ThirdDay
〜Contact〜
授業の終わりを告げるベルが鳴る。
今日は学校は土曜日なので午前中だけだ。
カナは帰りの仕度を済ませると、エリー達のもとへむかった。
「昨日はごめんね、今日よかったら一緒に帰ろう?」
「お、カナから誘いなんて珍しいねぇ、いいよ、どうせ暇だしぃ。」
エリーがバッグを肩に背負いながら楽しそうにいう。
それに賛同するように、ミリアとティアも集まった。
「ハァ・・・来週テストだってのに呑気だねあんた達は。」
ミリアが溜め息を漏らしながら言うが、彼女は自分は心配ないという様子だ。
何を隠そうこの中で一番頭がいいのは彼女なのだ。
「えぇ〜、だったらミリアやめとくぅ?」
「・・・行く。」
ミリアは一言呟き、そそくさと先に教室を出た。
「えっ、えっ、め、迷惑だったかな?」
カナがおろおろしながら残った2人を見るが、2人は笑いながら答えた。
「ミリアちゃんは素直じゃないだけですよ。」
「ダイジョーブ、ほんとは嬉しくてしかたないんだよアイツ〜。アハハハ!」
っと、その時どこからともなくエリー目掛けて消しゴムが飛来し、見事に額に直撃して跳ねていった。
「・・・聞こえてるっての。五月蝿いなぁ。もう。」
教室のドアの前にはミリアがいた。投げたのも当然彼女だ。
「ごめんねミリアちゃん。テスト前なのに。」
「私は平気だからいいよ。でもカナちゃん頭いいから、面倒見るの手伝ってね。」
「へっ?面倒見るって・・・?」
カナは頭を傾げる。思い当たる節が全く無いのだが・・・。
ミリアは当然といわんばかりに答えた。
「テスト前のスパルタ授業。」
4人並んで校門へ向かい、ちょうど校門を過ぎた時。
「早い帰りだな、テンドー。」
突然横からカナの名前を呼ばれ、4人が振り向く。
声がした方向には1台の赤いバイクが止まっており、黒髪の青年が跨っていた。
「あ、ファイブさん。」
「よう。」
昨日と一変して黒いライダースーツを来たファイブセブンがそこにいた。
カナが彼に一歩近寄っていく。
「どうしたんですか、急にこんなところで。」
「調べがついたから連絡しようとしたらな、連絡先聞き忘れてよ。」
「あっ・・・。」
カナが思い出したように声を上げる。
連絡先意外に彼に教えたのは学校と自宅だけだ。
自宅へ帰る時間は教えていないが、学校が終わる時間はほぼ共通だ。
確実に接触できるのはこっちだろう。
「す、すいません。というかその、早いですね。」
「今日は仕事なくて暇でね。まぁ調べたの俺じゃねーし、今度そいつに会うときがあったら和菓子でも用意してやりな。」
「もしかして昨日の・・・女の子ですか?」
「あぁ、当たり。俺、機械音痴でな。まぁそんなことはいいや。ハイよコレ。」
ファイブセブンはカナにディスクと1枚渡す。
「あのガキが言うにはこれに全部入れといたらしい。後でみてくれ。」
「はい、ありがとうございます。あ、それじゃ私もう行きますね。」
「ん。」
2人が軽く手を振り、ヘルメットを彼が被ろうとした時。
「ちょっと待った。」
呼び止めたのはエリーだった。
「あ・・・。」
しまった、と。
カナも流石に気がついた。
「ちょ、ちょっとカナ・・・あんた、いつのまに男を・・・。」
「い、いや、違うよエリーちゃん。この人はえぇと・・・。」
カナが両手を前に出して、ファイブセブンの方へ後ずさりしていった。
両手で否定の仕草をするが、エリーの動揺は尚終わらない。
ミリアとティアは関心するように2人を見比べている。
っと、耳元でファイブセブンが囁く。
「・・・お前ほんとに男いなかったんだ。」
「いぃじゃないですか別に、そんなのいなくたって。」
エリーはこの世の絶望だといわんばかりに、両手で顔を押さえている。
一体何がそこまで悲痛なのかが2人には理解できなかった。
「この責任どう取ってくれるんだ盗人がぁ!」
一転。突如人差し指でファイブセブンを指差す。
「・・・元気じゃねーか。演技かよ。」
