SecondDay
〜Umbrella〜
「カナ〜、いつもの服屋ひやかしにいこ〜!」
「大声でそういうこというなっての・・・。」
放課後、いつもの三人がカナの下に集まるが、彼女は首を横に振った。
「ごめんね、今日はよるとこがあるから・・・。」
「ん、買い物ならまた付き合うぞオネーサンたち。」
「カナちゃんのお買い物は見てて楽しいですし。」
エリーとテイアはノリノリだ。ミリアはいつも通り苦笑しながらもしっかりと付いてくる事だろう。
しかし、カナはこれをやはり断った。一人でいかなければならないところだし、外で待つことになるだろう。
大企業ゆえ、一般人は入れないようになっているらしい。
一時間ほど掛かる。運が悪いと二時間は待たせてしまう。
「今日は待たせちゃうからいいの。また明日誘ってくれると嬉しいな。」
その様子を見て、三人は諦めたらしい。
「仕方ないなあ。病院か何か?」
「うん、そんな所。だから今日はちょっと・・・ね。」
「そっか。じゃぁ、また明日誘うよ。あ、二人は先下駄箱行ってて〜。」
ミリアとティアは敬礼の真似事をして、そそくさと去っていった。
エリーだけが残り、カナに近寄って耳元で囁く。
「な、何かな?」
「医者の処方がなければもらえないっていっても、私はやめたほうがいいと思うぞ〜。よくわからないけど、やっぱり薬だし・・・。」
「・・・へ?何のこと言ってるの?」
「いや、言い難いけどアレでしょ・・・ほら・・・。」
コレこそ本人たちしか聞こえない声でエリーが囁いた。
「そんなわけないでしょー!!」
顔が真っ赤になったカナが大声で吠えた。
クラスにまだ残っていた何人かが、一斉に彼女に視線を向ける。
普段大人しい(はず)の女の子が突然大声を上げるのだ。
さぞかしビックリしただろう。視線に気づき、さらにカナが赤面する。
「ええ!だってカナって健康体そうだし、病院って・・・
あ、もしかして腰痛持ちとか?」
「た、ただの定期健診だよ。両親が心配性なの。」
もちろん嘘だ。多分。心配だからやってるという感じではない。
「ありゃ、そうだったか。そいつは失礼。な〜んだ残念。」
「何が残念なのかな・・・。」
「だってぇ、カナって結構もてそうだしさぁ。」
エリーは頭を掻き、冗談めかして謝っている。
「そんなことないよ。声かけられたことなんてないもの。」
「内気なだけじゃない?相手が。」
っと、エリーの目線はカナに向いていなかった。彼女の頭越しにクラスの男子に注がれていたが、カナは気づいていない。
「まぁ、そういうことならいいや。じゃぁ、またね〜。」
「もう・・・またね。」
『ハァ?そんなことないでしょ?』
インカムから聞こえた声はとぼけた返答だった。
「それは俺が言いたい台詞だ。見せてやりたいぞ・・・最新設備の事務室ってのはこんな禍々しい代物だってなぁ。」
彼は腕に取り付けたコンピューターに映るマップを見ながら言った。
彼は今、マップ上では事務室前にいる。
しかし彼の目の前に広がるのは、部屋の形は同じでも中身は別物。
培養液に浸された”何か”の肉片。
得体の知れない生物と思われる塊。
巨大な眼球が張り付いている右腕。
腹部と頭部を解剖された白い巨人。
全てが、彼の人生で初めて見るものの数々だった。
事務室とはとてもではないが思えない場所。
「雲行きが怪しくなってきた・・・最低報酬でいいからとっとと逃げたほうがよさそうだ。デリンジャー?」
『はいよ了解。資料室はその部屋を抜けて二つ目の角を・・・。』
「いや、配管を伝って行く。そっちの案内を頼む。」
インカムからの指示を遮って少年は告げるが、その先の返答は遅かった。
『そのマップは入手してないわ。残念だけど。どうする?』
「そうか・・・勘で行く。交信終了。」
彼はマイクを切ると、端のパイプを昇り天井のハッチを開け、なんとも身軽にその中に滑り込んだ。
「ゲスト番号03791天童=花菜です。天童=一枝の要望で来ました。」
マイクにそう告げると、何の返答もなくセキリテイドアが開いた。
全く味気のない歓迎だ。返事の一つくらいあってもいいものだといつも思う。
それなりに広いホールを横切り、待っていたのであろう女性スタッフが彼女を迎える。
「こんにちはカナさん。準備は大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません。」
女性は笑顔で頷くと、彼女を先導して歩いていく。
・・・作り笑いなのは見れば分かる。
ここの人たちは、感情と言うのがどこか欠落しているイメージがあった。
案内されるままにエレベーターに乗り、8階の一室に入った。
そこはX線や脳波を調べる機械、採決のための道具も揃っている。
ここに来ると毎回彼女は考える。
(まるでモルモットになったみたい・・・。)
いつも通り台座に座らせられ、これから小一時間ほど意味不明の検査が行われる。
女性スタッフが立ち去ろうとする時、思い出したようにカナが声を掛けた。
「天童=一枝さんに今から検査をすると、伝えといてください。」
スタッフは頷くだけで、立ち去った。
意思疎通は出来たらしいが、少々不安だ。まぁ一ヶ月分の食費くらい、銀行に常備されているので問題ないのだが。
そんなことを考えてると、担当の男が注射を取り出していた。
一言も発さずに、彼女の動脈に針を刺す。
(ああ・・・早く終わらないかなぁ。)
「おいおい・・・何の研究してんだこいつら。」
資料室でファイルを2つ目のファイルをバッグに仕舞っていた最中だ。
