張が解けるとすぐ寝れるとは、結構図太い神経なのだと感心した。
防音も高性能らしく、外の呻き声は聞こえないからか。
しかしドアを叩く音は聞こえるというのに。すごいものだ。
ファイブセブンは部屋をぐるりと見渡した。
主な家具はバリケードにされたので見る影ないが、ここは誰かの私室のようだ。
調度品から見て、幹部クラス。もしかしたら所長の部屋かもしれない。
先ほど殺した奴はその人間なのだろう。
彼が落とした上着を漁り始めた。
見つけたのはIDカードと鍵の束だ。
束には鍵が3つついている。1つはこの部屋の鍵に違いない。
残り2つは・・・彼はまずカナの後ろの机を調べた。
引き出しが2つあり、片方は鍵付きだった。
そこに鍵を差し込むと、どうやら当たりのようだ。
引き出しの中にはファイルがいくつか入っていた。
それを取り出し机の上に置く。
もう1つの引き出しには、ハンドガンが入っていた。
マガジンが1つと9mm弾が1箱分。
それらを全て取り出し、彼は使えるかどうか分解を始めた。
どうやら使った後は無い。新品同様のようだ。
彼は元に戻すと、空のマガジンに弾を詰め始める。
ハンドガンはベレッタ社のM92FSという物で、装弾数は15発。
箱の中も手付かずのようで、1箱分50発全て入っていた。
バッグに弾をしまうと、ホルスターに愛銃を収めて手元にM92Fを残した。
自分の銃のほうが威力があるからで、弾の種類が違い入手がしづらいからだ。
さらに言ってしまうと、きっとこの施設にその弾丸はない。
それに変わって9mmパラベラムという今拾った弾丸は現在主流の弾の1つで、相当量の弾が出回っており、公的機関でも使用されている。
この研究所でもハンドガンやサブマシンガンを使用しているなら多くの弾があるはずだ。弾が多く手に入る可能性があるほうを先に使おうという算段だ。
問題なのはマガジンが1つしかないことだが、あの程度の動きなら確実にヘッドショットする自身がある。
一度に15人も倒せれば十分だった。
机にM92FSを置くと、もう1つの鍵の使い道を探す。
しかしこの部屋に他に鍵を使えるものはなく、どこか別の部屋にあるロッカーか何かだろうと推測する。
最悪の可能性は家の鍵。全く使い道が無い。
(いや・・・新しいアジトに使えるかも?とっておくか。)
彼は鍵束をバッグに放り投げると、カナの横に座り込む。
熟睡しているようだ。少しくらい音がしても起きない。
正直自分も寝たかったが、見張りを続けなければならない。
ライトを消して電池の消費を抑えることにした。
しかしそれが失敗だった。彼もまた、安全な場所にきて油断したのか、一瞬の眠気で目を閉じた瞬間・・・眠りに落ちてしまう。
暗闇の中、無防備な少年少女は身を寄せ合って深い眠りに付いた。

「ハッ!なんなんだこのジャンキー共は。」
その頃、ジャックは暗い廊下を1人彷徨っていた。
手には真っ赤に染まった大きなタイガーナイフ。
彼は幾多もの異常者を切り刻みながら進んでいた。
エレベーターを爆破したので裏を掛かれて逃げられはしないが、同時にこのおかしな状況から脱出が出来なくなった。
行方も分からず、かなり広い建物のようだ。
完全に見失ってしまう。
「・・・まっ、いっかぁ。ここの奴ら解体して遊んでるかなぁ。」
下卑た笑い声が廊下に響き渡る。
彼は近くにいた異常者を捕まえると、一瞬で首を切り裂き床に落とす。
彼は鼻歌交じりに、その死体にナイフを突き立てた。

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