「・・・そうみたいですね。」
エリーは2人に歩み寄り、ファイブセブンの目の前に立つ。
「と、いうわけでぇ。」
先ほどからの転換振りがすばらしい。笑顔で彼に言った。
後ろのミリアとティアは呆れながら彼らを見ている。
「これからお話付き合ってくれませんかぁ?」
「断る。」
ファイブセブンはヘルメットを改めて被り、エンジンを掛ける。
「じゃーな。テンドー。無茶するなよ。」
それだけいって、アクセルを回して薄手の上着をなびかせながら疾走していった。
呆然とするエリーを横目にミリアとティアを見る。
ティアは笑顔でやっぱり何か勘違いしてるという感じだったが、ミリアは違った。
去っていった彼を、厳しい目つきで見つめている。
その顔を見ていると背筋が冷めていく感じがした。
いままで見たことが無かった表情だ。
「ミ、ミリア・・・ちゃん?」
カナの一言で我に返ったのか、とぼけたような風にカナを見る。
「変な男に引っかかっちゃダメだよ、カナちゃん。」
そう言うと、彼女は歩き出してしまう。
「あ、ミリアちゃん待ってよ〜。」
その後ろをティアが追っていく。
「あはは・・・ごめんねエリーちゃん。でもほんとにそんなんじゃないからさ。」
「むぅ・・・そうなの?妙に親しげに見えたんだけどなぁ・・・。」
カナはエリーに声を掛け、遅れて先に行った2人を追いかける。
バイクで大通りを疾走していたファイブセブンが赤信号で止まる。
何気なく周りを見渡した時、偶然ソレを目撃した。
数少ない高層ビルの屋上。太陽光を反射したレンズの光を。
それは、間違いなく、自分を狙っていた。
「もう来たのか!?」
何処の出の者か想像はついていた。思い当たる節は昨日のことしかない。
ファイブセブンは急カーブで路地裏に入り、敵の死角に入った。
(逃げ切るか・・・?いや、ここは・・・。)
相手のいる建物は少ししか見ていないが見当がついた。
すぐには出られないだろうと打算し、上手く死角に入りながら接近していく。
念のため、事務所に連絡をいれることにした。
「ファイブセブンだ、返事してくれ。」
数秒して応答があった。
『デリンジャーだけど、どうかしたの?』
「狙撃を受けた、今から捕らえに行く。暇な奴いたらよこしてくれ。」
『あら大変ねぇ。分かった、連絡してみるわね。』
一度大通りに出て様子を伺う。もう屋上にはいないらしい。
大通りを使って一気に近づき、ビルの前でバイクを止めた。
建設途中の雑居ビルだ。かなり大きなものになる予定だったらしいが、現在は工事は中断されている。
当然エレベーターの類は起動しておらず、階段が1つだけ。
ファイブセブンは階段を昇りながら、上着に隠してあったハンドガンを抜いた。
昼間なのに閉ざされた空間は暗い。
所々から入る日の光だけが唯一の光源だ。
10階に到達した時、気だるそうにゆっくりと降りてくる男と鉢合わせた。
「おぉ、追っかけてきたのかオメェ。殺り甲斐がありそうなガキだ。」
男は親しげに話し掛けてくるが躊躇はしない。
元より殺す気が無いのだから、躊躇などしないのだ。
素早く引き金を引き発砲。しかし先読みしたのか、弾丸は狙いを外された。
踊り場からフロアに逃げ込んだ狙撃手を追いかけるが、姿が見当たらない。
一瞬のうちに見失ってしまった。
「くそっ、早い!」
「ザシュー。」
妙な掛け声と共に、頭上から男が現れた。
視認するよりも速く前に転がって移動する。
転がりながら元の場所を見ると、男がナイフで先ほどの場所に斬りかかっていた。
「おぉ?よく避けたな。」
「おちょくりやがって。」
再び発砲しようと思い構えたその時。
左肩にナイフが突き刺さった。
一瞬の出来事に理解するのが遅れ、理解すると痛みがこみ上げる。
「ぐぅ!」
構えた右腕で発砲する。
男は笑いながら柱に身を隠してかわした。
(さっき避けた時に投げられていたのか!?くそっ、迂闊だ。)
ファイブセブンは後退しながら敵が隠れた柱に発砲。