突然部屋のドアが開き、3人の男が入ってきた。
1人は壮年の研究員のようだ。残る2人はがたいがよく、警備員だろう。
運が悪く少年はドアの近くで物色しており、彼らが入ってくると同時に見つかってしまったようだ。
それよりも、内容に集中しすぎて足音に気づかなかったのが一番のミスだった。
「貴様何者だ!」
「くっそ・・・!」
二人がハンドガンを取り出すよりもさらに速く、少年はホルスターからハンドガンを抜き出し速射していた。
銃弾は警備員の両腕を撃ちぬき、行動を不能にする。
っと、ただの研究員だと甘く見ていた男が大型ハンドガンを抜き出しており、発砲された。
間一髪で横っ飛びで避けた少年は威嚇に2発撃つが、その時には既に研究員の男は部屋の外に行っていた。
「侵入者だ!警備員は至急資料室に急行しろ!」
そう叫ぶ声が近くで聞こえた。さきほどの研究員だろう。
「くそっ、万事休すか・・・!」
相手が増える前に少年は行動に出ることにした。
一気に部屋の外へ出て、目の前に止めてあったカートに隠れる。
研究員が少年に銃口を向けるが、その動きが止まった。
「”ソレ”から離れろ、小僧。」
「ハッ!こいつも新しい研究材料かい?」
歯軋りする音が聞こえた。どうやら的中らしい。
そうなると、彼の隠れているカートはそう簡単に撃てないはずだ。
「悪いなおっさん。邪魔したな。」
っと、研究員の目前に飛び出したのは筒状の小さな塊だった。
それが何かを理解するよりも一瞬早く答えは出た。
眩い閃光が周囲を照らす。中心にあるのはその筒だった。
スタングレネード(閃光手榴弾)である。
「ぐぅぅ、き、貴様ぁ!」
もろに直視していた研究員は悶え、地面に膝を付いた。
しばらく動くことは叶わないだろう。
その内に研究員の横をカートを全速力で押して通り過ぎていく。
後方で研究員が連絡を取っているようだが、もう無視だ。
「侵入者が逃走した!エレベーターを固めろ!
いいか、ガキが持っているカートは絶対撃つな!」
地上へのエレベーターまでのルートは覚えていた。
現在地から直進し、突き当りを右折。一本目の十字路を左折で到着だ。
直進していくと、目の前を2人の警備員が横切っていくが、こちらに気づいたようで引き返してきた。
「この間抜け!」
すぐに戻ってきたのが仇になり、警備員は全く身構えていなかった。
少年はカートを手放し、走りながら発砲。
1人の右腕を撃ちぬき、その間にカートを追い抜いて慌てるもう1人に跳び蹴りをかました。
続けざまに頬と顎の間を全力で殴りつけると、その場で昏倒する。
勢いで転がってきたカートを受け止めると、右に曲がり再び走る。
十字路に到着すると周囲を見回し左折。もう数10メートルでエレベーターだ。
「飛び出してきたら取り押さえろ。カートがある場合絶対に撃つなとの指示だ。」
警備隊長がエレベーター前に集まっていた警備員に指示を下した。
スタン警棒を持った者が5名、ハンドガンを構えた者が8名配備されている。
緊張が走る中、カートの音が聞こえてきた。
手配りで隊長が準備を促す。
カートより先に姿を出したのは、筒状の塊だった。
「スタンか!?」
隊長の声に、警備員が目を隠す。しかし、炸裂音と共に出たのは閃光ではなく白煙だった。
「ス、スモーク・・・煙に紛れる気か!?」
スタン警棒を持った隊員が配置に着く。カートが直後に到着し、5人が飛び掛る。
しかし、手応えがなかった。カートを隊員の1人が受け止める。それを凝視する警備員たち。
同時に、閃光が走った。カートに注目していた隊員は閃光を直に見てしまっていた。
発光源はカートからである。煙に紛れていたのは、少年ではなくカートに乗せていたスタングレネード。
振り返った無事な警備員2人が次に聞いたのは発砲音。
遅れて到着した少年が2人の両腕を撃ちぬき、エレベーターの開閉スイッチを押した。
「お勤めご苦労。」
少年はカートを押してエレベーターに入る。扉を閉めると、上へのスイッチを押した。
「久しぶりですね花菜。」
「お母さん・・・敬語はやめてって言ったよね?」
検査を終えたカナは母親と会い、そう挨拶した。
少し困ったようにカナの母─カズエが首を傾げると、封筒を一つ渡す。
「今月の分ですよ。それでは忙しいので、これで。」
「お母さん。」
立ち去ろうとする母親を呼び止める。
振り返った時の視線は、先ほどよりも冷たいものだった。
今日は気分が悪かった。折角のエリー達の誘いを断ることになったから、何でもいいから八つ当たりしたくなっていたのだ。
思わぬことを口走っていた。冷静な判断が出来なくなっていた。
「昨日の夜は大変だったでしょ?もうパスワードは変えたのかな。」
言ってから、しまったと思った。
犯人は自分ですと、そう言っている様なものだ。
だがどんな反応が返ってくるのか、少しだけ期待していた。
カズエの口元がやや吊り上った。
「そうね。次はもっと頑張りなさい。」
エレベーターに乗り込んだカナは扉が閉まると同時に、壁を殴りつけた。
ジンとした痛みが腕を走る。
「いったぁい・・・。」
殴りつけた拳を押さえる。慣れない事をするものではなかった。
「何なのあれ・・・とっくにバレてたなんて・・・!」
悔しかった。
これまで苦労した知識が全て無駄になったのだ。相手は自分より数枚上手だった。
自分がどれほどの苦労をしてきたことか。語りたいほどだ。
その苦労も、無駄になった。外からの侵入では限界だった。
