【第4話】
ここは潜水艦ノース・ウエスト号。
全長46.3メートル、乗組員78名、最大時速は45ノットを誇る、我が組織の総力を注ぎ込んだ夢の戦艦だ。
現在、この戦艦は我が隊の隊長クレイド・パーカーの指揮で動いている。
・・・正直、私は彼を好んではいないのだが、組織の中枢<アクシズ>の命令に逆らう訳にはいかない。
おのれ・・・組織の連中は私を形(なり)だけで判断しおって!私の本当の力ならばパーカーなど取るにも足りないというのに・・・。
・・・失敬。取り乱してしまった。だが、部隊を束ねる類希なる私の才能は、別部隊の隊長アルバート・ウェスカーと肩を並べると言われた程だ。
・・・私の名は「D.I.J.」。これは私が綴る一大叙事詩の、ほんの一部である。
・・・くどいかも知れないが、私は偉大なる存在だ。
ここで語られるのは、そんな私が綴る 歴史の中の、プロセスチーズにも満たないほんの一欠片である。
〜H.C.F.隊員の日記〜
1999年1月15日
世間は南極爆発事件の話ですっかり持ちきりになっている。
実を言うと、私はその真相を知る 「1人」である。 ニューヨークは海底遺跡と化し、ネーデルラントは巨大な湖となった。
そういえば、今頃彼女はどうしているのだろう。彼女の誇りであろう兄と、平穏に暮らしているのだろうか。
思えば、彼女―赤い服の女との最初の出会いはアルフレッドとの戦いの最中であった。
閉じかけたシャッターの隙間に飛び込もうとした時、彼女と目が合ったのだ。
私は彼女に尽力した。だが、彼女はあの男の罠に掛かってしまったのだった。
私はチキンではない!・・・ただ、器が浅かっただけなのだ。
だが、彼女の勇気は賞賛に値する。そう、悪しき目論見に敢然と立ち塞がる、兄譲りの闘志に。
1999年1月20日
この訓練施設の食事はどうなっているのか。
私に与えられた昼食は、味の薄いクッキー4枚ときた。
これが、反アンブレラ組織の、部下に対する振る舞いだとでもいうのか。怪しからん。
私は、世界中の肥えた舌を持つ者が、その名を連ねるチーズ銀行の資産の6%を保有する程のグルメなのだ!
・・・まぁ、今となっては深淵に眠る追憶ではあるのだが。
1999年1月24日
今日は雨の中の射撃訓練が行われた。
・・・遠い未来で、この日記を読む諸君は何を期待しているのだろうか?私は特別諜報構成員として抜擢されたのだ。
(今はまだ訓練生の身であるのだが。)
私に武装などは無用だ。訓練も 特別に免除されたのだ。
・・・銃が使えないのではない! ・・・必要が無いのだ。
降りしきる冬の雨は諦めが悪い。まるで尋問を受けているようだ。
・・・そう。喉の奥の奥。或いはニューロンを駆け巡る、眠れる強迫観念。
その中枢に雨音は 響き、何時しか、永久の罪人アトラスに支えられる世界の全ては、サブリミナルに魅せられ、隠蔽していた罪状を洗いざらい外へと吐き出してしまう。
崩壊のリズムは、生物を死へ誘うのだという。ヒッチコックの、有名な殺害シーンなどがそうだ。
・・・後はどうだろう?
「暗い日曜日」も、その類だ。旋律が折り重なり、決して奏者に休符を与えないその破滅のメロディが、生命にタナトスの快楽を教授するのだ。
それならば、雨音も例外ではなかろう。
絶えることなく奏で続けられる波及の旋律は、ネガティブなイメージとして心のネガに焼き付けられ、生きる心のある全てを不快にさせる。
それは、やはり死の感覚に近いのだ。
そしてそのことに、愚かな人類は気付いていないのだ。
そう。人類だけは・・・。
1999年2月1日
構成員養成カリキュラムの改定もあり、年に1度の身体測定も例年より遅くなってしまったらしい。
度重なるハードな訓練にストレスを抱えた若人たちが、歯痒さと苛立ちとが入り混じった雰囲気を漂わせながら行列を成していた。
私は、特別訓練生として行列を免れた。
身長は鈍い光沢が心地良いノギスで、体重は肉の重量を測る電子計量計を使用した。
私への、僅かながらの配慮であった。
体長は0.162m、体重0.314kg。身長は以前と大差無いが、やや太ったようである。
なお、座高・視力については測定不可と判断された。
今日の食事もまた実に貧相だった。これではまるでハムスター扱いだ。
思い出す。豊潤な北の大地の恵みを。一身に受けて育てられたデュラムセモリナ。
平たいパスタがカルボナーラソースと実に良く絡むのだ。
・・・あの味が懐かしい。
しかし、ここでの日々はそれを掻き消し、記憶を薄れさせるのだ。
年 月 日
お前が幾ら人様のサルマネをしようと俺らに敵わんさ!!