男は出てこない。っと、柱の影から腕だけが出てナイフを飛ばしてきた。
それを避けると真後ろの柱に突き刺さる。見ると、ナイフには写真が刺さっていた。
「綺麗な女だなぁ、おい。オマエの玩具かい?」
写真に写っているのは、先ほどまで話していた少女。カナだ。
「コイツは無関係だ!」
「へへへ、粋がるなよ。返事次第じゃ八つ裂きにして街にばら撒いてもいいぜ?」
下卑た笑いが木霊する。ファイブセブンの怒りがこみ上げてくる。
「クソが・・・お前だけはここで!」
「テメェじゃできねーよ。」
柱の影から出てきたのは、男じゃなかった。
深緑色の円形の物体。一瞬でソレを理解したファイブセブンは大き目のコンクリートの柱に身を隠した。
爆音と同時に無数の破片が飛び散るのがわかった。
ハンドグレネードだ。
柱から身を乗り出した彼は舌打ちをする。一瞬でも目を離してしまった。
恐らく先ほどの位置にはいないだろう。今のグレネードは囮だ。
周囲を警戒しながら出来るだけ近くに遮蔽物が無い位置に立つ。
男は姿を見せない。いや、もしかしたらもういないかもしれない。
(逃げられ・・・た?)
数分ほど周囲の警戒をするが、物音一つしない。
階下の喧騒が音がかき消しているのもあるが、それにしても静か過ぎた。
彼は逃げられたと思い溜め息をつき、ホルスターに銃を収めた。
「馬鹿、なにしてんだ!」
「あっ?」
踊り場から罵声が響く。見ると、そこにはハンドガンを構えた青年がいた。
銃口はコチラに向いている。
しかしファイブセブンは、理由も聞かずに身を屈めた。
そうしなければいけないという勘が働いたのだ。
「うぉ?」
背後から間の抜けた声がする。
何か鋭いものが頭を掠めた気がした。直後、青年が発砲する。
狙いは自分のやや上だ。当然彼には当たらない。
狙っていたのは元から、彼の背後に迫っていた狙撃手だったのだ。
「うっひょー!」
狙撃手は必殺の一撃が避けられ、援軍の到着で分が悪いとみた。
一目散に後退し、ガラスがまだ取り付けられていない窓から飛び降りる。
・・・死にはしないだろう。何かしら手を打っているはずだ。
っと、足元・・・正確には1つか2つ下の階から足音がする。
下の階に飛び移っただけのようだが、追跡は無理だった。
ファイブセブンは階段から遠いし、青年は追いかけるそぶりを見せない。
退けただけでよしとしたのだろう。
再び戻ってこないと判断すると、青年はファイブセブンに駆け寄る。
「ボサっとするなよ。お前らしくない。」
「あぁ・・・悪いなグロック。助かった。」
ファイブセブンが立ち上がる。男が去った窓から下を覗いた。
遥か下で、黒いセダンが走り去るのが見えた。
「しかしなんだね、まだマフィアに狙われてるの?お前。」
グロックと呼ばれた青年が彼の隣から下を覗く。もう車は見えない。
「いや。今日はまた別口だ。モテる男は辛いね。」
冗談を言いながらその場を立ち去る。
それを後ろからグロックも追いかける。
「よく言うよ。」
彼もハンドガンを腰のホルスターにしまった。
自宅に到着したカナはすぐにパソコンを起動した。
正直、今日みんなで何を話していたのか、頭にはいっていなかった。
このディスクの中身だけで頭がいっぱいだったのだ。
友達には、悪いとは思っている。
(場所の特定が出来ればあとは簡単だ。まずは本社と同様にアタックをしかければ。)
読み込みはすぐに終わった。高性能なコンピューターを使っているのだ。
当然親が振り込んでいる貯金を使用して買ったものだ。バイトの経験は無い。
ディスクには1つのファイルがあった。クリックして開いてみる。
『どうもこんにちわー!』
「うひゃぁ!」
誰かに後ろから突然声を掛けられたかのように、唐突にそんな声がした。
驚きのあまり間抜けな声を上げたものだ。咳払いをひとつして、画面を見る。
そこには、画面中央にこの街の大まかな地図が表示されていた。