残る手は、コンピューターにクラッキングを助けるソフトウェアをいれるなどしないとダメだ。
ソフトは持っている。しかし、肝心のコンピューターに近づけない。
お手上げだった。
「私じゃ・・・無理なのかなぁ・・・。」
その時。
エレベーターが突然停止した。
「えっ、何?」
パネルを押すが反応がない。緊急連絡用のボタンも無反応だ。
「こ、故障・・・?」
扉を開けようとするが、いかんせん人並み以下の運動神経である。
開くはずがなかった。
あがいたところでどうしようもないと思い、座り込む。
(今日は最悪・・・。)
その時、頭上で何かが降り立つ音がした。
屋上に到達していたエレベーターは武装した警備員に囲まれており、扉を破られた。
サブマシンガンを中に向ける警備員たち。しかし、中にはカートが1つあるだけで、他に何もなかった。
「誰もいません・・・。」
「上から逃げたのか・・・?」
その時、異変に気づいたのは数人。
6階で止まっていた隣のエレベーターが、急速降下しているのだ。
「隣のエレベーターがすごい勢いで下がってます!」
「なに!?くそ、急いでホールに向かうぞ!1階を固めるよう連絡を取れ!」
10人近くいた警備員が一斉に階段へと走り出す。
その内のリーダー格の男が、2人だけこの場に残らせ、彼も降りていった。
「動くな。」
突如頭上から現れたのは、黒帽子をかぶった金髪の青年だった。
歳の端はカナと同じくらいだ。カナは突然のことに固まってしまう。
「・・・研究員って感じじゃないな。何者だ?」
「研究員の・・・娘です。」
反射的にそう答えていた。
(って、思いっきり怪しい人!?何答えてるの私は・・・。)
しかし悔やんでも今更だ。相手も納得したらしい。
「そうか。じゃぁちょっと立ち上がってこっちきてくれ。」
相手は拳銃を持っていた。従うしかない。
カナは頷き、ハッチから覗き込む青年の真下まで来た。
どこかで見たことのある気がする顔だが、思い出せない。
青年は銃を仕舞い、手を差し伸べた。
「死にたくなかったら掴まれ。」
「・・・えっ?」
そんなこと言われたら掴まるしかない。
手を差し出すと、手首の辺りを掴んで引っ張りあげられた。
「いたた・・・。」
手首をなでる。全体重が一点に集中したのだ。腕が外れるかと思った。
「俺にしがみ付いてろよ。あと暴れるな。」
「えっ、う、うん・・・。」
そう平然と告げる青年を見て、カナはおずおずと落ち着かない。
今まで男性との交友がなかった人生だ。手をまともに握ったのだって保育園きり。
それをいきなり”しがみ付いてろ”とは。
「自殺志願中ならそのままで結構。」
青年は全く気にする様子はなくそんなことをいう。
しかたなくカナは正面から首に手を回し、彼に掴まった。
「放すなよ?」
そういって、青年はカナの腰に手を回し、その腕に握られていたスイッチを押す。
途端、間の抜けた爆発音が響いた。
一瞬足元のエレベーターが揺れた刹那。エレベーターが落ちていく。
エレベーターのブレーキ部分を破壊したのだ。
足場がなくなり、固まるカナ。
「お、お、落ち・・・!落ち・・・・・・・ない?」
しかし、何故か2人はその場で止まっていた。見ると、青年の右腕には大型の銃のような物からワイヤーが遥か頭上に伸びている。
「よし・・・行くぞ。」
気だるそうに青年が告げると、2人がその体制のまま上昇していった。
「わわ、わぁぁ・・・ひゃぁぁぁぁ!」
「・・・静かにしてくれ。俺に掴まってれば大丈夫だ。」
そのまま2人は屋上まで引っ張りあげられ、衝突寸前でワイヤーはブレーキをかけ止まった。
「次・・・少し揺れるぞ?」
「は、はは、はい。」
もう既に頭が混乱しているカナは震える声でそう答えた。
っと、もう一度青年は別のスイッチを押してそれを投げ捨てた。
すると、隣で停止していたエレベーターの方から爆発音が響き、先ほどと同様に落下していく。
衝撃で2人が揺さぶられる。カナは恐怖のあまり声を発することすらできない。
青年は頭上のパイプを掴むと、カナから手を放しそれを伝って開いている扉に進む。
「な、何が起きた!?」
中を覗き込んできた警備員を蹴り飛ばし、そのまま屋上に着地。
カナを振り落としてもう1人の警備員に近寄り、腹部を強打。
悶えた瞬間、ポケットに忍ばせていたハンカチを口に押し付けた。
刹那、警備員が倒れる。
蹴り飛ばしたほうの警備員が鼻を押さえながら立ち上がるが、肩に付いていた数本のナイフを投げ、腕と脚に突き刺した。
「うぁぁぁ!」
「黙れ、ばれるだろ。」
膝を付いた警備員の側頭部を蹴りつけ、気絶させた。
「さて・・・怪我ないかあんた。」
呆然としているカナを見ながら青年は言うが、反応がない。
首を傾げ、彼女に近寄ってもう一度。
「怪我はないか?」
「うひゃぁ!」
我に返った瞬間、カナはへんてこな叫びを上げて後ずさりした。
青年は再び首を傾げる。
「頭でも打ったか?」
「い、いえ、だいじょ、大丈夫、です!」
上手く舌が回らない。驚きの展開に頭が付いていけなかったのだ。
深呼吸を数度すると、カナが立ち上がった。
「ところであなたは・・・何しに来たの?」
「ちょっと調べ物、さ。無事ならそれでいい。じゃぁまたな。」
そういって屋上の端に歩いていくのを、カナが制した。
「待って!あなた・・・もしかしてここの研究を調べに?」
青年が驚く。カナを凝視していた。
「・・・まぁな。それがどうした。」
相手が誰なのかも、危険かどうかも確かめず、カナは彼に駆け寄った。