誰だ!私の日記にこんな落書きをしたのは!
まぁ、所詮このような文句は、さぞかし能力に乏しいC級訓練生の、私に対しての嫉妬であろう。
1999年3月11日
暫く日記を書くのが億劫になっていたようだ。ハードな訓練の後では流石にペンを取る気力も失せてしまう。
明日こそは、しっかりと書くようにしよう。
1999年3月12日
明日はぁあじっせんてすとだ
はや く
ねな いと
1999年3月14日
昨日が現地宿泊となったのは予想外だった。このノートでは持ち運びにいささか不便だ。
しかし、寝心地は最高だった。後は、あのような歯痒い訓練さえなければ・・・。
H.C.F.に敵対すると思われる組織の要人が、密会するという情報を嗅ぎ付け、私がその情報の真偽を確かめる。これが実践テストの課題であった。
ランデブーポイントは、ある高級ホテルのスイートルーム。如何にも、といった感じであった。
ダクトや天井裏を、専売特許である身体の小ささで突進した。目指すはランデブーポイント。
そして辿りついた先は24階の豪華スイートルームだった。「The Lonly Lamp」
というルームの名称から、それなりの由緒のあるものだとは思っていたが、数分前までの私の予
想を遙に超越いていた。
そして、更に驚いたのはそこにいた人物だった。
なんと、組織の言う「敵対しうる人物」とは、T−アレクシアの奪取に成功したあのウェスカーだったのだ。
場の雰囲気に無理矢理合わせたようなタキシードが実に似合っていない。
そして、密会する相手の人物。それは最早当然かもしれないが、組織内では彼のパートナーである、「名無し」だった。
ワインレッドのドレスを身に纏った「名無し」は、顔からしてアジア系だと考えられるが、やはり、美しかった。
彼女のような人間が、なぜスパイとして組織の飼い犬になら無ければならないのか。私は激しく憤りを感じた。
私の任務は、会話の内容をカセットテープのように完全に記憶することを主としている。
それを、 極秘資料として書類に転写するのだ。
(私は声帯が通常の人間よりも劣るらしく、非常に不便に思 っている。)
まぁ、掻い摘んで言えば、記憶力も武器の一つとなる、ということだ。
その時、彼らはこう言っていた。
(リビングルームで、ウェスカーは窓から夜景を眺めながら、「名無し」は化粧台の前の椅子に座っている。 鏡に向けるその視線は、どこか悲しげである。)
ウェスカー:「あと3年・・・3年以内に計画を実行に移すつもりだ。異存は無いな」
名無し:「・・・でも、無茶すぎる。そうすれば、あなたは国をも敵に回すことになるのよ!」
(ここでウェスカーは、横目に「名無し」を捉え、俯く。)
ウェスカー:「構わんさ。その前にこの世界の全てを我が物にする」
名無し:「でも・・・スペンサーは何を考えているか分からないわ。今更歓迎するとは思えない」
ウェスカー:「忘れたか。こちらにはT−スティーブがある。勿論、私の身体を駆け巡る、バーキンの置き土産もな。そして・・・」
(ウェスカーが「名無し」の方へ振り向き、窓を背する。ここで「名無し」は、ウェスカーの言葉先にあるものに気付いたのか、ハッとした表情になる。その表情もまた、悲しさに満ちている。)
名無し:「彼は・・・だめ」
ウェスカー:「愛する男への情か。だが、レオンは承諾したようだ。<悪を討つ為に悪になる>。 新米警官にしてはなかなか芯のある・・」
(この時、「名無し」の感情は爆発した。ウェスカーの言葉を掻き消すように言う。)
名無し:「・・・あなたの私利私欲に彼を巻き込まないで!レオンは関係ないの!」
(そう言って、彼女は部屋を去ろうとする。その後姿にウェスカーが言う。)
ウェスカー:「どの道、彼に選択の余地は無いさ。シェリーの命は・・・我が手中にあるのだから」
(暫くドアの前の暗がりで「名無し」は立ち尽くしたが、葛藤の末、ドアを開け、去っていった。)
そして、誰もいなくなったスイートルームで、ウェスカーは、
「彼の力量ならばS.T.A.R.S.に間違いなく選抜されたのだが、な」
と、軽い冗談を言った。
・・・おっと、今思えばこれは組織の最高機密であった。
もし、遠い未来で、誰かがこの日記を読んでしまうのならば、「君」は確実に命を狙われるであろう。
その時は、サングラスの男に注意したまえ。
THE END