右下にはデフォルメされた小さな女の子が・・・恐らく特徴を見る限り昨日運転をしていた女の子が表示されていた。
タイミングを見計らったかのように、キャラクターがコミカルに動き出した。
『ビックリした?あまりに暇だったんでこんな作業までしたんだけど、気にしないでね。』
カナは呆然と画面を眺める。声はコンピューターからする。
声は本人のものだろう。もちろん録音されたものだ。
すると、画面の地図が一点に集中し拡大され、赤い印がついた。
左右の空いているスペースに写真が表示される。
それは見慣れない建物だ。何かの工場のようである。
『これは十四番地の精肉工場ね。先日本社に届けられた荷物の経路を辿ったらこの建物に行き着いたわ。中の構図を見る限りただの精肉工場。研究施設らしき設備は何処にもなかった。』
「え・・・?」
建物の内部の写真が現れては消えたりを繰り返す。
確かに、写真を見る限りそれらしきものはなかった。
『でも、気になることが1つあった。』
写真が一斉に消え、次に現れたのは円グラフだった。
『私が調べたある数値を簡単にグラフ化したものね。これ、何かわかる?』
円グラフは赤と青の2つに色分けされていた。
赤の方が全体の6割を占め、残りの青が4割。
しかしこれだけではわからない。
これまたタイミングよくキャラが話を続けた。
『それでは発表!じゃじゃーん。』
キャラが円グラフの上まで飛び上がり、何かを掴んで下まで落ちる。
その掴んだ一部分がめくられ、文字が表示された。
”電力の使用率”とそこには表示されていた。
『実はこれ、赤が”地下の電力”、青が”地上の電力”の使用率ね。
ここまで言えば、何を言いたいかわかるよね?』
「え、うそ・・・。」
それはあまりにも可笑しな話だ。
精肉工場に地下があってもそこまで不思議ではない。
何処に地下室があってもいいではないか。
しかし、メインである工場より地下のがエネルギーを使っているのはありえない。
工場というものはほぼ常に機械を動かしているものだ。
電力を使わないはずが無い。しかしそれを上回るというのだ。
これはつまり何を意味するのか。カナは理解した。
『これ以上は調べられなかったけど、何処かに地下に通じるものがあるはず。
恐らく研究所は地下。貴方が探しているものもそこね。』
キャラが腕組して考えるような仕草を見せる。
『というわけで、今日の授業はここまで。後は自分で頑張ってね。』
キャラがそういうと、音声は途切れた。
画面には工場の画像や地図上の場所などが記されている。
随分と手の込んだ説明だったが、とにかく助かった。
場所が特定でき、アクセスするコンピューターの位置もおおまか特定できた。
後は慎重に侵入するだけだ。
彼女は自作のソフトを起動し、キーボードを叩き始めた。
7月14日午前1時。
4つの影が息を潜ませながら周囲の様子を見ている。
周りに人はいない。真夜中だというのにここは明かりが常に付いており、白く清潔な雰囲気の廊下が四方に伸びている。
彼らからみて左の角から1人の研究員とおもわれる男が現れたが、彼らには気づいていないようだ。
その時。
突然、明かりが一斉に消えた。足元の非常灯が代わりに光りだす。
「停電だと?」
研究員が少々慌てたように虚空に向けて言った。
「合図だ。」
4人の内1人がそう告げると、彼らは一斉に飛び出す。
「ん、誰かいるのか。」
研究員の問いに答えず、彼らは研究員を、刺した。
彼は呆然とした表情のまま倒れていく。
「カインとシャルは研究室を。私たちは警備室を抑える。」
「了解。」
彼らは曲がり角で二手に分かれて走り出した。
指示を下していた男と、彼と一緒に警備室へ向かう男性が1人。
2人は警備員たちが待機している警備室へと到着した。
自動式のドアを緊急用に手動でも開けられるようにしていたのだろう。
ドアはゆっくりと上昇して開いていく。
ひと1人が通れるような隙間が出来ると、警備員が1人顔を出してきた。