「お願い!私にもそれを見せて!」
「なっ・・・?」
青年は必死な彼女の形相に驚きを隠せなかった。
彼の直感が告げた。彼女は本気だ。
だが何故、こんなにも必死になる。
しかし、彼の考えが固まるほど時間は待ってくれなかった。
「こっちだ!叫び声が聞こえたぞ!」
「見ろ、ガキがいた!」
屋上の扉が開かれ、警備員たちが戻ってきた。
彼は舌打ちし、カナの手を引いて走り出す。
「しっかり掴まれぇ!」
「撃て、逃がすな!」
カナは言われたとおりに青年に掴まる。
背後で発砲音が響くと同時に、2人は屋上から飛び出していた。
「う──」
下を見たカナは顔が蒼ざめていくのがわかった。
ここはビル。地上15階の屋上。そこから、飛び降りたのだ。
「うそぉぉぉーーー!!」
対して青年は冷静に、背中から大型の銃の形をした物を取り出し、背後の壁に打ち込む。
銃口からは鉛球ではなく、先端に槍の穂先をつけた様な極太のワイヤーが飛び出し、コンクリートの壁に深くめり込み、返しが引っかかって速度が僅かに緩む。
しかし、2人はそのまま落下していく。
あと少しで地面に激突という時、真下に古そうなバンが止まった。
そこで青年はトリガーを引き、ブレーキが掛かる。
速度を緩めながらバンのルーフに・・・薄い膜を破って車内に突入した。
「ナイスタイミング!」
「馬鹿かあんたは!もう少しで新聞の一面物だったっての・・・その娘どうしたの?」
運転席の女の子──どう見ても”女の子”がアクセルを踏みしめながら言った。
運転免許を持っているのか甚だ疑問だが、カナは敢えてツッコまない。
というより、心臓が16ビートを奏でており、落ち着かせるので精一杯だった。
「あ〜・・・まぁ、色々あったんだ。とにかく予定の地点で予定通り散会だ。」
「あんたも隅に置けないねぇ。敵地に潜入しつつ女の子を手に入れるなんて。」
「ガキは黙ってろ。」
アクセルが一層強く踏まれ、急加速してカナは前面のクッションに頭をぶつけた。
青年はこともなげに手で揺さぶりを防ぎ、飄々としている。
「後で覚えてなさい。」
「ドーモスイマセン。」
半壊したエレベーターから白銀のカートが、形状を変えて運び出された。
それを忌々しげに見つめる研究員。先ほどスタングレネードをくらった壮年の男だ。
「くそっ、中身が使い物にならなくなったらどうするんだ・・・!」
それに応える者はいない。今の彼にはどんな言葉も怒りを促すだけだ。
「開けろ。慎重にな。」
彼の指示でカートから大きなコンテナが出され、蓋を2人係りで慎重に持ち上げた。
研究員の男がいの一番に覗き込む。
「中身は無事か・・・コンテナが頑丈でなによ・・・り・・・?」
細部まで覗き込み、そこにはあるべきものがなかった。
確かに中身は破損していない。しかし、入っているのはサンプルが1つとサンプルに関する書類。だがこれだけでは足りない。
移植前のサンプルがなくなっているのだ。最も重要と思われるものだ。
「やられたっ!あのクソガキがぁ!」
「実さん、落ち着いて。今追っ手を手配したわ。」
そう声を掛けたのは、カナの母親だった。
「一枝か・・・奴は手強いぞ。生半可な腕のヤツじゃないだろうな?」
「えぇ、抜かりないわ。本部より直々のお墨付きらしいわ。」
「そうか、なら結構だ。」
男は最後にもう一度、コンテナの中を覗き、舌打ちを漏らした。
明かりを灯す。2人が入った部屋は、まだ明るいのにカーテンを全て閉めており、薄暗く空気が篭っていた。
「夜までここで待機だ。とりあえずそこに座れ。」
彼は指を軽く刺し奥のほうへ進んでいく。彼が指差した先にイスはない。
カナはおずおずと、指差したのであろうベッドの隅に腰掛けた。
奥から戻ってきた青年はイスを持ってきて、彼女の前に置いて座った。
「・・・っで、ワケを聞かせてもらおうか。」
カナが頷く。ここに来るまでに言われたことを思い出す。
「これから俺のアジトの1つに行く。そこで色々とお前に聞きたい。」
「わ、私に?」
青年が頷く。何を、と言いそうになってカナは理解した。
「研究を知りたい、理由?」
彼が頷いた。当たっていたらしい。
そして現在に至る。
「特に・・・どうってことないの。両親があそこで・・・アンブレラ製薬で働いてて、私のことを放って置くほどのことしてると思って、知りたくなったの・・・。」
「それだけか?」
青年の問いかけにカナは頷くしかできなかった。
会話はそれだけ。ずっとカナを見つめる青年は動かない。
どのくらい黙っていただろう。10分ほどして、青年が口を開いた。
「やめだやめだ。」
「・・・えっ?」
突然そんなことを言って、青年が立ち上がる。
「考えるのは俺の仕事じゃねーや。勘を信じよう。」
「どういう・・・こと?」
青年は帽子を取った。と、同時に金髪も一緒に取れた。
「か、かつら・・・!?」
「馬鹿、しっかり髪の毛あるだろう。人をハゲみたいに言うな。」
金髪の下から出てきたのは黒髪。金髪は帽子についている物の様だ。
顔はよく見えなかったから気づかなかったが、アジア系の顔立ちだ。
「あなた・・・アジアの方の人?」
「さぁな。知らんよ。それより教えてやるよ、両親の研究をな。」
「ほ、ほんと!?」
カナが立ち上がる。
落ち着くようにジャスチャーする青年。それに彼女は従った。
「スパイかなんかじゃないかって思ってたが、違うと信じよう。」
「す、スパイって・・・違いますよ。それより本当にいいんですか?」
「あぁ、かまわん。ただし。」
