【第3話】
〜絶対領域の女王〜
beau mensonge 〜美しき嘘〜
「はぁ〜あ・・・まったく。アメリカ人って嘘をつくのが下手ね」
その女性は私室で、テレビを見ながらこう呟く。
彼女は私服の上から白衣を纏っている。どうやら研究員のようだ。
「ここに入り込んだネズミも逃がしちゃったし。アシュフォード家もやっぱり大したこと無いのね。期待通り」
・・・テレビで流れているのは、昨年末に起こった南極爆発事件のニュースであった。
この事件の真相究明に出たアメリカ合衆国は、丁度その結果報告のため、大統領が直々に記者会見を行っている。
調査の結果、原因は隕石の落下ということが発表された。
しばらくして画面は、人工衛星 が捉えた映像に切り替わるが、スピーカーからは大統領の言葉が流れ続ける。
そして映し出されていたのは、赤く発光する巨大な岩石であった。
その移動体は、見る見 るうちに青い地球へと吸い込まれていく。
その映像を見て、白衣の女性は思わずぷっ、と吹き出してしまう。
「アーハッハッハッ・・・傑作ね!」
その笑いは、真相を知っている者の笑いだった。
「良く出来てる絵ね!ハリウッド顔負け・・・」
その映像を見て笑うのは、明らかに不自然であった。
しかし、その映像が完全なる欺瞞である ことは「真実」だった。
アメリカ合衆国は、“死の商人”と謳われるアンブレラの、いわばバイヤーであった。
ウイ ルスや生体生物兵器(B.O.W.)を、軍事目的で購入するのだ。
しかし、1975年に発効された生物兵器禁止条約によって、如何なる場合も生物兵器を開発、生産、貯蔵することを禁止されているため、互いに、飽く迄裏の顔としての売買を行っている。
そして、「その力」はもはや、一国の力を示しているといっても過言ではない。
アンブレラ から力を手にしない者は力を手にした者に潰される。
そして、その秘密を明かしてしまうことは、力を失うことに等しかった。 合衆国は、その隠蔽を率先して行ったのだ。
―法にすら裁かれない、驕れる巨人。アンブレラは正に絶対領域によって守られていた。
聖域に君臨する女王、クリスチーヌ・アンリは、その思考の中で恍惚に浸った。
abricot 〜あんず〜
「はぁ〜あ。また繋がんないや。あの女の人、嘘ついてるんじゃないのかな?」
少女は溜息をつきながら、親子電話の子機のボタンを、ピッ、と押す。
小さな液晶画面の文字は、 電池が残り少ないのか、消え方がいつもと少し違った。
(いっつも“お母さんは今、お話中のようです。また掛けなおしてください”って。ロボットじゃないんだから。ちょっとぐらい違う言葉で返してくれればまだいいのに。)
少女は心の中で愚痴をこぼした。しかし、本当に苛立っているのはそんなことではなく、電話相手の応答が、やや子ども相手に話しているような口調であったからだった。
ベルモット・アンリは孤独に天井を仰ぐ。
たまに自分の座っているベッドを膝で押し込んで、中に入っているスプリングの上下運動で遊んでみるが、ちっとも楽しくない。
(6歳になってこのベッドを買ってもらった時は、楽しくって一日中跳ね回ってたのになぁ。)
視線を、そっと天井からベッドの右横にある机へ向ける。
そこには1つの写真立てが置かれていた。 飾られているのは父と、母と、彼女の3人の写真だった。
写真の彼女は、現在よりもまだ かなり幼く、父親が彼女の両脇に手を通して抱きかかえている。3人は満面の笑みでこちらを向 いている。
あの優しかった父は、もういない。どこかへ行ってしまった。
父の面影を思い浮かべ、さらに彼女の孤独は暗く満ちた。
glace coeur 〜凍てついた心〜
「・・・もう!そんなことでいちいち私に回さないで!お金ならいくらでも出すんだから!・・・建物のことはあなたたちの方が解かってるんでしょ!」
クリスチーヌは乱暴に内線電話を切った。叩きつけられた受話器はバウンドし、正しい位置には収まらなかった。
「私は・・・私は研究が続けられれば、それでいいの」
彼女は、他に誰もいない私室で、誰にも聞き取れないくらいに小さな声で呟いた。
そして彼女は、白衣のポケットから1枚のカードキーを取り出した。
その表面には「人々の健康を庇護する」という社訓を表した、アンブレラのロゴがプリントされている。
彼女は私室の奥にある、この施設では珍しい木製のドアの方へ向かった。
彼女は何度も右へ左 へドアノブを捻り回し、ガチャ、という音でカギの解除を確認すると、そのドアを開いた。
それは、一見何の変哲も無い扉に仕組まれた、高度な施錠システムだった。
するとその先には、先程のドアとはあまりにも不一致な、ハイテクノロジーを駆使したセキュリティーシステムが、部屋一面に広がっていた。
彼女は、その部屋の一番奥にあるカードリーダーへと向かう。
そして彼女が、カードの読み込 み部分にスッ、と手にしたカードを滑らせると、大袈裟に周囲の機械は作業を開始し、何重もの分厚い鉄板のプロテクトは徐々に解除されてゆく。
最新鋭の管理システムによって紡がれていたのは、1本のカプセルであった。
低温保存されて いたため、内部からは冷気がスモークの様に溢れ出す。
カプセルの内部は毒々しい紫色に染められており、その存在感は、「それ」がこの世界に与える影響を確かに物語っていた。
「私だけのG・・・誰にも渡さない・・・」
女王は静かに微笑んだ。その表情は、邪な欲望に蹂躙されていた。
「バーキンには感謝しているわ・・・。これで私は世界を手に出来るんだもの・・・」
彼女は、もう母親の心を失っていた。
もしもまだそれが残っていたとしても、幽閉され、暗闇に閉ざされているであろう。
私室に置かれている、受話器が外れた電話機の無機質な音も、その闇には届かない・・・