警備員は薄暗い中、彼らの足が見えると上を向いて話し出した。
「なんだよ、誰かいるのか。早く発電室に行って──」
警備員が言い終わる前に携帯していたサブマシンガンの引き金を引いていた。
同時にハンドグレネードを中へと投げ込む。
中で動揺しているざわめきが聞こえたが、数秒後の破裂音と同時に彼らの声は呻き声に変わった。
ライトを付け隙間から中を覗き込む。
大して広い部屋ではなかったようだ。立っている者はいない。生きている者も、残り僅かの命だろう。
「ここはもういいだろう。発電室に行くぞ。」
2人が足早に別の道を進む。
その途中、無線から連絡が入った。
「こちらロバート。どうした。」
『カ、カインだ!大変だ、実験中のBOWが暴走している!救援を・・・うわぁ!』
相手はかなり動揺しているのだろう。それから返答は無いが、銃撃音と叫び声が混じった音が向こうから聞こえる。
「やばい・・・研究室に急ごう!」
彼がそういうと、2人は全速力で研究室へ向かう。
2人が研究室に到着し、半開きのドアから中の様子を伺う。
物音はしない。話し声もしない。
逆に不自然すぎるくらい静かだった。
無線からも何の応答は無い。既に逃げたのかもしれない。
2人はライトを付け周りを見渡した。
それは凄惨な光景だった。
部屋中血だらけで、赤く染まっていないところを探す方が難しい。
どこもかしこも血の海だった。
人間のものとおもわれる肉片が辺りに散らばっている。
「ひでぇ・・・コレが、BOWの力なのか。」
「そのようだ・・・とにかくカインとシャルを探そう。」
二手に分かれて部屋の探索を始める。
リーダーの男が足元をライトで照らしながら進むと、不意に前方から呻き声が聞こえた。
どうやら生き残りがいるらしい。見ると研究員の1人のようだ。
彼は声の主の傍で膝を付いた。
「まだ話せるか?」
「あ、あんたは・・・。」
研究員は口元から血が溢れていた。傷を負っているようだ。
「ここで何があった。」
助けるつもりはなかった。出来る限り情報が欲しかった。
単刀直入に研究員に問う。
「停電で・・・BOWを拘束していた機械が、止まってしまったんだ・・・。」
研究員が咳をすると、口から血反吐を吐き散らした。
長くは無い命なのは、男は一目見て分かっていた。
だから、無駄な時間を使うつもりは無かった。
「そいつの研究記録はあるか?」
「さぁな・・・この部屋にある、はずだが・・・それより早く助けてくれ。
足の感覚がないんだ・・・奴は今ここにはいない。医務室に・・・。」
「それは無理だ。」
男はハンドガンの抜き、研究員の額に銃口を向ける。
「な、何を・・・!」
「あんた助からねぇよ。だってよ・・・。」
引き金に力が込められていく。
「下半身、ないんだよ。」
研究員の額を鉛弾が貫通していった。
その様子を彼の背後から見ていたもう1人が声を掛けてきた。
「ロバート、そいつの言ってた記録書、これじゃないかな。」
そういって見せているのは血まみれのレポートのようだ。
完全に染み渡っているわけではないが、所々読めない。
「・・・作戦は失敗だな。カインとシャルの生死を確認したら脱出するぞ。」
「あ、あぁ。そうだな。・・・生きてるよ、な?」
「ここに死体は無かった・・・恐らく、逃げているんだろう。」
その時、遠くの方で銃声が聞こえた。
先ほど警備室の人間は全滅させた。残っているのは巡回中の警備員と──。
「行くぞ!」
2人が部屋から駆け出ていく。
次第にそこら中から悲鳴が聞こえてきた。
銃声が近づく。暗がりの角を曲がったところで、1人の男がサブマシンガンを連射していたのが見えた。
銃口から飛び出る火花により彼の周りは他より明るく照らされている。
そのおかげで連射している男の顔が分かった。
「カイン!無事か?」
「ロバート!ダメだ、こっちに──」
カインが彼らのほうを向いた刹那、その横から巨大な何かが飛び出し、彼に襲い掛かった。
「ぐぅぁぁ!くそ、くそ、離れ──ぁぁぁあぁぁああ!」