青年は人差し指を立てて、カナの鼻頭を突いた。
「・・・後戻りできない話しだ。後悔したくないなら聞かない方がいい。」
これは間違いなく、脅しだった。
嫌な意味ではない。純粋に気遣ってのためだが・・・。
しかし、カナはこれまでしてきた行為は後戻りの出来ない犯罪まがいのことだ。
それに決心は当の昔に出来ていた。
「大丈夫・・・どんなことでも、覚悟は出来てます。」
そう聞いて、ファイブセブンは呆れて溜め息をついた。
「・・・わざわざこんなことに首突っ込みたがるなんて、クレイジーなネーチャンだ。」
「わ、私はそんな危ない人じゃないですよ!」
「同じだよ。さて・・・順を追って説明しようか。時間はたっぷりある。
まず自己紹介しようか。俺はファイブセブン。仕事は・・・なんでも屋ってとこだ。」
ファイブセブンはそういいながら、右腕を差し伸べた。
カナはその腕を見て、どうしようか悩んでいる様子だ。
先ほどは不本意とはいえ気にせず手を握ったり抱きついたりしたが、改めてされると困る。
「天童・・・花菜です。サン・フォレストハイスクール・・・二年生。」
おずおずと手を握り返すカナ。
ちなみに外国では体接触など当然のことだが、日本育ちのカナとしては、わかってはいても緊張せざるおえない。育ちの違いのせいだ。
それを見て悪戯心がわいたファイブセブンは、自己紹介の話題を続けることにした。
「そうか、テンドーか。俺は趣味は音楽鑑賞。身長176センチ、体重68キロ。」
「しゅ、趣味は読書・・・身長161センチ、体重44キロ・・・。」
(・・・ちゃんと答える辺り、握ってる手が気になってしかたがないんだな。)
心の中で笑うと、ファイブセブンはさらに仕掛ける。
ちなみに手は未だに握ったままだ。いい加減おかしいのに気づいてもいいものだ。
「ちなみにスリーサイズは図ったことない。お前は?」
「私は上から・・・はっ?」
慌てた様子でカナは手を振りほどき、ファイブセブンを睨む。
「ちょっ、何言わせようとしてるんですか!」
「ハッハッハ!ボケーっとしてる方が悪いんだよ。」
「お、オヤジですね・・・精神年齢高いんじゃないですか?」
「そりゃ結構。さて、話を戻そうか。」
カナは納得いかないような感じで睨むが、不思議と肩の力が抜けていた。
もしかしたらそのためにやっていたのかもしれないな、とカナは考えた。
ちなみに事実はそんなことなく、単純に悪ふざけしていただけだ。
彼女がソレを知ることはなかった。
「俺は仕事の依頼であそこの研究内容を盗みに入ったんだがね、調べた情報がちょっととんでもない代物で、集中して見てたら警備員にバレて、逃走中にあんたと出くわしたってわけだ。ここまでに質問は?」
「結局研究内容は持ち出せなかったの?」
そう聞くと、彼はバッグからいくつかのファイルを取り出した。
「見ての通りだ。で、これがあんたの欲しくてたまらん内容だ。」
そういってカナに奪取した2つのファイルを渡した。
「いいか・・・それを知ったら後戻りできないぞ。」
カナは頷いて、ファイルを開いた。
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研究対象CB1−0167の経過記録
記録日時:1999年4月7日
記録者:キース=ハミルトン
CB−0167(以下0167)の試験型がようやく安定してきたので、
本日より薬物投与による抵抗。及び戦闘能力の測定を実地。
薬物投与による実験では毒性に強く、大抵の毒を体内で中和できることがわかった。
しかし太陽光を浴びると活動を停止してしまうので、日中は使用できない。
だが、高い学習能力が確保できているため、一度他の0167に太陽光を浴びて
水分が急速に無くなっていく光景を見せると、そいつは実験場に配置した影に身を隠した。
外で使用した場合、これにより自らの意思で日の光から逃げることができるだろう。
MA−121との実験では初戦は負けるが、次以降MA−121が近づく前に
MA−121の腕を0167の長い腕が押さえ、足を使って引き千切っていた。
2つの結果から、0167は高い知能を有し、学習が一度で出来ることがわかった。
まだ研究段階だが、MA−121に続く主力製品になるのは固いだろう。
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そのファイルから1枚の写真が落ちた。
拾って見ると、そこには腕が地面にまで達し、ボール状の頭部の巨人が写されていた。
首が無く、体から頭が生えてきたような風貌だ。目のような物が四つある。
気味が悪かった。この世の生物とは思えない。
だが・・・それは、元が人間なのではないかと錯覚を覚える姿だった。
震える手で2つ目のファイルを開いた。
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Gの投与及び経過記録
記録日時:1999年6月30日〜7月6日
記録者:天童=実
本部より交渉の末入手したG−ウィルスを健康な成人男性に投与。
情報通り投与した部位に巨大な眼球が現れ、形状を変化。
第一形態となる。そのまま数日放置するが、変化が見られず。
そのままMA−121と戦闘を実行。深手を負うが5匹を全滅させた。
その1時間後、形状の変化が起きる。
眼球が他の部位にも現れ、元の人間の面影が消滅寸前になった。
第二形態へと姿を変えた。
同日、もう一度MA−121と戦闘をするが今度は相手にならず、
かすり傷ほどの負傷で全滅させてしまう。形状の変化は起きず。
次にドームの天井より狙撃を行い重症を負わせる。
すると、数10分すると形状が変化。元の面影は完全に消え、
異形のものへと姿を変えた。二足歩行から、四足・・・
いや、六足歩行へとなったようだ。腹部の辺りから足が二本生え、
背中からさらに鉤爪のような長い腕が生えてきた。まるで獣だ。
第三形態であろう。
するとどうしたことか。壁に張り付き、昇っていくではないか。
天井に張り付くと、先ほど狙撃したポイントを引っ掻きまわした。
敵がどこにいるのか理解しており、それに合わせて変化したというのか。
私はさらに実験を続けたかったが、他の研究員が危険だと促し、
しかたなくランチャーにより完全に息の根を止めた。
しかしGはやはり興味深く、これ以降も何度か実験を試みるつもりだ。
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「なに・・・コレ・・・。」
カナはその内容が信じられなかった。いや、信じたくなかった。
確かにそこには、父親の名が記されていた。
このわけがわからない人体実験に関わっているのは確実だ。
これは明らかに、国の為の大事な実験ではない。
いや、そうなのかもしれない。しかし自分よりこんなものを優先されていたことに、腹が立つ前に悲しかった。泣きたくなった。
「・・・言ったろ、後悔するってよ。」
ファイブセブンはいつのまにか作っていたコーヒーを手渡し、ファイルをもらう。
アタッシュケースに入れ替えると、ベッドの上に放り投げた。
「・・・受け渡しまで後4時間ある・・・ゆっくりしてけ。」
カナは頷くと、無言のままコーヒーをすすりだす。
彼女の頬を伝う涙を、ファイブセブンはあえて見ぬ振りをした。
知らなければ良かったことを知ろうとした報いだ。
後は、彼女自身の問題なのだ。自分が手助けする必要は無い。
夜が更けていく。今夜は綺麗な満月の夜だった。
「アンタが今回の主人かい?」
「そういうことになるわね。」
ヘリの音が五月蝿く響く中、カズエは1人の傭兵を迎えていた。
だらけた服装に身を包んだその男は、一見一般人に見えなくも無いが、彼の眼差しには狂気しか映っていない。
「早速仕事よ。この男を──」
っと、監視カメラに捉えた青年の写真を突き出すと、それを見ずに傭兵はカズエに近寄る。
「良い女だなぁ。どうだ今夜俺に・・・。」
口元が吊り上る。その笑みは相手に恐怖心を与えるものだ。
「切り刻まれてみねぇか?」
警備員が構えるがしかし、カズエは臆さずに自らの髪を軽く払った。
「遠慮しとくわ。傷つけられるより傷つける方が趣味だもの。」
その台詞を聞いた傭兵は、高笑いを上げる。
「最高だぁアンタ!ますます気に入った。いいぜ、アンタなら依頼を受けてやるよ。」
「それは良い返事ね。早速だけど、こいつを早急に抹殺して頂戴。
あぁ、必ずアジトの場所を聞き出し、死体を渡してね。色々調べたいから。」
「アンタも悪趣味だな。そういうコレクターか?」
「似たようなものね。」
傭兵は写真を受け取る。
青年には興味が無いようだ。楽勝だといわんばかりの表情だ。
「そうそう、あなたの名前、聞かせて頂戴。」
「ジャック・・・”ジャック=ザ=リッパー”ってんだ。」
「あと30分したら家を出る。ついて・・・くるか?」
「うん・・・。」
落ち着きを取り戻したカナだが、口数は少ない。
まだ完全に振り切ったわけではないようだ。まぁ、一朝一夕でどうにかなる問題ではないだろう。
ファイブセブンも、やっかいな依頼を受けてしまったと思っている。
あぁいう裏の事に首を突っ込むと、命を狙われることになるからだ。
以前マフィアの取引に噛んだ時は死を覚悟したものだ。
運よく助かったものの、今でも堂々と大通りを歩くのは度胸がいる。
カナも・・・命を狙われるのだろうか。
自分には関係ないと言い聞かせる。
偶然出逢った女の子が親の秘密を知りたがり、教えた結果殺されようと、自分には関係の無いことだ。そう、関係ないのだ。
無駄な詮索は命取りになる。
そうだ、何度も見てきたではないか。助けようとしても・・・零れ落ちるのが命だ。
どんなに頑張っても救えないものがあるのだと嫌と言うほど体感してきた。
だからファイブセブンは慰めの言葉は言わない。
感情移入してしまうからだ。
(あぁ、この娘がもっと嫌なヤツなら、簡単に割り切れるのに。)
目の前の女の子は、普通の女の子だった。
悩みなんて友達関係や進路くらいしかないだろう普通の娘。
だからこそ、見殺しにはしたくなかった。
もう少し普通に生きていく道もあっただろうから。
自分のような者を、これ以上増やしたくなかった。
「私ね。」
っと、その時カナが口を開いた。
ファイブセブンは彼女の方を向く。返事はしない。
「お父さんやお母さんがとっても大事な仕事してたら、許そうと思ってたの。」
彼は口を挟もうとしない。挟むべきではないと思ったからだ。
「どこか期待してたんだ。自分の娘より大事な仕事なんだから、知れば誇りに思えるんじゃないかって。期待してたの。」
膝を抱えて座る少女の肩が震えている。
泣いている・・・しかし、口からは枯れた笑い声が漏れていた。
「笑っちゃうよね。やってたのは人体実験だってさ。
人殺しが娘より大事なんだってさ。」
何も言わない。彼女がとても哀れに見えた。
だが、彼に掛けられる言葉は持ち合わせていない。