ロバートが銃口を向けるが、暗くて照準が合わない。
「くそ、カインに当たっちまう!」
「は、はなれ・・・ろ!逃げ・・・うぉぉぉ!」
カインが必死に叫ぶ。
ロバートは唇を噛み締め、カインと化け物に背を向けて走り出す。
直後に、爆破音が辺りに響きわたる。ハンドグレネードだ。
カインは自らを犠牲に、自爆したのだろう。
ロバートは立ち止まり、壁をおもいっきり殴りつける。
「・・・くそっ・・・ん?」
周りを見渡すと、もう1人の男がいない。いつのまにか逃げ出したらしい。
「ピート!どこだ、ピート!」
返事が無い。どうやら近くにはいないようだ。
無線をシャーリーとピーターに繋ぐ。
「こちらロバート。どちらでもいい、応答してくれ。」
間髪いれずに返答がある。女性の声だ。
『シャーリーです。作戦は失敗です・・・それより、カインさんが!』
「・・・カインは、もう・・・。」
『そ、そんな・・・。』
沈黙が流れる。しかし、悲しんでばかりではいられない。
「シャル、今何処にいる?合流後、脱出だ。ピートは近くいないか?」
『あ、いえ・・・そちらもはぐれてしまったんですか?』
「あぁ、そうなんだ。それで、現在地は?」
『えっとですね・・・医務室の前にいます。』
ロバートは現地調達したマップを確認する。距離にして100メートルほどだ。
「わかった、そこにいろ。すぐに向かう。」
彼は無線を切ると同時に駆け出す。
時間が惜しかった。BOWの危険が無くなったいま、残る危険は人間だ。
警備員たちは片付けたが、アンブレラの私兵部隊がいないともかぎらない。
奴らは訓練された兵士であって、一筋縄ではいかないだろう。
医務室の前の廊下につくと、そこにシャーリーの姿は無かった。
代わりに、まるで置き土産かのように血痕が数箇所に散っている。
もう少しよく周りを調べるが、他に銃痕などの戦闘をした跡が無い。
第一発砲音がしなかった。周りの悲鳴が騒がしかったとはいえ、聞き逃すような音ではないはずだ。
そこで違和感に気づいた。
周囲から響く悲鳴が、まだ、聞こえている?
耳を傾ける。それほど遠くからのものではない。
─化け物だ、逃げろ─
そう聞こえた時、ロバートは駆け出していた。
迂闊だった。あの程度で殺せるほどやわではなかったようだ。
もしくは、他の実験体が騒ぎで逃げ出した可能性もあるが、彼は何故だか、あの巨大な化け物が生きているのだと確信していた。
彼は知っていたのだ。ウィルスに汚染された生命体の頑丈さを。
それほど遠くにはいっていないはずだった。
その時、前方の角が一瞬光り、発砲音が響いてきた。
光りに向かって走り出す。音が徐々に近づく。
彼が曲がり角を曲がろうとした刹那、一際大きな叫び声がした。
ロバートはその場に踏みとどまる。
射撃音も声もしなく、静寂が満たされた。
息を呑むロバート。
すると、何か固いものと柔らかい物が同時に潰れるような音がし始めた。
相手がBOWなら、それが意味するのは、捕食。
血飛沫が彼の前を通っていく。
足元に丸いものが転がってきて、それが足にぶつかり止まる。
頭だ。間違いなく。しかしそれは誰なのか一目では判断できるものではなかった。
顔がグシャグシャなのだ。人体模型にトマトケチャップを塗りたくればこんな感じになるのだろうかと、呑気な事が頭をよぎった。
彼は今正常な判断が、思考が出来なくなっていた。
次に彼が取った行動は、あまりにも愚かな行為だった。
全速力で走り、出口を目指した。
足音に気づいた獣は、捕食を止め彼の後を追いかけてきた。
僅か数秒で追いつかれ、分厚い腕が彼の背中を押し、床に貼り付けにされる。
意味がわからない叫びを上げるロバート。
獣は容赦なく、片方の腕で肩甲骨の間を抉り、強引に引きちぎった。
声にならない叫びを上げ、目をひん剥いて背後を振り返る。
巨大な4足の獣。黒い影に、紅く不気味に光る瞳が六つ。
これで終わり。彼の思考がそこで止まった。