今何を言っても、嫌味にしか聞こえないだろう。
「ほら、おかしいでしょ?無様でしょ?笑いなよ?」
顔を上げたカナの目からは止め処なく涙が流れていた。
ファイブセブンは直視するのが辛く、顔を背けた。
「笑ってよ・・・笑ってよぉ・・・。」
ファイブセブンは溜め息を漏らし、呟いた。
「笑えねーよ。」
カナは返事をしない。彼はそのまま続けた。
「・・・お前はこれからどうするんだ。」
返事は無い。期待していない。
「時間だ・・・。」
2人は七番地の唯一の公園に辿りついていた。
涙こそしていないが、2人に会話は無い。重い空気が離れない。
(やっかいな拾い物したなぁ・・・。)
取引相手が到着するまで残り5分の予定だ。
「お前、いつまでそうしてるんだ?」
「・・・ほっといて、関係ないじゃないですか。」
大人しいだけの女の子だと思っていたが、そうでもないらしいと彼は思った。
感情が昂っているのかもしれない。まぁ、しかたないだろう。
「ずっとそうしてるのは勝手だがなぁ、そんなんじゃ何も変わらな──」
「わかってる・・・。だから、次どうしようか考えてるの。」
彼の言葉を遮るようにカナが言った。
その返答に、彼は呆気に取られた。先ほどから泣いているだけだと思ったからだ。
「・・・なんだ、ちゃんと考えてるんじゃねーか。」
「だからほっといてって言ったのに・・・。」
「あ〜・・・お話中いいかな?」
っと、聞きなれぬ声が2人に投げかけられた。
2人は同時に声がした方に振り向く。そこには20後半と思われる男性がいた。
ファイブセブンは目つきが変わり、相手に一歩近づく。
「あんたが依頼人か?」
「あぁ、よかった合ってたか。てっきりただのカップルかと思ったよ。」
「「なっ・・・!」」
驚いたような声を上げ、2人が顔を見合わせる。
男はそんな2人を見て笑い出した。
「いや、もっと屈強なスーツ姿の奴がくると思っててな。失礼した。」
「よく喋るやつだな、ったくよ・・・。ほら、こいつでいいだろ。」
ファイブセブンはアタッシュケースを手渡す。
男は受け取り中身を確認する。2つのファイルに目を通している。
っと、ポケットに手を入れたファイブセブンの指先に何かが当たる。
取り出してみると、それはチップのような物だった。
「あ、忘れてた。おいあんた、一応コレもだ。」
「ん?」
投げ渡すと、男が受け取る。
「なんだこれは?」
「さーな。今日あそこに届いたばかりのなんかだ。詳細は忙しくて見れなかった。」
これは、エレベーターにカートと一緒に逃げ込んだ時、中のコンテナから取り出した物だ。
書類もあったが時間がなく、持ち出せなかった。コンテナを開けるのに時間が掛かったからだ。
「第3研究所から届けられたヤツ・・・だと思う。」
「へ?」
カナがそういうと、ファイブセブンは驚いたように彼女を見た。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「昨日、覗いたんです。メールフォルダにそういう内容の文章があったけど・・・。」
「どこでそんなの見たんだよ?メールなんて会社の人間じゃないと・・・。」
「クラッキングかな?」
口を挟んだのは依頼人の男だった。
カナが頷く。
「クラ・・・何だって?」
ファイブセブンは何のことだか分からず、首を傾げる。
「クラッキング。ハッキングって言えば聞いたことくらいないかな?
本当は意味が違うんだけど、そっちのが聞き覚えあると思います。」
「あぁ、それなら・・・。え、何それ、そんなこと出来るのかお前?」
「・・・結局研究内容は調べられなかったんだけどね。」
ファイブセブンは唖然とした。
彼はコンピューターに弱く、それを見事に扱える人物が奇人にでも見えるのだろう。
それ以前に、そういう危ない橋を渡る人間に見えなかったからだ。
男は手渡された物を全てアタッシュケースに戻した。
代わりに、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
「失礼。」
そういうと、電話を掛け始める。
「依頼の品を受け取った、良い情報だ。例の口座に200万振り込んでくれ。」
それだけ言うと電話を切る。
「金は今から振り込む。何か質問はあるかな?」
ファイブセブンはやや考えた後、首を横に振った。
「そうか。それではこれで失礼するよ。縁があればまた。」
男が去っていく。その後姿を見送ると、ファイブセブンが近くのベンチに座りだす。
「200か・・・苦労した割にはまぁまぁだったな。」
「な、何が。大金じゃないですか!」
「まー、金銭感覚が違うんだよ。それより、お前は家帰るか?」
「えっ・・・うん。そのつもりですけど。ここからだと一時間くらいかな。」
「なら送ってく。一度さっきの家まで戻るぞ。」
先ほどのアジトまで半分というところで、やや歩を早めてカナはファイブセブンの横に並んだ。
何か用があるのかと思い、ファイブセブンが彼女に振り向いた。
「1つ聞いてもいいですか?」
「あぁ、スリーサイズでよければな。」
「真面目に。」
そういうカナの瞳は力がみなぎっているようだった。
どうやら本当に真剣な話らしく、吹っ切りもついたらしい。
根が強い娘なんだと彼は感じた。
「オーライ。それでなんだ?」
「依頼って、あのくらいお金出さなきゃ受けてもらえないんですか?」
そう聞いて、ファイブセブンの顔が引きつった。
さすがに馬鹿ではない。何を言おうとしているのかぐらいわかる。
「人殺しは受けないぞ、俺は。」
「そ、そんな野蛮なことしませんよ!」
「・・・依頼料は受注者の気分次第だ。厳密に決まってない。
買い物とタクシーくらいなら10ドルで受けてやるよ。」
「じゃぁ・・・潜入なら、どのくらい?」
ファイブセブンが溜め息を漏らした。
またあそこに入ると思うと気が滅入る。結構な警備だったからだ。
それに一度潜入(はい)った場所にもう一度となると、かなり厳しい。
正直嫌な話しだ。
「もうあそこは勘弁してもらいたい。今日見つかったから警備も強化されるだろう。
悪いけど・・・俺はそいつは受けられない。」
「じゃぁ、調査だったらどうですか?別の場所の。」
「彼氏の家か?」
「・・・いません。第3研究所って所のです。」
「さっき言ってた荷物を送ったところか。
時間掛かってもいいなら、暇な時にタダでやってやるよ。」
「ほ、ホントですか!?」
カナは驚き声を上げる。
ファイブセブンは口元に人差し指を当てた。現在夜の11時半。
「あぁ、依頼がなければ明日にでも調べてやるよ。しかしそれからが問題だ。」
「それから?」
ファイブセブンが止まり、僅かに遅れてカナが止まった。
カナが彼のほうを振り返る。
「調べて、お前は何をする気だ?」
彼は真剣に言った。
もし彼女が危険なことをするのなら、断るつもりだった。
しかし、
「自家製のコンピューターウィルスを送ってあげちゃいます。」
「・・・はっ?」
カナは笑顔でそれに答えた。
「多分、今日潜入した所がこの街の本社だと思うんですよ。だから支社なら少しはクラッキングしやすいかなって。もし出来たら研究内容複製してから、ウィルスで今までの努力全部消して嫌がらせします。」
「・・・やっぱお前クレイジーだわ。最悪だ。・・・面白そうだがな。」
「今回は褒め言葉で受け取りますよ。」
2人が再び歩き出す。もうすぐアジトだ。
「っで、複製したデータはどうするんだ?」
「まだ考えてないんですよね。後日、本社に送り返すか、さっきの人達に売っちゃうか。あ、警察に提出っていうのも面白そうですよね。」
「あぁ〜、最後のはやめとけ。あぁいう組織は賄賂渡してるもんだ。
売りつけるのがオススメだな、金になるのは嬉しいからな。」
「そうですねぇ。あ、でも私あの人の連絡先知らない・・・。」
「それもいつか調べてやるよ、上手くいったらな。」
どうやら命の危険が及ぶほどのことはしないらしい。
両親が研究員なのだから、実験台にされることはないだろう。
最悪、豚箱暮らしになるかも知れないが、まぁ余裕が出来たら釈放してやろう。
そうファイブセブンは安心して、2人はアジトに到着した。
「ここで待ってろ、今バイク持って来る。」
「あ、はい。」
裏の方にファイブセブンが行くと、カナは壁に寄りかかった。
夜空を見上げる。星の綺麗な空だ。
今日は色々とあった。
正直両親の研究は驚いた。悲しかった。
でも、いつまでもクヨクヨしてられない。
一度でいい。目に物みせてやりたくなった。
どんな手段でも、構わなかった。
ただ自分に出来るのはいま言った手段だけだ。他に何も無い。
しかしある意味最も悪質な復讐なのだろう。
その代わり研究も悪質なものだからいいだろうとカナは思った。
「空を見るのは好きか?」
突然隣からそんな声がして、驚いてしまった。
声の主は当然ファイブセブンだ。
「おいおい、そんな驚くなよ。」
「ご、ごめんなさい。ボーっとしちゃって。」
傍らには大きなバイクが停まっていた。全く気づかなかったようだ。
「お前の計画、成功したら祝いに星空がよく見えるところ教えてやるよ。」
「えっ・・・。」
「何だよ、悪いが俺じゃそれが精一杯だ。あ、ブランドもん買えとか勘弁な。」
「う、ううん。そ、それでいい!」
カナは首を激しく横に振った。
星空を見るのは好きだった。とても嬉しい話だ。
しかし、それはつまり・・・。
(デート・・・っていうよね、多分。)
そう考えると顔が赤くなる。
夜風のおかげですぐに熱が冷めるのは嬉しい。
「さっ、行くぞ。いい加減眠い。」
「あっ、はい。」
2人はバイクに(ヘルメットなしで)乗り、夜の街を駆け抜けた。
15分ほどでカナの自宅に着き、カナはそこで降りる。
「それじゃ、また連絡するからな。」
「わかりました。え〜と・・・。」
「ファイブセブン。せめて覚えておいてくれ。」
カナは苦笑して、ファイブセブンは溜め息をついた。
「ありがとうございます、ファイブさん。」
「ん。」
感謝の言葉を言われ、彼は短く返事するとバイクのエンジンを掛けた。
人に感謝されるのは苦手だった。恥ずかしくなる。
眠いことも相まって、すぐにその場を去っていく。
残されたカナは、後姿を見送ると家に戻り、明かりを点けずに寝室に向かい、ベッドの上に倒れこんだ。
「私も・・・眠い・・・。」
そのまま深い眠りについていく。
今日は色々と疲れることがあった反動だ。
カナの長い一日が、ようやく終わりを告げた。
一方その頃。
監視カメラに映っていたファイブセブンの映像を傭兵─ジャックが見ていた。
エレベーター内のカメラの映像を見ている時。
近くの警備員を呼んで映像を指差した。
「このガキは何だ?怪しいじゃねぇか。」
映像を見た警備員は見た瞬間に誰か理解できた。
「天童御夫妻の娘さんだそうです。定期的に顔を出してます。」
それだけ答えて彼は仕事に戻った。
カメラに映っているのはカナだった。
それを見て何を思いついたのか、ジャックは薄ら笑いを浮かべた。